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 第92回・2024年6月28日掲載

フランスの総選挙前夜:極右による権力掌握の危機に対抗する「新人民戦線」の希望


*布のことば「フランスは数々の移住によって織り成された」(6月27日「自由!」集会)

 フランスではマクロン大統領が欧州議会選挙での与党の敗北を受けて国会を解散し、来る6月30日と7月7日に総選挙が行われる。欧州議会選挙で国民連合RNが31,36%を得票して勢いづく極右勢力(より過激なゼムールの党も5%以上得票)による権力の掌握を阻まなくてはならないと、毎夜路上に繰り出した左派市民の要請に応えて、左派政党共闘の新人民戦線Nouveau Front Populaireが成立した。解散からわずか1週間で、差別的な極右の計画と闘うために、抜本的に社会的でエコロジカルなプログラムを掲げ、第1回投票から一つの選挙区に一人の共闘候補を立てる選挙区のふりあてに合意したのである。

新人民戦線の政策プログラム

 選挙キャンペーン期間が2週間しかないという異常で困難な状況の中、新人民戦線は6月21日、政権を取ったら行う政策プログラムの内容を3段階に分けて発表し、その予算(支出)とどのようにその資金を賄うか(収入)の数字も提示した。第1段階は組閣から2024年末までの数ヶ月。まずマクロンの年金改革を廃止して合法退職年齢を以前の62歳に引き下げ、失業改革も廃止する。最低賃金を手取り1600ユーロ(約27,4万円)に引き上げ、公務員給与のポイント10%アップ、生活必需品、電気・ガス価格の凍結、住宅手当10%アップ、高速道路や巨大貯水池計画の中止、9月新学年から学費(文房具と給食含む)の真の無償化。これらに250億ユーロ必要で、それを連帯富裕税の復活(150億ユーロ)と大企業の超利益への課税(150億ユーロ)でまかなう。


*6月15日の極右反対デモ「新人民戦線で全てを変える」

 第2段階は2025年新年から年末までの期間で、現在のネオリベラル経済政策を豊かさの分配に180度転換させる。所得税の累進性を現在の5から14段階に増やして8%の富裕層への課税を引き上げるが、92%の人にとっては税金が減るor増えない(手取り4000ユーロ以下の人)。労働に課される税率を資本に課し(フラットタックス、大企業や富裕層の様々な減税の廃止など)、それを公共サービス(教育、病院、環境)につぎ込む。環境政策ではとりわけ節エネルギーのための断熱リフォームの大計画(雇用も増える)。若者の自立支援手当の支給など。それらの総額は1000億ユーロ。そして、第3段階ではエコロジカル転換を進める。輸送を鉄道に戻し、アグロエコロジーへの転換(農業における雇用増加)、農薬の禁止等々。これらすべてに合計1500億ユーロを投入する。

 このプログラムは支出があまりに多額で、現在既にGDPの5,5%の財政赤字(3兆ユーロ)を抱えるのに非現実的だと批判が集中した。しかし、記者会見に同席した3人の経済学者は次のように擁護した。ネオリベラルの緊縮政策は、経済を停滞化させて赤字を増やして失敗している。それに対し、低所得層の購買力を上げれば国内需要が増え、経済が活性化する(新ケインズ政策)。何より、低所得層への投資は、長年の生活水準の低下に苦しむ人々に未来と政治に対する信頼を取り戻す唯一の方法だと説明する。フランスの社会契約は第二次大戦後、人々の連帯(社会保障のシステム)と多様性(様々な出身の人々)に基づいていた。経済危機と気候変動による危機に面する今、マクロン政権下で亀裂が拡大したフランスがレジリエンス(困難をしなやかに乗り越え回復する力)を発揮するには、この信頼感の回復が必然だと説く。事実、フランスの最富裕層500人は10年前には10%の富を所有していたが、今ではなんと50%を持つほど富が集中した。これほど極端な不平等は社会を荒廃させる。そして、気候変動と環境・生態系破壊に徹底的・抜本的に対応しなければ、社会も地球も未来はないのだ。

