〔週刊 本の発見〕『ウクライナ戦争日記』 | |||||||
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毎木曜掲載・第273回(2022/10/20) 侵略がもたらす混乱、破壊、恐怖、怒りStand with Ukraine Japan編『ウクライナ戦争日記』(左右社、2022年)評者:加藤直樹オルガ・アネンコ 2022年2月24日朝5時、私は2つの大きな爆発によって目を覚ました。それから次々に爆発が起こった。…窓の外から、黄色と赤の光線が2つ見えた。だが、息子はまだすやすや眠っている。…寒気がして、手が小刻みに震えている。私は、ベッドのそばにあったブランケットの上にいるのに、体が真っ二つになりそうなくらい胃が痛んだ。… それから這いつくばって携帯に近づき、手に取った。でも手がひどく震えていて、携帯のパスワードをうまく打つことができない。くそ!手が言うことを聞かない!…母はどうやらこの電話で目が覚めたみたいだ。母には聴覚障害があるのだ。 「あらオルガ、何かあった?」 本書は、2月24日以降、ウクライナの人びとがどのように生きてきたかを、「日記」という形式で伝える本である。日本に暮らすウクライナ人たちが、本国に暮らす人々に呼びかけて集めたもので、24人の「日記」が収められている。ウクライナ戦争に関心がある人、いや、戦争と平和というテーマに関心がある人すべてにお勧めしたい一冊だ。 私の目から見て、ウクライナ戦争についての議論は、その大部分がもどかしいものに思える。その最大の理由は、そこでは当のウクライナの人びとの存在や思いが無視されているからだ。その代わりに、ひたすら国際政治や戦況の話をしている。だが、この侵略戦争の被害国がウクライナであり、戦争の被害を最も被っているのがウクライナの人びとである以上、まずは彼らについて敬意をもって知ろうとするべきではないのか。 その意味で、この本はその原点となる。ウクライナ戦争が始まって以降に出版された無数の本の中でも、第一に読むべきもののように思う。ここでは、ウクライナの普通の人びとが戦争の中で経験していることが語られている。 もちろん、私たちはTVニュースを通じて、コンクリの塊にまで破壊され尽くした団地や、家族を失った悲嘆を訴える人といった映像を数多く見て来た。だが、この本を読むことで読者が経験するものは、それとは全く別のものだ。 「日記」という形式の本書では、すべては一人称で語られる。だから読者は、侵略がもたらす混乱や破壊、恐怖や怒りを、24人の「私」の目と心を通して垣間見ることになる。 それはニュースからは見えないことの連続だ。たとえば冒頭に紹介した文章がそうだが、ある朝とつぜん、窓の外で戦争が始まっていることを知る瞬間なんて、想像したことがあるだろうか。 遠くの村に一人で暮らす老母に電話したら、ロシア軍が迫っているというのに今日も職場に出勤していたことを知って愕然とする経験。家から15分のところにあるショッピングモールが燃えている映像を見て、他の土地の破壊された建物を見たときには感じなかったショックを受けて涙が止まらなくなること。破壊された街を徒歩で脱出した妹が送って来た「私はもう生きていたくない」というメール。ロシア兵たちが店を襲って略奪し、さらには学者や映画監督、活動家たちが人知れず連行されていく恐怖。あるいは友人が一人、また一人と脱出していく様子を伝えるフェイスブックを眺めながら、家の中から動けないまま占領地に取り残されている女性の気持ち。私たちはそれらをテレビからは想像できなかった。 そして、これらの「日記」は、ウクライナ人が受け身の犠牲者であるだけでなく、状況に立ち向かう主体でもあることを伝えている。彼らは侵略に怒り、呪う。地下室を掃除して近所の人たちと集まり、避難生活の態勢について会議を開く。占領地に残された友人の家族を助けるために地雷原を超えて車を走らせる。避難民を支えるボランティアを始める。こうした主体的行動には、国外避難もあれば、火炎瓶の製造から軍への志願に至る抵抗も含まれる。 この本は、ウクライナの人びとが受動的な犠牲者であるだけはなく、それぞれの人生の主体であり、ウクライナという国をつくる民衆でもあるという事実を、個々の人間の生きる重量のままに伝えている。私たち一人ひとりがそうであるようにだ。それを感じ取り、その経験や思いと向き合うことからしか、遠い日本に住む私たちがウクライナについて考えることはできないだろうと思う。 *「週刊 本の発見」は毎週木曜日に掲載します。筆者は、大西赤人、志水博子、志真秀弘、菊池恵介、佐々木有美、根岸恵子、黒鉄好、加藤直樹、わたなべ・みおき、ほかです。 Created by staff01. Last modified on 2022-10-20 00:13:06 Copyright: Default |