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 第97回・2024年12月30日掲載

フランスの「レイプ文化」


*アヴィニヨン刑事裁判所前 「ジゼル・ペリコ あなたの勇気にありがとう」

 フランスではバルニエ内閣の失墜後3週間近くかかって、前回と同様に、極右マリーヌ・ルペンが「許可」したメンバーでバイルー首相が組閣した政府が、12月23日夜に発足した。移民・イスラム差別主義者とネオリベラル信奉者ばかりのメンバーの多くは、汚職や利益相反などの問題を指摘されている。つまり、マクロンは選挙結果の否認を続け、自分の政策を変える気はなく、極右の差別主義をますます強めたのだ(12月14日に海外県マヨットを襲ったサイクロンの大災害に面して、この政権の植民地主義が再び露呈されている)。サルコジ、オランド、マクロン政権で公益に反する政治を行った元首相・大臣たち、あるいは何の実績も持たない政治家を寄り集めた最低の内閣だ。中でも、レイプの事実があるのに無罪になって内務大臣も務めた差別主義者のダルマナンが、法務大臣になった。折しも、秋から南仏のアヴィニヨンで行われた重大なレイプ事件の裁判などでこの国の「レイプ文化」の根深さが示され、根本的な意識改革のための政策が求められているときに、なんという侮辱だろうか。

マザンのレイプ裁判

 アヴィニヨンの県刑事裁判所で今年(2024年)9月2日から12月19日まで、夫が薬品を服用させて眠らせた妻を、その夫と彼がネットで集めた50人の男性がレイプした(うち2人はレイプ未遂、別の2人がレイプより軽い「性的暴行」の判決)事件の裁判が行われた。警察の調査によると、期間は2011年7月から2020年10月まで9年以上にわたり、その間に83人の男性が92回のレイプを犯したが、夫が保存していたビデオで身元を確認できて逮捕できたのは52人、1人は既に死に、1人は逃亡中。事件当時に夫婦が住んでいた町の名をとって「マザンのレイプ事件」と呼ばれている。

 一人の女性に対する加害者の多さと反復性、薬品を使ったレイプ(フランスではレイプドラッグの使用を「化学的服従」と呼ぶ)の実態を示す事件として、この裁判は国内だけでなく国際的にも大きな反響を呼び、世界350のメディアが報道した。(外国メディアの記事の邦訳でない)日本のメディアの報道で、レイプや強姦(日本の法律用語は「不同意性交等罪」)ではなくて「性的暴行」という言葉が使われたのは不適切だと感じる。というのも、このマザン事件の裁判は、近年フランスで頻繁に告発されている性犯罪の他の事件(レイプ、レイプ未遂、児童への性的虐待・レイプ)と同様に、この国やほとんどすべての国の社会における「レイプ文化」の根の深さを露呈しているからだ。

 ベンゾジアピン系の鎮静・抗不安薬で妻を眠らせ、他の男たちにもレイプさせる計画犯罪を実行したドミニク・ペリコは、レイプ罪で最長の懲役20年の判決を受けた。犯罪が発覚したきっかけは2020年9月、ドミニクがスーパーで女性客のスカートの中を携帯電話で撮影したのを警備員に取り押さえられたことだ(当時彼は67歳)。警察の取り調べで、彼のコンピュータに保存された性的シーンの写真・ビデオ約2万点が発見され、ドミニクは一連のレイプ犯罪を自供した。警察に呼ばれて犯行の証拠ビデオを見せられまで何も気づかなかった被害者のジゼルは、1973年から50年近く配偶者だった夫と離婚し、顔を出して証言する公開裁判に臨んだ。彼女が58歳の時から9年以上続いたレイプの時期、ジゼルは薬の副作用による頭痛、記憶の喪失、脱力感、婦人科の疾患など複数の重い健康異常に苦しんだ。早期の認知症ではないかと精密検査も受け、診察や検査の度に夫は彼女に同行した。「良い夫、子どもたちの良い父」だと信じきっていた彼女や子どもたちは、ドミニクを全く疑わなかった。彼は妻が気づかないように、薬を食べ物の中に混ぜていた。

