レイバーネットTV報告 : 私たちの心をつかんで離さない本・映画のジャングルに分け入る | |||||||
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●報告 : レイバーネットTV第165号(2021年12月15日放送) なんと、はじまる前のスタジオつくりからワクワクしたレイバーネットTVの時間だった。スタジオの梨の木舎が映画のポスターで埋まったのだ。さまざまなジャンルの映画がこんなにたくさん日本中で上映されていることに改めて驚いたのだ。そしてコロナ禍の中で、大勢の方が読書も映画鑑賞も楽しんでいる、あるいは積極的に知ろう、感じようとしていることを知る機会でもあった。スタジオには昨年の12月6日に亡くなった私たちのメンバーで、映画といえばこの方しかいないという木下昌明さんも写真で参加していただいた。(報告=笠原眞弓) 私たちの心をつかんで離さない本・映画のジャングルに分け入る毎年恒例になったレイバーネットの年末の締め番組「映画と本で振りかえる」。オンラインで開催しているレイバーブッククラブは毎回好評で、参加者も増え、WEBでは、『本の紹介』コーナーが活況を呈しています。レイバーシネクラブも不定期ながら、過去の名作や皆さんの見たいものを一緒に見て感想を話し合う、ざっくばらんな集まりです。今月はアンケートで寄せられた本と映画を紹介しながら、さまざまに考えていきます。ジャンルも表現方法も多岐にわたり、それぞれの分野の傾向も見えて来ます。3人のゲストのお話で、ぐっと内容を深めていただきました。 進行:北穂さゆり ◆〈特集:映画と本で振りかえる2021年〉 「あなたのイチオシ」のアンケートにはそれぞれ20点以上が挙げられた。先ず本から。(アンケート内容は下部参照) ●推薦本の紹介 ・志真さん(写真上)の推薦書『海をあげる』(2020年・上間陽子著)は、今年の1月の読書会の課題本だったとか。沖縄の性暴力について共著を含め一貫して書いている。この本は、本屋大賞を受賞した。書かれていることは、沖縄戦と基地の問題が影を落としている。そんな特殊な地域で暮らす若い女性の置かれた状況、例えば、鍵を武器として手に握って歩くことや、若年出産の問題などが語られていくという。堀切さんも平易な言葉で書かれた本書はとても読みやすいということだった。 ・森さん(写真上)のお薦めは、『台湾、あるいは孤立無援の島の思想――民主主義とナショナリズムのディレンマを越えて』(2021年・呉叡人著)。レイバーネットTV(161号)で南西諸島の軍事化を取り上げたとき、この本を知る。ここには、南北朝鮮、琉球・沖縄、台湾、香港という地域の、日米中国のはざまに置かれた台湾の近代を見据えてこそ、これからの米中大陸や軍事化、市民運動への抑圧の視座が得られるなどと本から得られたという。また、呉叡人さんは、日本の矢内原伊作などの本を読みこんだと思うという。 ・永田さん(写真上)は手短にと前置きをして、60年前の本がよみがえったと『まっくら』(森崎和江著)を石牟礼道子さんの『苦海浄土』の原型のような形を作り出した本と、女性炭坑労働者の語り部を作り出したすごい本と紹介。2冊目は、メルケルの評伝。『世界一の宰相』著者はカティ・マートン。政治家の評伝の中では、出色の面白さとか。比較に示したのが菅さんの『孤独の宰相』。あまりの違いにスタジオ内に笑いが! 3冊目は、『彼は早稲田で死んだ 大学構内リンチ殺人事件の永遠』(樋田毅著)。彼の書いた朝日新聞阪神支局の事件を書いている。早稲田の学生自治会が革マルに抑えられ、暴力が蔓延していたときに、徹底した非暴力にこだわった様子が書かれているという。 ◆ジョニーと乱鬼龍のホットスポット ジョニーHさんは、元歌はワイルドマグノリアスの『Soul Soul Soul』から。 今日の川柳は「映画から本から見えたこの時代」乱鬼龍 ●推薦映画の紹介 21本の映画が推薦された。その中で目に付いたのが、ネット(ここではネットフリックスの『イカゲーム』)でしか見られない映画の推薦があり、コロナの中での世相を表していた。また、世界が右傾化する中でそれに抗うように、報道者の魂のようなドキュメンタリー『コレクティブ 国家の嘘』などがある。 ●永田さんの3本は『水俣曼荼羅』『ボストン市庁舎』『海辺の彼女たち』 ・『水俣曼荼羅』(原一男監督)について話し合う。6時間が長くなかったことから話が始まる。3部に分かれているが、1部は漫談のような医師のやり取りで、水俣病を科学的に見直して病気への理解を深め、続く2部では所謂「患者」の前に「人間」であることを示し、3部は石牟礼道子さんの言葉「悶え神」をとらえ、周りの人たちもその苦しみを共有することの大事さを伝える。永田さんは、挿入される過去の映像の中に、会社と交渉して机をたたく怒りの人はNHKのデレクターで、彼は首を掛けて水俣の真実を伝えようと撮ったと教えてくださる。ジョニー・デップの『MINAMATA』にも触れる。 ・『ボストン市庁舎』(フレデリック・ワイズマン監督)も4時間を超える大作だ。監督は『ニューヨーク公立図書館』などを撮っている。全く解説もナレーションもなく、不平等の中で、市庁は何をしているのかをひたすら見せてくれる。市長は労働者階級出身のマーティン・ウォルシュで、現在はバイデンの下で労働長官を務めている。市役所とはどういうところかを演出なしで、開示していく。それを通して市民の抱える問題を浮き彫りにする、監督独特の手法が示された。また映像を通して、アメリカ社会が言葉を大事にする土地柄だと、うらやましくなったと永田さんは言う。 ・『海辺の彼女たち』(藤元明緒監督)は、ベトナムからの技能実習生3人の女性の漁港で働く様子を描いた劇映画。そこには日本で働く外国人労働者の問題が詰まっている。ドキュメンタリーと思うほどの作りとのことだ。いま辛い思いをしている技能実習生の半分はベトナム人だということだ。入管の問題が今表に出てきたが、日本社会が一刻も早く改善しなければならないことだと思うとのこと。 ●笠原は『水俣曼荼羅』の他に気になった映画として、西成を舞台にした『かば』もあるけれど、『ユダヤ人の私』を挙げる。昨年から今年にかけてホロコースト関係の映画が上映されている。それは、ホロコースト80年ということで、ヨーロッパ各地で作られたのだ。その中から上映中の『ユダヤ人の私』について語る。「私」とは、解放されてから106歳で亡くなるまで、ホロコーストの体験を語り続けた人である。それは「怨み」ではなく、人間誰しもが持つ「負の感情」を忘れないようにという思いからだ。こういう映画を観るのは、自分の中の差別を自覚し、その感情を常にコントロールするためである。(TVでは話さなかったが、ドイツは各国のホロコースト映画に助成金を出している) ●堀切さんは『由宇子の天秤』を挙げる。 ●最後に、志真さんと森さんからも一言があった。 ●まとめ ★アンケートから(『題名』著者:推薦者) <映画> *主な写真撮影=小林未来 ****************************以下に寄せられたアンケートの全文を掲載します。協力してくださった皆さん、ありがとうございました。 【本】 ●立花隆ー『最後に語り伝えたいこと』 松原明 今年4月30日に立花隆は亡くなった。80歳だった。