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その日から多くのことが変わったが、一つだけ変わらなかった

[戦う話](4)現代自動車非正規職労働者

イ・サンウォン記者 2014.09.15 13:43

いつからか我々は「私たち」がかなり豊かに暮らしていると考えるようになった。 生活は便利で豊かになった。 しかし洗練され、性能が良く、さらに大きくなったテレビのブラウン管の中には、 低賃金、雇用不足、非正規職という文句がぐるぐる回っている。 周辺を振り返れば自分のそばの誰かは前の半分の給料になり、雇用の不安に震え、仕事を見つけることができない。 あまりに当然なことは、雇用の不安。 私たちの暮らしは本当に豊かなのか? 私たちは何かを忘れて生きているのではないか? 「蔚山地域闘争事業場勝利のための共同闘争団」は、蔚山で間接雇用と雇用不安に正面から闘う人々の話を伝え、この問いの答えを探したい。 企画は(1)ホームプラス 、(2)蔚山科学大 、(3)現代重工社内下請支会 、(4)現代車非正規職支会 、(5)SKブロードバンド まで合計5回で進められる。

[出処:蔚山ジャーナル]

あの日から多くの変化がやってきた。 予定されていたことが延期され、できたことができなくなり、 仲間はもはや仲間でなくなった。 何よりも数年間続いてきた「交渉」が終わった。 だが今も変わらないものが一つある。 ヒルのようにひっついた「非」の字は烙印のように消えることがない。

4年待った判決目前に暫定合意

8月11日午後、パク・ヒョンジェ(43)はソウル中央地方法院の前にいた。 10日後(8月21日)には4年間、待ち望んだ裁判の結果が出てくる。 彼は2003年から現代自動車蔚山工場艤装部で非正規職として働いた。 10日後、裁判は彼の「本当の社長」が現代自動車であることを明らかにする裁判だ。 現代自動車は2010年の大法院判決にもかかわらず、 事業場に蔓延する不法派遣を認めなかった。

裁判にかける期待は大きかった。 2012年の大法院判決によれば、 訴訟を提起した1569人のうち艤装部で働く1182人は勝訴する可能性が高かった。 2013年の韓国GM昌原工場不法派遣の判決によれば、他の工程でも勝訴できる。 裁判の結果により、遅遅として進まない不法派遣特別交渉も転換期を迎えるはずだった。

彼は11日に裁判所の正しい判決を要求する記者会見を開き、野宿座り込みを始めた。 何回目の野宿なのかわからない。 いつも期待を裏切った法の前で彼ができることは、これだけだ。 裁判所の前に寝床を作り、「法による」宣告を要請するプラカードを持って立っていることだ。

当初、彼は16日まで野宿を続けるつもりだった。 蔚山地方法院で18日に別の裁判が予定されていた。 裁判の日程に合わせて17日に行っても遅くはない。 だが彼は予定より一日早く蔚山行の電車に乗った。 思ったより蔚山状況が早く変わっていた。 18日に特別交渉暫定合意案が出てくるという知らせが聞こえてきた。

2012年の大法院判決以後、続いてきた特別交渉は文字通り遅々として進まなかった。 現代自動車はずっと大法院判決が個人に限られるという立場を曲げなかった。 同じ条件で働いている多くの非正規職がいるのに、会社の立場は堅固だった。 会社は交渉でも労組の不法派遣認定と非正規職の正規職転換要求を無視した。

主張を曲げたのは労組だった。 労組は現代自動車内のすべての非正規職を正規職に転換することを要求していたが、 ますます要求水準を下げた。 直接生産工程の非正規職を正規職に転換することに退き、 すべての組合員の正規職転換から後退した。

[出処:蔚山ジャーナル]

会社は交渉の序盤から非正規職を優待する特別採用案を出して一歩も退かなかった。 3500人の採用案を提示し、着実に採用人員を埋めていった。 8月までに約2000人を採用した。 結局、7月に現代自動車非正規職3支会(全州、牙山、蔚山)のうち、 蔚山支会は交渉を拒否した。

