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 第95回・2024年9月10日掲載

フランス総選挙後のマクロン大統領の強権行使


*プラカード「マクロン、裏切り、辞任!」9月7日のパリのデモ(他の写真も)

 フランスは7月7日の総選挙決選投票により、左派連合の新人民戦線NFPが1位(議席数)になり、極右の国民連合RNによる政権掌握を防いだ。第二次大戦以来、最大の民主主義の危機を回避した歴史的な出来事だが、マクロン大統領は左翼連合の勝利を認めず、新人民戦線の首相と組閣を拒否し続けた。オリンピックと夏のヴァカンス・シーズンにかこつけて何もなかったかのごとく、解散前の「辞任待ち」暫定政府と共に前と同じ政策を進めた。この強権行使に対して「服従しないフランス」LFIは8月18日、憲法の大統領罷免手続の可能性を通告した。大統領罷免を求める署名が3日間で20万を超えるに至った9月5日、マクロンは保守LR(国会で非常に少数派)のミシェル・バルニエを首相に任命した。

投票結果の否認

 そもそも、6月9日の欧州議会選挙での大敗後(極右の半分以下の得票)、国民議会を解散したのはマクロンの不条理な独断だった。ヴァカンスとオリンピックを控えた六月末〜七月初めの時期に、たった三週間の選挙キャンペーン期間で総選挙を行なうのは、極右に政権を差し出すような無謀な選択だからだ。欧州議会で共闘せずに勢力が分散した左翼、とりわけマクロン陣営が敵視する服従しないフランLFIを弱体化させるいいチャンスだと見たのだろうが、総選挙は与党陣営の弱体化をさらに明確に示すことになった。

 そして、すべての世論調査とメディアの予想を覆して、左翼連合の新人民戦線NFPが決選投票で首位になり、新国会での最多勢力(193議席/577)になった。マクロン陣営は166、極右は3位(国民連合RNと共和党右派の合計142)にとどまったが、解散前に比べ54議席も増やした。極右の勝利を阻止できたのは、決選投票における新人民戦線と与党陣営の選挙協力(3位の候補を取り下げ、RN以外の候補を当選させる戦術)、そして新人民戦線NFPを支持する左派市民の力強いアピールと集会・デモ、キャンペーンへの参加のおかげである。

 実際、投票後の調査で、左派市民は極右を落選させる選挙協力を忠実に行なったことがわかった。決選投票で彼らは与党候補に7割強投票し、保守候補にも投票したため、当選したマクロン陣営議員の52%、保守LRの64%がそのおかげで議席を得た。一方、マクロン支持市民のNFPへの投票率はもっと低く、保守支持の有権者においては左翼候補より極右に投票した率の方が高かった。マクロン派と保守のおかげで当選できたNFPの議員は30%足らずだったのだ。極右の政権掌握を阻んだのは明らかに左派市民であり、(極右に対抗する)「共和主義戦線」を自称するマクロン陣営と保守の支持者の一部は、実は左翼より極右に投票することを選んだのだ。保守に続いてマクロンの極右化も進んでいる。

 ところが、マクロンは選挙後直ちに「勝利者は誰もいない」と宣言した。NFP四党は7月23日、上級官僚のリュシー・カステを首相候補にすることに合意したが、マクロンは任命を拒み続けた。フランスの第五共和国憲法は議会(立法)に対して政府(行政)の権限が強く、大統領への権力の集中を許す欠点がある。大統領には首相の任命権があるが、これまでの第五共和政で大統領の党と議会の多数派政党が異なるコーアビタシオンが起きた際に、大統領が多数派陣営の首相と組閣を拒んだ例はない。多数派が議会の過半数に至らない今回のような場合でも、まず首位の陣営に組閣させるのが道理であり、人民主権、つまり選挙の投票結果の尊重である。現に、前回2022年の総選挙でマクロンの与党陣営は絶対多数に至らなかったが、「大統領の多数派」と称した。