恥辱は加害者側に

 この裁判で最も目覚ましい点は、尋常でない強度のトラウマを受けた被害者のジゼルが、それを乗り越えて公開裁判を要求したことだ。そのことによって「加害者側が恥辱を感じるように」、話せない、話しても信じてもらえないすべてのレイプ被害者たちのために、彼女は闘った。レイプの被害者は自分に非があるのではないかと罪悪感に苛まれ、社会(警察、司法、まわりの人々、社会一般)は被害者の言葉を疑い、事実が証明されてもなお、大多数が加害者の側につく。それがレイプ文化だ。しかし本来なら、被害者側が抱え続ける恥辱は、加害者が感じるべきなのだ。


*「恥辱は加害者側に」とアヴィニヨンの裁判所近くに

 さらに、取り調べと裁判の過程で、被害者は警察と司法機関に染みついた人間性を欠く言葉や手続き、扱いの中で、セカンドレイプと呼ばれるトラウマ(二次被害)を受ける。おまけに3ヶ月以上続いた裁判のあいだ、加害者(被告)側の弁護士や被告たちは、ジゼルが眠らされて無意識だったことを疑わせるような発言や論理を使った。フランスの法律には「同意」についてのはっきりした定義が書かれていないため(レイプは「暴力、拘束、威嚇、不意打ちによって他者に行った性的挿入行為」と定義され、「同意」の語は不在)、法廷での「被害者の同意を得たか」という質問に対して、夫婦による遊戯だと思った、夫の同意があった、眠っているふりだと思ったなど加害者の屈辱的な言葉を、ジゼルはじっと耐えて聞かなくてはならなかった(一度だけ、耐えられずに法廷を出た)。被告の弁護士たちの中には、ジゼルに挑発的な傾向があるかのような指摘をする者たちまでいたが、それらもまさにレイプ文化の論理である。

 そもそも被告の弁護士たちは初め未公開の裁判を求め、検事総長もそれを認めたのに対し、ジゼルが断固として公開裁判を要求して獲得したのだ。被告側の言い分を覆すために、原告側はビデオの公開も要求した。それでも初め、ビデオの視聴の時に傍聴者と報道陣は法廷から退去させられたが、10月4日以降は視聴を許可された。レイプの実態を理解するのに画像・映像は貴重な証拠であり、それがなかったら被告側にずっと有利な判決になっただろう。1978年、南仏エクス・アン・プロヴァンスでジゼル・アリミが弁護した有名な「レイプ裁判」においても、ジゼル・アリミは重罪裁判所での公開裁判を要求し、当時の社会から凄まじい非難と攻撃を受けたが、それがきっかけで1980年、レイプを軽犯罪ではなく「重罪」とする法律の改定が行われた。公開裁判によってメディアと社会全体の注目を集めないと、人々の意識を変えていけないのだ。ジゼルは判決前の最後の発言のとき、次のように語った。「私にとってこれは卑劣さの裁判でした。レイプを平凡なものと捉える男性優位主義・家父長主義の社会に対して、社会は緊急に目を見開かなくてはなりません。」

 ジゼルの不屈の勇気を讃え、彼女を力づけるためにフェミニストはじめ多くの女性たちた毎日裁判所に集まり、拍手とエールを送った。英米独をはじめ各国のメディアで、彼女はフェミニストの象徴として称賛された。

問題点と課題

 さて、検察の求刑は全員有罪、首謀者ドミニクが最も重い懲役20年、「性的暴行」しか認められなかった1人を除く他の49人(27〜74歳)に対しては、10年〜18年だった。レイプで有罪を受けた禁錮刑の平均は11,1年(2022年)だから比較的重い求刑だが、35人の被告は無罪を主張し続けた。そして判決は、ドミニク以外は求刑より軽い内容で、レイプとレイプ未遂でない性的暴行が2人に増え、他の者たちは懲役3年〜15年(執行猶予の部分がある者もいる)だった。求刑よりかなり甘いこの判決を批判したフェミニストは多い。裁判でジゼルに謝ったのは3人だけ、多くの被告が自己擁護の立場を変えなかった経過を見ると、確かに彼らが何も学ばなかった、自分の行為を反省せず理解も深めなかったという印象は強い。ジゼルは「聞くに堪えないひどい、受け入れ難い言葉をたくさん聞いた」と語った。


