韓国:高校現場実習生死亡10日過ぎても葬儀行えず | |||||||
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高校現場実習生死亡10日過ぎても葬儀行えずマウナリゾート3日目で合意、クミョンETS10日間対策なし
ヨン・ソンノク記者 2014.02.20 10:46
2月17日夜、マウナリゾートの崩壊事故から4日目の2月20日にコオロン側との遺族補償が合意されたが、 10日に亡くなった高等学校実習生キム君(19)に対しては会社側と遺族間での対話は進展がなく、10日間葬儀ができずにいる。 ▲10日に現場実習生のキム君が死亡して10日目。会社も行政機関も対策がない。息子を失った悲しみに世の中への苦しさだけがつもる。(c)ヨン・ソンノク記者[出処:蔚山ジャーナル] 2月19日、クミョン会社側と遺族は対話したものの、クミョンETSは遺族に具体的な謝罪や補償内容に対して言及しなかった。 会社側は遺族との対話でクミョンETSは夜勤はさせず、キム君が夜間勤務を望んだと言って責任を回避している。 高校の実習生として働いて亡くなったキム君(19歳、現代工業高校)は、2月10日 午後10時10分頃に北区モジュール化産業団地クミョンETSで現場実習生で働いて亡くなった。 目撃者の陳述によれば、キム君は10日の午後10時10分頃、工場の屋根の下敷きになった。 彼は助けてくれと大声を上げ、普段親しくつきあっていた同僚のB氏がキム君の手を握っていた。 救助隊がきてキム君を車に乗せ、心肺蘇生術をしながら病院に運んだが亡くなった。 キム君の父母に死亡の知らせが伝えられたのは午後11時45分。 キム君の両親は今も正確な死亡の原因を知らない。 一緒に現場にいたB氏は、クミョンETSの所属ではなく(株)現代ミッションの所属だ。 彼は衝撃で病院に入院したというが連絡がつかない。 キム君の両親は、なぜ現場で救急車がくるまでの20分間、救助活動がなかったのか分からない。 クミョンETSの中には工場が2棟ある。 クミョン側は、クミョンETSの職員が働いているA棟では夜間作業者に出勤させなかったという。 クミョン側によれば、B棟はクミョン側で、現代ミッションから設備を移転して技術を伝えるところだった。 当時B棟には現代ミッションの職員4人とクミョンの職員3人(キム君含む)が出勤していた。 クミョンETSはA棟で働く職員60人のうち、昼間組を除く夜間組25人を出勤しないように措置したとし、B棟の管理は現代ミッションが担当していたと主張する。 キム君はクミョンETS所属の現場実習生だったが、現代ミッション職員の指示により働いていたという。 遺族はキム君とクミョンETS、現代工業高校の3者が署名した現場実習生の契約書があるとし、 責任の所在はクミョンETSと現場実習生の夜間勤務の摘発もできない現代工業高校にあると主張する。 キム君の遺族は10日経ってもどこまで警察の捜査が行われたのかわからない。 18日、雇用労働部蔚山支庁も調査していると話しただけで具体的な話はしなかった。 クミョンETS会社側は、キム君の葬儀場も遺族に任せ、遺体安置所を遺族が整えた。 遺族はクミョン側の本部長が遺体安置所に来て言った初めての言葉が 「謝罪でなければ何を望むのか」だったと呆れていた。 その後、会社代表と職員は、遺体安置所に行って謝罪したが、怒った遺族は会社側の弔問を拒否した。 会社側は遺族が連絡するまで来るなと言ったとし、積極的に遺族と対話しなかった。 学校側(現代工業高校)は、キム君が死んだ二日後、卒業式場でキム君のための哀悼の時間を持たなかった。 卒業証書も学生に送った。 マウナリゾート崩壊事故が発生した翌日の18日、北区の21世紀病院には午後3時に民主党の鄭炳憲(チョン・ビョンホン)院内代表、午後4時に無所属安哲秀(アン・チョルス)議員、午後6時にセヌリ党の黄祐呂(ファン・ウヨ)代表が訪問した。 だがそこから近い蔚山葬儀場のキム君の遺体安置所には民主党の鄭炳憲院内代表しか弔問しに行かなかった。 鄭炳憲院内代表は、遺族の苦しさを聞いて、遺族の前で雇用労働部長官と直接通話して、早期の真相調査を要求した。 現在、キム君の遺体安置所を訪れる人は殆どなく、 キム君の学校の友人と家族数人がひっそりと守っている。 付記
ヨン・ソンノク記者は蔚山ジャーナルの記者です。この記事は蔚山ジャーナルにも掲載されます。チャムセサンは筆者が直接書いた文に限り同時掲載を許容します。 翻訳/文責:安田(ゆ)
Created byStaff. Created on 2014-02-20 18:59:23 / Last modified on 2014-02-20 18:59:23 Copyright: Default このフォルダのファイル一覧 | 上の階層へ |