〔週刊 本の発見〕『リニア中央新幹線をめぐってー原発事故とコロナ・パンデミックから見直す』 | |||||||
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毎木曜掲載・第209回(2021/6/17) 時代錯誤の巨大プロジェクトー背後にあるのは大国主義『リニア中央新幹線をめぐってー原発事故とコロナ・パンデミックから見直す』(山本義隆、みすず書房、2021年4月刊、1800円)評者:志真秀弘著者はリニア中央新幹線を技術面にとどまらず、政治、経済、環境、社会、思想など多角的に分析し批判する。 かれは、『近代日本一五〇年−科学技術総力戦体制の破綻』(岩波新書)で自然科学者は官僚たちと並んで戦争責任を問われなかったと書いている。 「文学は新日本文学会が、教育は日本教職員組合が追及したのだが、自然科学者と技術者だけは誰からも責任を問われなかった」。 明治期に成立した官・軍・産そして学の複合体は、敗戦後も生き延びて今なお日本資本主義の土台に立って経済成長至上主義の音頭を取り続けている。複合体を無傷のまま生き延びさせたのはわれわれでもあった。逆にこの構造を克服できるのは、批判的視点を持つ運動以外にない。かれが新日本文学会と日教組を戦後史のなかに例示して言いたかったのはそのことだろうと思う。この運動への視点は本書にも貫いている。 当初細々と行われているようにみえた山梨でのリニア走行試験から20年近くたった安倍前首相在任時の2016年。事態は一気に動いた。大阪開通を2045年から37年に8年も前倒しし、さらに3兆円をJ R東海に低利融資することが決められる。〈リニア・万博・カジノ誘致〉を目論む関西財界と大阪維新の会と安倍周辺との取引が背後にあったとも言われている。リニアが在来新幹線の4〜5倍の電力を使うことは知られている。3・11から2ヶ月後、リニア推進の中枢にいた葛西JR東海社長は「腹を据えてこれまで通り原子力を利用し続ける以外に日本の活路はない」(『産経』11・5・24)と発破をかけている。原発再稼働・増設の推進を狙う電力業界にとってもリニアは渡りに舟だったろう。政治経済の動向にも触れながら、電力浪費にとどまらないリニア技術の問題点の一つ一つが具体的に指摘される。(写真右=著者) 電力の超電導状態を保つための液体ヘリウム(供給不安定で高コストの地下資源)は毎日補給しなければならない。強力な時期の人体への影響も未解明である。さらに安全のための保守構造はできるだけ簡便でなければならないのに、極めて複雑な車体構造になっている。しかも車体が浮上するまでに使われるタイヤはパンクする(!)危険がある。 東京〜名古屋間のうち247kmはトンネルで南アルプスの自然を破壊するだけでない。大井川の水の問題で静岡県知事が工事差し止めを主張しているのはすでに知られていて、それ一つとっても住民の生活に直結する問題だ。また品川区から大田区、世田谷区、川崎市、町田市に至る37kmは区間最長のトンネルだが、「大深度地下の公共的使用に関する特別措置法」(2000年)によって補償も用地代も不要の仕掛けが作られている。最近の陥没事故のような事態が起きない保証もないのにである。さらに膨大な残土(6立方積めるダンプカーで1千万台と想定される)処理はどうなるのか、加えて建設用コンクリート、資材建材など途方もない数のダンプカーが往来する。 東京〜大阪を1時間で結ぶためにこれほどの危険を冒す必要がどこにあるのか。コロナパンデミックがもたらしたオンライン会議やテレワークによれば異動は最小限で済むでははないか。誰でもそう思う。感染症にあっという間にやられてしまう一極集中に拍車をかけるだけだろう。にもかかわらずなぜ巨大プロジェクトを彼らはやめないのか。著者は大国主義ナショナリズムが動力源だと指摘する。技術・経済などあらゆる分野で中国に遅れをとるなとの反中国感情が広がりつつある。大国意識を煽り無用の巨大プロジェクトに血道を上げる仕掛けの奥にこのイデオロギーがある。いまオリンピックを強行する政治も同じ構造である。リニア中央新幹線事業をあらゆる面から検討した上での著者の警告は鋭い。 *「週刊 本の発見」は毎週木曜日に掲載します。筆者は、大西赤人・志水博子・志真秀弘・菊池恵介・佐々木有美・根岸恵子、ほかです。 Created by staff01. Last modified on 2021-06-17 11:56:15 Copyright: Default |