*フェミニスト・デモ

 刑の長さや内容の問題は難しい。子どもの時に継父に数年間レイプされ続けた女性が、そのことについて様々な考察を書いた作品を筆者は邦訳したが(来年夏に出版予定のネージュ・シンノ著『悲しき虎Triste Tigre』)、成人になって訴訟を起こしたその著者は、もともと刑務所の禁錮刑に反対だった。拘留しても(同じ犯罪を繰り返すのを物理的に防ぐ以外は)問題は解決されないことが多い。性犯罪者(や犯罪者一般)には、適切な方法による心理的なケアや教育が必要だが、現状ではそれが全く不足しているのだ。実際、マザン事件の加害者の中にはDVや性犯罪の前科がある者、児童ポルノ愛好者などが複数いるが、彼らに対する適切な処置は判決の中で最低限にも至らなかった。法廷で証言した被告の家族、(元)配偶者や関係者の全員が被告を擁護し、彼らはよい人間だと強調したが、そこにはむろん事実を認めたくない「否認」がある。被告のうち15人くらいは上訴するという。この事件のすべての責任は計画したドミニクにあり、自分がレイプしたとは認めない(「それは事故で意図がない行為」など)男たちに対して、何よりまず義務づけられるべきは性暴力についての教育ではないだろうか。

 『悲しき虎』の著者ネージュ・シンノはまた、刑の長短についても何を基準に度合いを判断できるのかと問いかける。フランスでは死刑は廃止されたので、最も長い刑は、たとえば「人道に対する罪」などに適用される無期懲役(30年間は拘留を短縮できない)だ。「人道に対する罪」には時効がない。レイプはかなり時間が経たないと(特に子どもに対する性的虐待)訴訟を起こせないことがほとんどのため、公訴の時効は引き延ばされたが、時効をなくすべきという主張もある。一方、長年の拘留は人権を侵害し更生はさらに難しくなるため、刑は重ければいいわけではない。レイプを最長20年の重罪にしたのは、それまで被害者をあまりに軽視し、この犯罪の重大さを認めなかった社会通念を変えるためだった。

 専門機関の調査によると、フランスで年間のレイプ・レイプ未遂(DVを除く)は94000件、性的暴行を含むと23万件以上と見られている。訴える被害者はその6%(レイプは2%)だ。一方、2017〜2022年に性暴力で有罪になった数は37800件で、その17%がレイプ、76%が性的暴行。前述したように、同意が明記されていないためレイプの証明が難しく、またレイプとして訴えても、軽犯罪で裁ける性的暴行に罪状を変えられてしまうケースも多い。10月19日、フェミニストたちはフランス各地で、性暴力の対処に不十分すぎる司法機関に訴える集会やデモを行った。近年行われた司法「合理化」改革も問題だ。ほとんどのレイプが重罪裁判所ではなく、新たに設けられた県の刑事裁判所(判決は判事5人による)で裁かれるようになったのだ。マザンのレイプ裁判もそのケースだが、陪審員が判決にあたる重罪裁判所で裁かれるべきだったのではないだろうか?初め非公開を想定したアヴィニヨンの刑事裁判所には、大勢の報道陣と傍聴を望む市民を受け入れる十分なスペースの法廷がなかったため、傍聴者は別の部屋でビデオ中継を追った。

 裁判中、被告たちがさまざまな職種で年齢層も幅広いため、モンスター的凶悪人間というイメージに反して、レイプ犯は「普通の人間」だという点が強調されたが、それはどんな階層、出身、年齢層でもレイプとDVが頻繁に起きる現状を表している(詳しく見ると、ドミニクは地理的に限られた範囲で男たちを募集したため、被告のプロフィールは社会全体の縮図にはなっていないのだが)。ジゼルと彼女の弁護士、検察の求刑、支援のフェミニストたちは、このレイプ文化の変革、女性の身体は獲得・征服の対象(オブジェ)ではないという社会全体の意識改革を求めて闘ったのだが、それに応える画期的な判決文が発表されなかったのは残念であり、不十分な印象を否めない。