ヒョンジェは交渉を拒否した蔚山支会に所属している。 この前まで労組支会長もしていた。 彼が労組活動を始めたのは2005年だ。 現代自動車非正規職労組が「現代自動車非正規職闘争委員会」という名前で設立されたのは2003年だ。 初期の2年を除けば、彼は労組と生死苦楽を共にした。 二回、労組代表になり、何回も解雇と復職を繰り返した。 2011年の解雇通知以後、今まで解雇者の身分で残っている。

誰かは「8.18合意」と言い、別の誰かは「8.18事態」というその日から何回も繰り返されたこの言葉は、昔の話だ。 少なくとも2003年までは遡らなければならない昔の話。 あるいは人間が人間を働かせ始めたあたりから毎瞬間あった戦いと言う方が正確な表現かも知れない。

昔の話、最初の勝者は
その日からまたアスファルトの上に

昔の話には欠かせない主人公がもう1人いる。 彼は最高司法機関で最高の財閥に勝った。 法は何回も彼の主張を認めた。 だが秋夕連休一日前の9月5日、彼はやはりアスファルトの上に座っていた。 一足遅い熱い太陽が照りつけていた。

8月18日からチェ・ビョンスン(38)は現代自動車蔚山工場への出入が阻止された。 出入証がないという理由だ。 本来、非正規職労組の組合員だった彼は、今や正規職労組の組合員だ。 ところが相変らず出入証はない。

9月18日まで、会社は彼の出入りを阻止しなかった。 チェ・ビョンスンという名前と全く焼けた顔は、確認が必要ない彼の「出入証」だ。 数回の拘束と高空籠城の末に作られた固い「出入証」だ。 だが18日から会社は彼の「出入証」に知らんふりをする。 正規職ではない(非)という名札は消えたが、会社は彼を中途半端な正規職扱いする。

2012年の大法院判決によれば、彼はすでにかなり前から正規職だった。 大法院の判決の趣旨は、2002年から現代自動車社内下請業者に雇用された彼の本当の社長は、最初から現代自動車だということだ。 だからビョンスンは本来働いていた所に、正規職労組の団体協約を適用して働かせろと主張するが、 会社は新規採用した人であるかのように採用手順を取れという。

[出処:蔚山ジャーナル]

特別交渉で「特別採用」案を固守した会社の立場としては、あまり特別なことはない要求だ。 何とか正規職にさえしてやれば良いはないかという調子だ。 会社が特別採用を主張し続けたのは、正規職転換とは大きな差があるためだ。 会社はその差を努めて無視する。

容認できない差は、短くて3年、長ければ10年を越える歳月が、まるでなかった時間になってしまうことだ。 「特別」に採用するというが、会社は数年間の経歴を認めない。 会社はビョンスンだけが例外だと認めるつもりはない。

会社と違い、法はビョンスンを「例外」的だと判決し続けた。 2012年の大法院だけではない。 昨年、ソウル中央地法は2005年2月からビョンスンが解雇され、受け取っていない賃金を会社が正規職労組の団体協約基準にしたがって支払えと判決した。

「裁判所の判決の通りの待遇をしてくれということだが、 会社は就業規則にしたがってまた話そうといいます」。 焼き付ける陽射しの下でビョンスンが話した。

雨が多く降ったその日
「あと3日頑張ればと思いました」

雨が多く降った9月18日、 ビョンスンとヒョンジェは蔚山地方法院にいた。 午後2時から裁判があった。 当然、労組活動による裁判だった。 先立って午前8時からは、現代自動車蔚山工場出張者の宿舎を守った。 特別交渉場に入る牙山・全州支会長と会うためだった。

一日前の17日の夜に開かれた組合員懇談会で、 蔚山支会は交渉を拒否する既存の立場を維持した。 彼らはあらかじめ牙山・全州支会長と会い、 蔚山支会が交渉から抜けることを明確にしようとした。 少なくとも合意案では蔚山支会が適用されないという文句を明示するように要求した。

「1%の期待をかけました。 支会まで適用される合意案には同意をしないでほしいという期待を…。 それなのに事故を起こしたんです」。ヒョンジェは残念な気持ちを隠さなかった。 この日の交渉は難航していた。 難航は交渉場の中ではなく、外で行われた。 蔚山支会の組合員たちは正規職労組の事務室で座り込みをしながら、 労組側の交渉委員が交渉に参加できないように防いだ。 午後3時からな開かれる本交渉の前に確認された合意案には、蔚山支会を除くという文句がなかった。