戦後の民主主義教育を受けた最初の世代で「100%戦後民主主義世代」を自称する。本書は「大江健三郎との対話と長崎大学の講演」を収録している。立花さんの反戦意識は強烈だ。原爆で真っ黒にこげた「黒い屍体」(被害)だけでなく、満州人が日本人を恨んで生皮を剥いだ「赤い屍体」(加害)を忘れるな、と問く。やさしい言葉で時代と人生の真髄を語る立花さん。「運動なんて99.9%は負け戦。でもあきらめずに負け続ける。継続こそが力」という言葉が印象的 ●藤田和恵『不寛容の時代ーボクらは『貧困強制社会』を生きている』 白石 孝 竹信三恵子『賃金破壊』が素晴らしいが、藤田が提起した「物言わぬ労働者」「怒らない労働者」という視点が問題提起として重要なので、この1冊とした。不正義、格差、差別などに怒り、声に出し、行動するのが、どこの国でも見られるが、日本は当事者が前記のような状況で、選挙も行かないか、行った時は自民などに投票する、この日本をどう変えていくか、藤田の提起はヒントになる。(詳しい書評は『週刊金曜日』11月12日号に執筆した) ●桐野夏生『日没』 山口正紀 本の帯に「海崖に聳える収容所を舞台に『表現の不自由』の近未来を描く、戦慄の警世小説」とある。国から「正しくない作家」とされた文学者が「療養所」に監禁され、「社会に適応した作品を書くよう」指導される。そこには、同じように隔離された作家たちが収容されてる。問題視されるのは、「猥褻、不倫、暴力、差別、中傷、体制批判、反原発」で、摘発するのは「市民」、判断するのは国家だ。貧しい食事、完全に自由を奪われた監禁生活。「矯正された文章」を書けば待遇が良くなり、作家たちはやがて迎合を余儀なくされる。そしてある日……。ジョージ・オーウェルの「1984年」、ソルジェニーツィンの「収容所群島」を彷彿させる世界が今、この日本に迫っていると作者は警告しているようだ。この作品の発売直後、菅政権による「学術会議会員」任命拒否問題が起きた。拒否理由は未だに公表されない。この国全体が「療養所」化しつつある。 ● 山本理顕『権力の空間/空間の権力 個人と国家の〈あいだ〉を設計せよ』 柴田武男 建築に無知だったと痛感させられた。労働者階級の意味は、労働者住宅の登場から読み取れると知った。全く気がつかない、問題の所在すら理解してなかったので衝撃。ハンナ・アーレントが建築の話で頻発するのも新鮮でした。 ●内海聡『新型コロナワクチンの正体』 岩下 日出男 製薬会社や医療組織に属さない医師である著者だからこそ語れる、新型コロナワクチンの仕組みや危険性に関する事実。 ●ブレイディみかこ『他者の靴を履く』 N.T. まず意表を突くタイトルに魅かれた。「他者の靴を履く」とは何だ? これぞ著者の説くエンパシーの勧めをわかりやすく表現している。エンパシーとは、他者の考えや感情を想像し、正しく理解する能力だという。厳然たる階級社会である英国で、いわば下層の雑多の人々と暮らしを共にして生きるうえで、エンパシーは必要不可欠な能力でもあるだろう。さらに彼女は、他者の靴を履くことで自分の靴を見失わぬよう、アナキズムとエンパシーの結合を説く。スリリングなところだ。「ケアする人の仕事は、ケアされる人を自由にするための仕事だ」とか、「人は利他的にならないと幸福になれない」等々、目からウロコ的な深い洞察がそこここに溢れている。 ●小島力『故郷は帰るところにあらざりき』 フクシマ陽太郎 葛尾村で原発事故にあい避難を強いられた10年間の闘いの記録だ。3・11の世界歴史上最悪の事故はたった10年で忘れられた。小島力たちは放射能を測り続け、政府が莫大な金をかけた除染が無駄な政策だと明らかにした。避難民にひどい仕打ちを重ねた政府と東電と闘ったが勝利はしなかった。