*パリの裁判所前の集会、男の子たちも参加「イエスと言わなかったらそれはノーだ」「子どもたちを守れ」など

 また、この裁判で十分に検討されなかったことがいくつかある。まず、ドミニクが募集したインターネットのサイトは、2003年に開設され、今年の6月末にパリ検察局によって閉鎖された。これまで多くの性犯罪と関わり、23000件以上の訴えがあった問題のサイトだから閉鎖されたのだ。しかし、このサイトの調査は全くなされなかった(判事の要求にサイトの管理者出頭せず)。次に、ドミニクの前科について。彼は1999年にレイプ未遂事件でDNAを摂取されていた。そして、2010年にスーパーでの隠し撮りでイルドフランス地方で逮捕された際(今回と同様の手口)、DNA で1999年事件の同一人物だとわかった。しかし当時、それを受けたレイプ未遂事件の再調査は行われなかったのだ。2020年の逮捕後に犯行の規模の大きさが認識され、ようやく調査が再開され、ドミニクは事実をしぶしぶ認めた。2010年の盗み撮りは罰金だけで解決され、ドミニクはジゼルにそのことを隠した。この時、1999年の事件との関係が調べられていて、ジゼルにドミニクの犯行2件が知らされていたら、彼女に対する2011年から9年間以上も続いたレイプ犯罪は防げられたかもしれないのだ。これらは司法の落ち度と、性犯罪に対する消極的な姿勢を示している。

 そしてもう一つ、裁判の重要な死角は、ジゼル以外の家族に対するドミニクの加害疑惑だ。ジゼルの娘と息子2人のそれぞれの妻2人についても、眠っているときにほぼ裸体を撮影された写真が見つかった。娘のカロリーヌは、化学的服従(レイプドラッグ)による性犯罪廃絶のための市民団体をつくり、本を書いた。ドミニクが孫たちに対して怪しい態度をとったことも指摘された。しかし、ドミニクはジゼル以外の家族への犯行を一切否定し、調査と裁判はジゼルに対する加害に集中して行われた。近年ようやく、その頻繁さ・多さが明らかになってきた児童・未成年に対する性的虐待・レイプ、インセスト(家族内でも非常に頻繁に起きている)の問題という側面が除かれてしまったことにも、不十分な印象を持たざるをえない。

 2017年の#MeToo運動以来、フランスでもレイプや性暴力を告発する女性たちの行動が強まり、著名俳優ドパルデュー、映画監督、メディアの有名人、政治家などから受けた性被害の訴えが増えた。ピエール神父というフランス人が尊敬してきた人道主義宗教者(人道団体エマユスの創始者)の長年にわたる性加害(レイプを含む)も多数、明るみに出された。つまり、どの業界でも権力を持つ有名な男性たちの性暴力を公然と訴えることが長年できず、業界やカトリック教会は事実を知りながらそれを許し、隠してきたのだ。社会に根深いこのレイプ文化を変革し、性暴力を撤廃するためには、予防、被害者支援、警察・司法の改善、教育などさまざまな側面の政策からなる全面的な法律が必要で、女性団体などが130項目以上を準備している。予算は少なくとも26億ユーロ(約4280億円)と見積もられている。

 しかし、性暴力撤廃を優先政策にするとうそぶいたマクロン大統領の任期中、これまで7年半の間に、フェミニシッド(フェミサイド) の犠牲者は1000人を数えた。マクロンはレイプの常習犯ドパルデューを公的インタビューで擁護し、児童に対する性的虐待の調査団体で優れた仕事をした判事を解雇させた。二枚舌のマクロン政権に期待できることは何もない。憲法に人工中絶の自由を書き込んだのはむろん彼の功績ではなく、女性団体と多くのフェミニストの強い要求を、左翼のとりわけ女性政治家たちが国会で可決させた力関係のせいだ。総選挙後、ますます極右・反動的傾向を強める政府や、男性優位主義の言説を垂れ流す極右系のメディアに対して、レイプ文化廃絶のための闘いは続く。
   2024.12.30 飛幡祐規

↓過去のコラムは以下を参照ください。

★第96回 マクロン陣営と極右の融合 フランスの政体危機(2024.12.5)

★第95回 フランス総選挙後のマクロン大統領の強権行使(2024.9.10)
・「地平」10月号「極右を阻んだフランス新人民戦線」参照

★第94回 フランスの総選挙:予測を覆した「新人民戦線」の勝利(2024.7.10)

★第93回 フランスの総選挙決選投票前夜:極右/「新人民戦線」/マクロン陣営(2024.7.5)

★第92回 フランスの総選挙前夜:極右による権力掌握の危機に対抗する「新人民戦線」の希望(2024.6.28)

★第91回 欧州議会選挙での極右の勝利とフランスの「新人民戦線」(2024.6.12)


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