国民連合のペテンと差別思想

 マクロン派(保守含む)、主流の経済学者やメディアは新人民連合の政策に批判を集中する一方、国民連合RNに対しては非常に甘く、政策内容(見積もりの数字などない)が例えば年金改革や電力・ガスの付加価値税(消費税)についてコロコロ変わっても、問題にしない。6月25日、RNのバルデラ、マクロン与党のアタル首相、新人民戦線のボンパール(服従しないフランスLFI)3人のテレビ討論会で、自分の政策も把握していないお粗末なバルデラは大きな間違いを口にしたが、ジャーナリストは指摘しない。また、RNは社会保障への分担金を削って給与の手取りを引き上げる政策を提案しているが、これは社会保険、失業保険、年金金庫などを赤字にして、民間保険を払えない低所得層は困ることになる。また、富裕層への課税や相続税の引き上げに反対なので、ある経済学者の計算では、RNの政策を施行すると10%の富裕層はさらに豊かになり、低所得層30%の暮らしは悪くなる。つまり、「購買力」をモットーに庶民や底辺の人たちの代弁者のふりをするのは、全くのペテンなのだ(国会でも最低賃金の引き上げや物価の凍結、富裕層・大企業への課税に反対した)。しかし多くのメディアは、RNが庶民の味方であるかように喧伝し、イメージアップに貢献した。(*写真=6月13日のデモ「そして人民が蜂起する」)

 父ルペンがナチスやヴィシー政権の協力者たちと創立した国民戦線FNは、娘のマリーヌ・ルペンが国民連合RNと名称を変えて以来、極右のイメージを拭おうと努めてきた。そして今や主要メディアはその「穏和化・平凡化」をすっかり受け入れた。ネオナチなど暴力的な極右グループとの関係、ナチスの敬礼をしたり差別発言をしたりするRNの議員の存在、ロシアのプーチンとRNとの友好関係やロシアの銀行からの融資といった事実を調査して公表するジャーナリストがいても、主要テレビ・ラジオではそれらがまったく無視され、問題にされなくなった。逆に、メランションなどLFIに対しては、メディアは「反ユダや主義」や「ハマス支持」などと事実無根の中傷をしつこく重ねてきた。大統領をはじめマクロン与党も、左派連合の新自民戦線新人民戦線(とりわけLFI)と極右の国民連合の双方は同じように極端(極右、極左)だから市民戦争が起きるなどと、無責任で危険な発言を続けている。


*6月23日のデモ「極右に反対してフェミニストが結集」

 RNの政策の根本は差別である。「国民優先」つまり白人至上主義で、移民、移民系フランス人(とりわけアラブ、黒人)、難民とイスラムが諸悪の根源だという差別思想だ。今や外国出身の父母・祖父母がいるフランス人の割合は30%にいたるほど、フランスは出身や文化が混じりあった(クレオール化した)多様な国なのに、RNは移民・難民には医療や社会援助を拒む政策や、二重国籍の人(330万人)に高級官僚などの職業を禁止する案などを唱える。そんな差別思想に賛同する人が増えたのには、24時間テレビなどをとおして四六時中移民・難民、イスラムの脅威を炊きつけたメディア(億万長者ボロレ所有のテレビ、ラジオ、紙媒体が最もひどいが、他の民間媒体と公共メディアも)の責任がある(前回のコラム参照)。RNに投票する人たちの多くが実際、彼らのまわりに外国人や難民はほとんどいないのに「テレビで見た、聞いた」と引用する。そして、「移民・難民への援助をやめて彼らを国外追放すれば、自分の暮らしはよくなる」と本気で言うのである。

 6月30日の第1回投票を前に、世論調査ではRNがずっと第1位で32%(ゼムールの党を足すと36%)にも至る。新人民戦線は28,5〜29%、マクロン与党は19,5〜20%だ。討論会やインタビューでバルデラのできがどれほど悪かろうが、RNの候補者たちがひどい差別発言をしても、新人民戦線の政策が優れていても、RNに入れる有権者には何の影響も及ぼさないようだ。彼らは論理や事実にもとづかずに、マクロンは大嫌いだ、暮らしが悪くなった、治安が悪い、政治家は右も左も何もいいことをしてくれなかった、悪いのは移民とイスラムだ、と確信してしまった人らしい。そこにあるのは政治不信、生活の不満、どこに向けていいかわからない怒りや憎しみ、恐怖など負の感情だろう。