 他の民主主義国で同様にどの党も絶対多数を取れない場合、複数の党で連合政府をつくるが(現在のドイツ、スペインその他)、順序として首位の党が最初に組閣を試みる。リュシー・カステは8月12日、NFPの政策プログラムを国会で民主的に進める(テキストごとに多数の同意を得る努力を行う)意思をRN以外の議員全員に送った。マクロンは8月23日、ようやくカステとNFPの四党指導陣と会見したが、他の政党の党首や政治家(首相候補とメディアは伝えた)との「相談」を重ね始めた。LFIの大臣は受け入れられないとか、直ちに不信任決議で倒れるから政体が不安定になるとか、マクロンは口実を並べたが、実は最初からNFPの組閣を認めたくなかったのだ。理由は、その政策プログラム(最低賃金の大幅アップ、強行採択された年金改革の廃止、富裕層への課税、公共サービスの復元、抜本的な環境政策の転換など)である。これらマクロンのネオリベラル政策と「決別する」プログラムの施行を阻止するため(とりわけすぐに発布できる政令によって年金改革が停止されるのを恐れ)、オリンピックとヴァカンスで時間稼ぎをして、「辞任待ち」暫定政府に2025年の予算も用意させたことが、だんだん明らかになった。


*デモを呼びかけた若者たち(学生組合、政党若者部)「民主主義のために、マクロンの強権行使に反対」

大統領罷免の可能性と保守(共和党LR)の首相任命

 そこでLFIは8月18日、リュシー・カステを首相に任命しないのなら、マクロンに対して憲法68条の罷免手続きを始める用意があると告知した。民主的な選挙の投票結果を認めず、1789年の革命で国王に対して拒まれた「拒否権」を行使することは、大統領の任務の基本的な要請に背く重大な過失だから、憲法68条を使って罷免すべきだと主張している。この手続は両議院の3分の2以上の賛成を必要とするため、可能性は低いかもしれないが、7月の選挙以来、マクロンと暫定政府が何事もなかったかのように前と同じ政策を進めた状況の異常さを、(外国では指摘されたが)フランス国内で認識させるのに役立っただろう。主要メディアは相変わらず政権側の視点で、マクロンに好意的な報道を続けているのだ。

 新学年が始まる9月に入り、LFIは「マクロン罷免」を要求するネット署名も始めた。それがたった3日間で20万を超えた9月5日、マクロンは保守の共和党LRのベテラン政治家、ミシェル・バルニエを首相に任命した。共和党は、マクロンが大統領になった2017年以前は社会党と勢力を争う二大政党の一つ(シラク、サルコジ大統領の党が変名)だったが、今回の総選挙第一回投票での得票率は6,57%、議席は47(8%)の少数派の野党になった。2017年以降、保守政治家の一部はマクロンの与党陣営に入り、残った者たちの主張と政策は極右化した。今回の総選挙で、極右化した共和党の一部はRNと共闘するために新党をつくり、16人を当選させた。

 伝統的保守の極右化はすでに顕著だったが、バルニエの任命は、マクロンがRNのルペンから「不信任決議に(すぐには)投票しない」保証を獲得して実現したと報道された。首相候補選びの「相談」において、マクロンが決め手にしたのはルペンの意見だったのだ。総選挙の結果は、これまでのマクロン政権に対する国民の厳しい制裁であると同時に、決選投票では極右に対する拒否が表明された。「負け」を絶対に認めないマクロンは、主権者の意思に反して同じ政策を続けるために、最も少数派の政党の首相を抜擢し(つまりマクロンの政策は保守である)、さらに主権者が拒否した極右と協力することを選んだ。これは、決選投票での左翼との選挙協力(共和国戦線)の否定、明らかな民主主義の否定である。

 ミシェル・バルニエは国政に加えて欧州議会議員や欧州委員会の委員の経歴を持ち、イギリスのEU離脱の際はEU側の交渉を行なった。マクロンのネオリベラル政策と相性がいいだけでなく、女性やLGBTQIの権利強化に反対する反動保守を体現するため、極右にも受けがいい。さらに、首相官邸前でのアタル前首相からの受け継ぎの際、もっと庶民の声や意見を聞いて取り入れたいと言おうとして「下の人々」という言葉を使ってしまい、階級差別を示した。