阿武隈山系の奥深い村で豊かな山菜と生き、反原発、反合理化の困難な戦いを生涯貫いた。隠蔽された真実が白日の下にさらされている。 ●樋田毅「彼は早稲田で死んだ 大学構内リンチ殺人事件の永遠」 松沢孝治 1972年11月8日、早稲田大学構内で一人の学生が虐殺された。この某党派による川口大三郎君リンチ殺人事件をきっかけに、学生達は、暴力支配からの解放の闘いに立ち上がった。本書は、渦中で理不尽な暴力と対峙し続けた著者による渾身のルポである。感動的なのは、著者が、暴力に対して別の暴力を肯定する風潮にあらがい、最後まで非暴力による闘いを貫いたことである。本書のさわやかな読後感は、著者のこの一貫した姿勢の故である。 ●李京信イ・ギョンシン『咲ききれなかった花〜ハルモニたちの終わらない美術の時間』小野政美 この本は、2018年韓国で出版され、「希望のたね基金」(通称「キボタネ」)のプロジェクト、で2021年6月に北原みのりさんがこの本のために立ち上げた出版社「アジュマブックス」から出版された。著者の画家李京信(イ・ギョンシン)さんは、弘益大学絵画科を卒業した1993年から5年間、日本軍「慰安婦」(性奴隷)にされたハルモニ(おばあさん)たちが共同生活する韓国の「ナヌムの家」で絵を教えていた。「ナヌムの家」に暮らす日本軍性奴隷制被害者ハルモニとの美術の時間をとおして世代を越えた温かい友情を育んだ。韓国や日本で、ハルモニたちの絵の展示会を開き、日本軍「慰安婦」性奴隷制問題を知らせる役割を果たした。私自身も、1992年に名古屋と三重で姜徳景(カンドッキョン)さんと李・ヨンスさんの日本での初証言集会を開催して以来、夏休み・冬休みなどに毎年のように「ナヌムの家」に通い、ハルモニたちと一緒に過ごしたり、一緒に全国各地でご一緒した懐かしい日々がある。李京信さんは、最初はハングルを教えるはずだったが、ハルモニたちは目も合わせてくれない。言葉を交わせない。彼女たちに近づくために考えた精いっぱいの手段が、一緒に絵を描くことだった。戦時中は将兵の性の相手をさせられ、戦後も故郷に帰れずに苦労を重ねたハルモニたちは、絵筆を握ったこともない。若い李京信さんに促され、花や故郷の風景、自画像などを描き始めた。そして、次第に心にためていた怒りや悲しみも表現するようになっていく。絵を描くという行為を通して自らの生を取り戻し生き直していく軌跡がリアルに描かれている。当時から20年余の歳月を経て、当時の「美術の時間」を具体的に記録し、無念の思いで亡くなったハルモニたちとの思い出を記録に残す。「寡黙な人」と言われた姜徳景ハルモニの作品に、日本兵にレイプされ、桜の木の下で泣いている少女を描いた絵『奪われた純潔』がどのようにして描かれたのか、この本ではその制作秘話も明かしている。ほかにも、画家・李京信さんでなければ書くことができない金順徳(キム・スンドク)さん、イ・ヨンニョさん、イ・ヨンスさんたちハルモニたちとの交流が、ハルモニたちの生きた姿が描かれてる。本書の日本語版のために、私もほんの少しだけ李京信さんのお手伝いをさせていただいた。 他に、今年読んだ多くの本の中で、レイバーネット読書会に推薦した『デジタル・ファシズム』(堤未果)、『ファシズムの教室』(田野大輔)、『レイシズムとは何か』(梁英聖)、『わたしは「セロ弾きのゴーシュ」』(中村哲)等が印象に残る。 ●安田浩一/金井真紀『戦争とバスタオル』加藤 真 銭湯好きな二人がミャンマー国境に近いタイの温泉に始まり、沖縄、韓国、寒川、大野久島を巡り、風呂に浸ることを目的にしながら様々な人たちと出会い、話を聴いていくうちに、個々の人たちが、いかに戦争や時代の大波にさらされたか?