 極右勢力は権力掌握の展望に活気づき、欧州議会選挙の結果が分かった6月9日には、パリでゲイが暴力行為を受ける事件があった。LFIの議員や活動家へのSNS上の攻撃は増幅された。公共放送などでも移民系のジャーナリスト(アラブ系、黒人)がひどいメッセージを多数受けとるようになった。6月19日の夜中には、アヴィニヨンのパン屋が放火され、焼け残った壁に「くろんぼ」「ホモ野郎」「失せろ!」などの落書きがあった。そのパン屋さんはコートジボワール出身の少年を見習いに雇っていた。

 こんな事態をもたらしたのはこれまでの政治だ。庶民を裏切って保守と同じネオリベラル政策を施行し、根強い差別や植民地主義に対する政策をとらなかったどころか、特権的な自分たちの世界に閉じこもった旧左翼政党。富裕層に尽くす一方弱者に鞭を打つ政策を進め、しかし美辞麗句と虚言を連発して言語、議論、民主主義を壊し、さらに極右の言説を取り込んで広め、共和国の理念も壊したマクロンと与党。そして、権力に媚びて劣化し、職業倫理を放棄した主要メディア。2012年の社会党オランド政権(左翼を壊した)から12年、急スピードでフランスがここまで転落したことにめまいを覚える。

*6月27日「自由!」レピュブリック広場 アリス・ディオップ

新人民戦線に結集する若いエネルギー

 しかし、前回のコラムで紹介したように、欧州議会選挙の結果発表直後から、とりわけ若い層が路上に繰り出して、極右にノンを叫んだ。2002年の大統領選挙で、初めてルペン(父)が決選投票に残った時に、大勢の若者たちが路上に繰り出したように。そして彼ら市民の圧力で、新人民戦線が短時間で成立した。6月15日の大規模なデモ(全国145か所、主催者発表64万人)に続き、23日の日曜にはとりわけフェミニスト団体と市民団体の呼びかけによる反・極右デモが行われた。レイシズムにかぎらず、LGBT差別と女性差別も極右の特徴だ。EU内で極右が政権を取ったポーランド、ハンガリー、イタリアではまず、女性の人工妊娠中絶の権利が後退した。

 新人民戦線の政策プログラムにはトマ・ピケティをはじめ300人の経済学者が賛同の声明を出したが、極右に対抗すると同時に新人民戦線への攻撃を告発する声明が、科学者・研究者(気候学者や社会学者を含む)からも出された。RNは気候変動を否定し、再生可能エネルギーに反対(原発大推進)なのだ。また、彼らにとって文化とは干からびた伝統主義、文化遺産の保護だけだから、芸術・文化分野での創作の自由は著しく後退するだろう。公的援助もなくなるだろうから、多様な芸術とアーティストの存在は危うくなる。

 6月27日の夜、独立メディア、ATTACなど市民団体、環境団体、人権団体、労組、芸術・文化関係の人たちが呼びかけた「リベルテ(自由)!」という催しがレピュブリック広場で行われ、3万人が集まった。特に印象的だったのは、パリ郊外オルネー・スー・ボワで生まれた女性映画監督、アリス・ディオップが黒人女性作家と一緒に読んだテキストだ。彼女は6月9日以来、不安や怒りに苛まれ、「私たちは投票する」という団体を立ち上げた。より多くの人に投票に行ってもらうためだ。「RNに投票する人のレイシズムは一つの世界観を表しています。彼らは、自分が幻想として描く、ある種の過去のフランスに戻りたいと願っています。そこでは私は外国人で、敵なのです。」彼女は、すでに被差別の体験を持つ15歳の息子のことを心配する。「私たちにとってこの選挙の結果は、生死に関わる問題なのです。」(「私のオルネー」というオルネー・スー・ボワのブログから引用)

 何が起きても闘い続けるしかない。けれども、同じ国の中に、同じ地球の中に、敵を見ずに、多様な豊かさが混じりあい、協力しあって、一緒に生きていける未来を築くために、新人民戦線に勝ってほしい。

2024年6月28日(50年前のこの日に私は日本を出てこの国に来た) 飛幡祐規


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