韓国:男性連帯政治の真の姿を見せた葬儀 | |||||||
Menu
おしらせ
・レイバーフェスタ2024(12/25) ・レイバーネットTV(12/11) ・あるくラジオ(10/10) ・川柳班 ・ブッククラブ(2025/1/11) ・シネクラブ(9/1) ・ねりまの会(10/12) ・フィールドワーク(足尾報告) ・三多摩レイバー映画祭 ・夏期合宿(8/24) ・レイバーネット動画 ●「太田昌国のコラム」第97回(2024/12/10) ●〔週刊 本の発見〕第370回(2024/12/12) ●「根津公子の都教委傍聴記」(2024/12/19) ●川柳「笑い茸」NO.158(2024/10/26) ●フランス発・グローバルニュース第14回(2024/10/20) ●「飛幡祐規 パリの窓から」第96回(2024/12/5) ●「美術館めぐり」第6回(2024/12/23) ★カンパのお願い ■メディア系サイト 原子力資料情報室・たんぽぽ舎・岩上チャンネル(IWJ)・福島事故緊急会議・OurPlanet-TV・経産省前テントひろば・フクロウFoEチャンネル・田中龍作ジャーナル・UPLAN動画・NO HATE TV・なにぬねノンちゃんねる・市民メディア放送局・ニュース打破配信プロジェクト・デモクラシータイムス・The Interschool Journal・湯本雅典HP・アリの一言・デモリサTV・ボトムアップCH・共同テーブル・反貧困ネットワーク・JAL青空チャンネル・川島進ch・独立言論フォーラム・ポリタスTV・choose life project・一月万冊・ArcTimes・ちきゅう座・総がかり行動・市民連合・NPA-TV・こばと通信
|
男性連帯政治の真の姿を見せた葬儀[フェミコノミー]そして性の政治-経済
コジョン・ガビ(地球地域行動ネットワーク/フェミニズム学校) 2020.07.24 14:28
韓国社会の構成員は最近、二つの葬儀に関して鮮明な意見の差を見せた。 これは、社会支配階級に属する安熙正(アン・ヒジョン)前知事の母親の法事と 朴元淳(パク・ウォンスン)前市長の葬儀だった。 安熙正前知事は 性暴行で監獄で刑を受けていて、 朴元淳元市長は 性暴力疑惑を後にして自ら命を絶った。 二つとも性暴力や性暴力にかかわっていた。 問題は二つの葬儀のどちらも大統領の名が入った花輪が送られた点と、 朴元淳元市長の場合、 性暴力疑惑にもかかわらず「ソウル特別市葬」をしたことだ。 ここで尋ねたい。 国家は誰の国家で、都市は誰の都市か? 政治は誰のための政治か? 二つの葬儀は「政界」の男性連帯と男性中心性の真の姿を見せた。 かなり前に英国のあるフェミニストは、女性には国がないと話した。 死に対する哀悼は人間社会の儀礼で、生活の一部を占める。 ところでその哀悼の形式は、広い意味の政治的問題だ。 葬儀は人間社会生活の一部を構成し、倫理と政治的立場があらわれる場でもある。 鋭く倫理と倫理が競合し、政治と政治が競合する場になる場である職人葬儀と弔問だ。 この二つの葬儀では、片方は倫理があって他の片方はないのではなく、 他の倫理が競合する場になったのだ。 そして倫理は常に立場の問題であり、広い意味の政治問題だと筆者は考える。 われわれは動物をはじめ、国家でも(人間)社会から無視される多くの死の上に生きている。 安熙正前知事の場合、 花輪に書かれた名前はただ「文在寅」だったことと、 「大統領文在寅」は差があったのだろう。 朴元淳前市長の葬儀が 「ソウル特別市葬」で行われたことは、国家政治が誰を支援するのかを見せる。 最近、連続した葬儀と哀悼で「男性」中心の「政治」が再びあらわれた。 この国家とソウルという都市にはキム・ジウン氏も暮らしていて、 性暴力被害者としてようやく声をあげた人も暮らしている。 そしてソウル市庁は朴元淳氏と、 被害事実を表明した元秘書が共に働いていた空間であり、 性暴力問題が提起された空間だ。 被害者がいる状況で、ソウル市の名で葬儀が行われたのは、 ソウルという都市を誰の都市だと感じているのかを示す。 性の政治は性の経済と連動する。 セクハラ、性暴力、デジタル性暴力、ストーキング、女性殺害、 女性と性少数者嫌悪は性的主導者の経済的状況と連結する。 男性中心政治は男性中心経済を形成する基盤になる。 このように、性の政治経済が形成される。 男性中心的経済は異性愛中心的に戻り、 その枠組みの内部で男性が権力を持ち女性の経済圏を制限し、労働権を制限する。 