私たちの多くが知らない歴史の残酷な深部にまで迫るところまでに至ります。魂をすり減らす現場取材の多い安田を「硬」とすれば、可愛らしいイラストも交えた金井が「柔」。道中では時には「硬」が「柔」、「柔」が「硬」に変わります。普段は隠されている歴史や事実にたどり着く運命の糸を手繰り寄せる二人の絶妙なコンビには続編を期待!オーラルヒストリーの珠玉作。 ●『センコウガール』金子サトシ マンガって、凄い・・・。 ●呉叡人『台湾、あるいは孤立無援の島の思想――民主主義とナショナリズムのディレンマを越えて』森 健一 1987年の民主化に至るまで、1895年の日本植民地化と1947年以降の国民党の強権支配のなかで生まれた、市民的な政治教養と台湾人としてのナショナリズム、そして中国に近接する地域ゆえのアイデンティティを説いている。 呉叡人は、南北朝鮮、琉球、台湾、香港の5つの、帝国の狭間に置かれた〈辺境〉の地域が、新たな政治主体となりうると説く。ここで帝国とは米・中・露や日本をいうのだろうが、大江健三郎『ヒロシマ・ノート』と『沖縄ノート』を引きながら、ヒロシマ以後の日本人、憲法前文や1995年の「村山談話」にある、アジア諸国への向きあい方を将来に継承すべきと説く。そこから戦後の日本人は、帝国ではなく底辺、辺境である「沖縄に帰属せよ」と主体性を問うている。 同書からは、戦前の矢内原忠雄の言葉「虐げられるものの解放、沈めるものの向上、而して自主独立なるものの平和的結合」の真の意義を改めて理解しはじめよ、や戦後の丸山眞男・政治学が、国家に対する自立した市民の存在意義を説いたことが台湾や韓国の知識人らに受容されていったことが分かる。 先日、社会学者の宮台真司が「悲劇の共有が市民を生む」との格言を紹介していたが、韓国映画『1987年 ある闘いの記録』(2017年)にしても、こうした歴史的な労苦を市民が共有しているからこそ、現代の韓国政治があるし、台湾の蔡英文政権も台湾人のアイデンティティを大国化した中国に主張できている。戦後の日本人が、さきの戦争体験を歴史認識として共有できていないことと戦後の民主化が遠のき、1990年代から「失われた30年」を経、各分野で劣化をひた走るのは理由のあることだと思い知らされた。 ●中村高寛『ヨコハマメリー 白塗りの老娼はどこへいったのか』土屋トカチ 06年に発表された傑作ドキュメンタリー映画「ヨコハマメリー」。監督の中村高寛さんによる同映画の撮影日誌。そして、優れた横浜郷土史でもある。4年前に単行本で出版された際は忙しくて読めずにいた。昨年文庫化され際、すぐ入手したのだが、これまで読めずに積読となっていたが、ようやく旅先で読んだ。私と同じ横浜で活動する中村監督。徹底的に対象に向き合い、リサーチし、悩み、苦しみ、悶えながら映画を紡いでいる。その熱量に唸らされっぱなしだった。本作のラストシーンは、初見ではあざとく思えていたが、今はとても愛おしい。率直なところ、映画「ヨコハマメリー」も好きになってしまった!どうしよう。 ●森松明希子『災害からの命の守り方』堀切さとみ 著者の森松明希子さんは、3・11後、小さな二人の子どもをつれて郡山市から大阪に避難した。原発から避難するということが、どれほど難しいことか、460ページにわたって綴っている。当事者が自らの体験をここまで深く省察できるのかと、驚きをもって読んだ。 ●『もの言えぬ時代』&『半藤一利、語りつくした戦争と平和』甲斐淳二 ・・「もう戻れないところまできてしまった」 前者は2017年の朝日新書。4年も前の新書本だが、この時点でほとんどすべてが言い尽くされている。▼例えば歴史学者の加藤陽子さん。