*「(国王の)拒否権は存在しない」と語るジャン=リュック・メランション

再び路上に出る若い世代

 LFIが大統領罷免手続きについて通告した後、最初に反応したのは高校生と大学生組合だった。彼らはマクロンのネオリベ政策のせいで暮らしがますます苦しくなり、コロナ危機以来、市民団体による食品配給に長蛇の列ができるほど、食事に困るほど貧困状況の若者が増えた。コロナ危機の際に学食を1ユーロにした措置を恒久化しようとした左翼提案の法案は、マクロン党の反対で否決されたのだから、マクロンに対する反感は強い。

 彼らは9月7日に土曜にマクロンの強権行使に抗議するデモを呼びかけ、社会党を除くNFPや反資本主義政党、ATTAC、グリンピース、女性とLGBTQIなど市民団体、一部の労組が賛同した。全国140か所のデモ・集会に30万人、パリではバスティーユからナシオン広場まで16万人が参加した。大勢の若者の存在が目立つダイナミックなデモで、人々は「マクロン、辞任!」を叫んだ。「極右を阻止するために新人民戦線に投票したのに、選挙の勝利を奪われた。マクロンになってから大学生の購買力はものすごく下がり、学部を選ぶ自由も制限された」と大学生組合の会員は語る。「金持ち優遇の政策を変えるために投票したのに」と、マクロンへの怒りは大きい。折しもフランスの財政赤字は増額し、EUから厳しい緊縮政策を要求されている。富裕層や大企業への課税・増税などで収入を増やさなければ、危機的状況の公共病院や公立学校(教師・スタッフ不足)、低所得層への締めつけはますますひどくなるだろう。労働総同盟CGTは10月1日のスト、デモを呼びかけている。

 選挙の結果無視という民主主義の否定に対し、デモに行かなくてもフランス市民の反感は強い。調査・分析方法の問題が指摘されている世論調査でさえ、マクロンの辞任を求める割合は44%から52%に増え、オリンピックの閉会式の会場ではマクロンに非難の口笛が浴びせられた。しかし、主要メディアは相変わらず、マクロン陣営に都合がいい視点から報道し続けている。保守の首相が選ばれたのは、NFPに協調性がなくて他の左翼の候補者を拒否したからだという説を、多数のジャーナリストが述べる。その候補者ベルナール・カズヌーヴ元首相は社会党から離れ、NFPに反対した「左」とは言えない政治家であり、NFPを代表する資格をもたない。おまけに、ルペンがカズヌーヴを認めなかったため、彼が首相になる可能性はなかったことが明らかになった。カズヌーヴ首相説は、社会党内の社会民主主義路線というかほとんどネオリベラル(NFPの政策に不満)の右派をとりこんで、NFPを弱体化・分裂させようというマクロンの戦略だったようだ。政策にもとづいた政治分析をせず、マクロンの民主主義否定を問題にせず、バルニエ新首相を「有能、経験豊富、協調的」と称えるメインストリーム報道に惑わされず、路上に繰り出した若者たちが大勢いることは頼もしい。バルニエ新政府のメンバーはまだ発表されていないが、組閣されて国会が始まればすぐ、NFPの不信任決議案が提出されるだろう。今後の国民議会と路上の展開に注目したい。

2024年9月9日 飛幡祐規

・「地平」10月号 「極右を阻んだフランス新人民戦線」 参照
コラム第91回 欧州議会選挙での極右の勝利とフランスの「新人民戦線」
http://www.labornetjp.org/news/2024/0612pari
コラム第92回 フランスの総選挙前夜:極右による権力掌握の危機に対抗する「新人民戦線」の希望
http://www.labornetjp.org/news/2024/0628pari
コラム第93回 フランスの総選挙決選投票前夜:極右、新人民戦線、マクロン陣営
http://www.labornetjp.org/news/2024/0705pari
コラム第94回 フランスの総選挙:予測を覆した「新人民戦線」勝利
http://www.labornetjp.org/news/2024/0710pari

服従しないフランスの政策プログラムの日本語訳『共同の未来 <民衆連合>のためのプログラム』が法政大学出版局から出版されました。
https://www.h-up.com/books/isbn978-4-588-60375-4.html


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