〔週刊 本の発見〕『交通崩壊』(市川嘉一 著、新潮新書) | |||||||
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毎木曜掲載・第313回(2023/9/7) 公共交通の危うい姿と希望『交通崩壊』(市川嘉一 著、新潮新書、820円+税、2023年5月)評者:黒鉄好地方の公共交通は今や青息吐息。自宅の前を走る鉄道やバスがいつ溶けてなくなってもおかしくない。コロナ禍があぶり出したのは、それ以前からとっくに「首の皮1枚」だけでつながる状態に陥っていた公共交通の危うい姿だった。 本書は「第1章 統合的な交通政策の不在」「第2章 鉄道の役割を再定義する」「第3章 遠ざかる路面電車ルネサンス」「第4章 CASE革命時代のクルマの役割」「第5章 歩行者に安全な歩道を取り戻せ」から成る。第1章が指摘する統合的な交通政策の不在は今に始まったことではない。国交省には総合政策局があるが司令塔としては心許ない。 第2章のタイトルは見るだけでも疲れる。鉄道を維持するためにそこまでしなければならないのかと溜息が出るが、半世紀の人生をすべて鉄道ファン稼業に捧げてきた私の目で見ると、決して大げさとはいえない。実際、ローカル線は生活手段としては地域住民の選択肢にすらなり得ていない。「通学の高校生が困る」をローカル線存続の根拠に訴えたところで「それならスクールバスを導入すればよい」と言われるだけ。最近は議論にさえならないまま、公共交通が抵抗もなくすんなり廃止されていく厳しい現実がある。 だが希望もある。大型自動車運転手の不足に拍車をかける「2024年問題」に政府が有効な手を打てそうな気配はまったくないからだ。「運転手不足でバス転換ができない」を理由に存続を決める北陸鉄道(福井県)のような実例も、ここに来て出始めた。 私の見るところ、地方を含め鉄道が生き残る鍵は3つの「K」にある。環境・観光・貨物である。コロナ禍最大の教訓は、観光「一本足打法」が危険であること、ステイホームでネット通販利用が増え、ただでさえ右肩上がりの貨物輸送量がさらに伸びたことにある。その影響をようやく脱したばかりなのに、コロナ禍など忘れたように、市川氏が観光中心の論調を展開し、環境や貨物にほとんど触れないのには違和感がある。貨物をメインに、次が環境、そして観光は3番目だと私なら考える。観光を第一に据えるのは楽しく取り組めるからに違いないが、公共交通の基本はやはり住民生活の役に立つことである。 最も危惧を感じたのは第5章だ。電動キックボード(写真)という新たなモビリティ(移動手段)の登場で歩行者にとって歩道が修羅場になりつつある。歩行者の安全を守りたい警察庁と電動キックボードビジネスを展開したい業界・経産省の攻防の結果、「特例特定小型原動機付自転車」という珍妙な名称のモビリティが生まれることになった。歩道走行ができる最高時速6km以下の電動キックボードの法律上の名称である。この調子だと「特別特例特定うんたら」なんて名称も遠からず生まれるのではないか。そもそも1989年に刊行された「市民と交通」(廣岡治哉・著、有斐閣選書)でも歩行者への「歩行権の回復」が主張されている。34年も前の本と同じ問題点が同じ形で指摘されているのだ! 日本の交通行政がいかに無策で進歩のかけらもないか、これほどよくわかる実例もなかろう。 本来なら5つの章のどれもが1冊の独立した本になり得るほどの重要なテーマで、詰め込みすぎだと感じる。言いたいこともある。だが、公共交通(特に鉄道)に国の関与を求める結論はしっかりしている。公共交通の危機を理解しているものの、どうしたら復活させることができるか知りたい方への入門書としては自信を持ってお勧めできる。 *「週刊 本の発見」は毎週木曜日に掲載します。筆者は、大西赤人、志水博子、志真秀弘、菊池恵介、佐々木有美、根岸恵子、黒鉄好、加藤直樹、わたなべ・みおき、ほかです。 Created by staff01. Last modified on 2023-09-07 09:31:03 Copyright: Default |