キム・ソンウク蔚山支会長をはじめとする組合員たちは、 また牙山・全州支会長をはじめとする交渉委員に蔚山支会を外すように要請した。 裁判を受けているヒョンジェとビョンスンの携帯電話にリアルタイムで現場の状況が伝えられた。

「あと3日頑張ればという期待がありました。 支会が何とか3日間、阻止してくれれば21日に判決があるから。 その時まで粘ればという期待がありました」

ヒョンジェの期待と違い、 午後5時頃に座り込みを解除したという知らせが入ってきた。 交渉委員が支会の要求を受け入れたという知らせも一緒だった。 「今日一日は防げると考えていたのに残念でした。 交渉委員が交渉場に入れば終わる状況だったのに…。 考えてみれば、あまりに純粋に扉を開けてやったのではないかと思います」

交渉委員は約束を守ることができなかった。 蔚山支会が要求した文句はどこにもなかった。 反対に蔚山支会も含まれるという文句が堂々と書き込まれた。 合意案は「公式」に公開もされず、非公式に確認された。

誰かは負けるかもしれないという恐れ
それでも寄り添うしかない

翌日、会社はこれまできちんと交渉相手として認めなかった非正規職労組に合意案に対する総会を有給で開けるようにした。 牙山と全州支会は「非公開」だった合意案をこの日公開し、 たった数時間の討論時間で投票を進めた。

「牙山や全州が合意案について考える時間を与えていれば、ずいぶん変わったかもしれないという気がします。 これは支部や支会が作戦を組んだと思います。 どうして10年も戦った合意案をたった何時間かで説明して、討論して、決定できますか」。 ヒョンジェは二つの支会の総会の結果が残念だ。

支会別に少しずつ状況が違ったという点は否めない。 全州支会は艤装部の組合員よりも非艤装部の組合員の方が多い。 21日の裁判で勝訴できるかどうかが不明確な組合員が多い。 残念のは牙山だ。 ソウル高等法院は2010年11月に牙山工場の艤装、車体、エンジンといった主要工程だけでなく、 補助工程でも不法派遣があると判決した。

[出処:蔚山ジャーナル]

「訴訟は両刃の剣なんです。 誰かは負け、誰かは勝つので、両方とも威嚇になります。 裁判の結果は単にその危険な刀の柄を誰が握るかを決めることです。 結局、訴訟の結果を予測できないという恐怖と、 恐れが自らを崩したのです」 (チェ・ビョンスン)

「訴訟で勝ってもまた10年を見通さなければなりませんでした。 高等法院まではすぐに判決が出ても、大法院の判決は長くかかると予想していました。 だから組合員が揺れるのも、あるいは当然かもしれません」 (パク・ヒョンジェ)

彼らの表現のとおり、訴訟は組合員も傷つけかねない両刃の剣だ。 だが毎瞬間、断崖のすぐ前に立っている彼らにとって、同時に訴訟はかすかな希望だ。 会社が何とかして判決前に合意をしようとしたのも、 その希望を挫く意図が大きかった。

会社は合意案が出てくるとすぐ、裁判所に裁判の延期を要請した。 裁判所は快く裁判を延期した。 9月18日と19日に延期された判決が、予定通りこの日に出てくるかもわからない。

両刃の剣であっても、さらに10年の戦いを準備しなければならなくても、 法は彼らが越える最後の丘だ。 パク・ヒョンジェは11日にまた裁判所の前に立った。 今回は食を断つことにした。 彼が望むのは一つだ。 「裁判所は現代車を甘やかさず、正しい判決をしろ」

付記
イ・サンウォン記者は蔚山ジャーナル記者です。この記事は蔚山ジャーナルにも掲載されます。チャムセサンは筆者が直接書いた文に限り同時掲載を許容します。

原文(チャムセサン)

翻訳/文責:安田(ゆ)
著作物の利用は、原著作物の規定により情報共有ライセンスバージョン2:営利利用不可仮訳 )に従います。


Created byStaff. Created on 2014-09-16 19:49:10 / Last modified on 2014-09-23 22:47:22 Copyright: Default

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