経済圏と労働権を制限する方式は、歴史的に長い間活用されてきた 性(セクシュアリティ)の統制を通じても起きる。 女性と性少数者のセクシュアリティを統制することによって 経済圏と労働権を制約する結果を生む。 こうした状況で、共に民主党は全党大会準備委員会で最高委員女性の30%割当制を導入しないことにした。 女性、労働、障害者、多くの職能団体が党代表の人事権に制限を加えることができるという理由だという。(聯合ニュース2020.7.14.) 女性運動とフェミニズムが登場したが、 2020年現在まで、夜道と隠しカメラに対する韓国女性たちの恐れは強く、 女性殺害は続いており、デート暴力と家庭暴力が絶えず起きている。 こうした暴力は女性たちの空間感覚に影響を及ぼすだけでなく、 女性たちの経済的空間をもまた萎縮させる。 相変らず堅固な家父長的な性の政治と経済の連結の輪を切るためには、 政治的領域であれ、経済的領域であれ、新しい動きが起きなければならない。 正義党の柳好貞(リュ・ホジョン)、張恵英(チャン・ヘヨン)議員は、 そうした政治的動きを見せた。 性暴力に対する政治的な動きと共に、 その性暴力が労働権侵害だったことをはっきりさせる必要がある。 そして経済領域でも女性の生産と労働をはっきりと価値化する動きが必要だ。 これもまた言い換えれば政治的動き、政治経済的動きだ。 性暴力に対する闘争は経済的領域において妊娠、出産、家事などを価値化しようとする動きと連結している。 女性に起きる性暴力は、家父長的構造と連結している。 筆者は事件としての性暴力と家父長的構造が作り出す構造的条件(あるいは暴力)を区分しなければならないと考える。 資本主義-家父長体制の下で暮らす私たちすべては、 どのような形態であれ資本主義-家父長体制が形成する構造的条件/暴力に参加している。 筆者もまた構造的条件に敏感でなければならないと考えているが、 ある瞬間、無意識的に、あるいは意識的にその構造の中の一員として行動している。 それでも家父長的構造の変革が可能になるのは構成員の絶え間ない考えと努力があるためだろう。 現在、女性運動とクィアー運動を含むフェミニズム運動は、 事件としての性暴力と構造的条件/暴力を区分して、 この二つを変えるために努力している。 構造的条件は家族をはじめとする性的装置とイデオロギーが形成し、 今でも形成している。 性の政治と経済が連結しているという考えは、 性暴力と構造的条件を変えるための一助になりえる。 MeTooとデート暴力であらわれる象徴的で物理的な力と権力の使用は、 街頭でも職場で起きるセクハラ、性暴力、性暴力の姿を帯びる。 ところで、こうした性的侵害は、女性と性少数者労働者に労働権侵害につながる。 性的対象としてエロス化された瞬間、自分の生存権と労働権に威嚇を感じるようになる。 自分の仕事と職場を失う危機意識を持つようになる。 かなり前に現代車牙山工場の女性労働者が上司のセクハラ問題を提起して 「労災」が認められたケースでもあらわれるように、 セクハラは労働権侵害になることができる。 世の中は変わっている。 しかし変わる世の中で、現在型あるいは未来型ではなく過去型で生きる人々がいる。 私たちが体験するすべての苦痛はこの時間差からくることかもしれない。 過去は明らかに男性が一方的に性暴力を行おうが、セクハラをしようが、 大きな問題でなかったし、たいしたことでないことであり、 男ならそうしてもいいことと感じる「強姦文化」、「男性中心文化」、「ペニス文化」、「異性愛中心文化」が支配的だった。 だがフェミニズムの登場以後、多様な性闘争で世の中は変っている。 いまは過去に留まる人々は、現在と未来を暮らす人々から非難されるようになる。 安熙正、 呉巨敦(オ・ゴドン)、朴元淳 そしてこれまでMeTooの対象になった多くの人々は、今や立つ場所を失った。 女性/フェミニズム運動が性の政治が性の経済と連結していることをさらにはっきりとさせ、 性暴力事件を越えて女性の労働者性に対する関心を拡張していってほしい。 資本主義-家父長体制的経済の搾取構造に入っている女性労働者たちに関心を拡張することで、 この国家と都市を変えて行ければうれしい。 翻訳/文責:安田(ゆ)
Created byStaff. Created on 2020-07-27 21:35:15 / Last modified on 2020-07-27 21:35:18 Copyright: Default このフォルダのファイル一覧 | 上の階層へ |