「歴史から学べることは何か」というテーマで「共謀罪」「教育勅語」などについて語り、今の日本がどこまで来ているか、歴史に学ぼうと述べている。この3年後に彼女は日本学術会議の任命を拒否される。まさに言論、思想信条の自由に対する弾圧・迫害を予言しているかのようだ。 ▼半藤一利さんはこう言っている。「日本はポイント・オブ・ノーリターンを越えた」 「昭和15年(1940年)9月の日独伊の三国同盟、ここから日本は引き返しのできない国になった」、さらに、半藤さんは「『共謀罪』法は治安維持法とよく比較されます。これは政権批判をするやつを黙らせるために作ったとしか思えない。」「私はもう今の日本は、ポイント・オブ・ノーリターンは超えてしまったのではないかと思っています。特定秘密保護法や安全保障関連法ができたころから、『これはもう戻れないんじゃないだろうか』と思うようになりました。」 ▼この本は、加藤陽子さんや半藤一利さんの本を読みこんでいく契機になりました。特に加藤陽子さんの「それでも日本人は戦争を選んだ」、半藤一利さんの「昭和史」とこれを原作とするビッグコミックオリジナル連載中の「昭和天皇物語」は実に面白い。▼最新の「半藤一利、語りつくした戦争と平和」(東京新聞2021年11月)も対談が面白い。 ●歴史の謎研究会編『アンデルセン童話 謎と暗号〜メルヘンの裏側の意外な真相』 ジョニーH 印刷直前に結末を変更した「はだかの王様」、自殺願望に取り憑かれた不良少女の悲しくも不可解なラストシーンの「マッチ売りの少女」作者の隠された出生が明かされる「みにくいあひるの子」などなど、童話を通してアンデルセンの一生を究明することによって、彼の心理と比較しながら自分の心の奥を覗いた気がした。 ● 司馬遼太郎『この国のかたち』(文庫全六巻)小林未来 今は戦後成立の国なのに旧帝国が付き纏う、そこに問題の大元が。これを解く鍵に江戸末期から明治近代国家成立までの歴史に多くの原因があり、そこを掘り下げ考えさせてくれる本だ。大日本帝国を本来の日本とするような勘違いに、この本は江戸期を現代の基礎と見て暗黒時代(明治国家プロパガンダ)ではない等を再認識できる。司馬が日露戦争を評価した部分に緻密な議論は必要だ、だが司馬=右とは軽率な批判で国粋賛美と違う考察がある。彼はノモンハン小説化を取材し昭和の軍閥に愕然し怒る、近代史を考える時に素材一杯の書。 ●白井裕子『森林で日本は甦る 林業の瓦解を食い止めよ』笠原眞弓 局地的大雨による被害が、日本のあちこちで起きている。そこで問題になるのは、森林の崩壊とダムに因る河川の崩壊。フッと立ち寄った本屋に平積みされていたこの本は、私を呼んでいた。書き出しは、日本の伝統木造建築。海の中の厳島神社、清水寺の奇想天外な建物の話から始まり、日本の森林行政と造林業の衰退、地形と気候によるヨーロッパの造林業との違い、バイオマスエネルギーの落とし穴など、そして補助金林業が引き起こす林業の衰退へと進む。学者が書いたとは思えない平易な言葉でつづられていた。 ●上間陽子『海をあげる』志真秀弘 静かな語りなのに読み始めるとすぐ心の奥に届く。ここには島の歴史と現実があり、そしてそこで生きる人の感情がある。エッセイのやさしい言葉が複雑で過酷な社会のありようを鮮やかに捉えている。2021年一押しの本です。 【映画】 ●『イカゲーム』(ネットフリックス・韓国映画)松原明 「イカゲーム」は、大人同士のゲームによる殺し合いを描いている。巨額の賞金をもらえるゲームの参加者は、借金地獄の人、脱北者、DV被害者、労働争議でクビになった人など、格差社会のどん底に突き落とされた人たちだ。ハラハラどきどき。とにかく面白い、目が放せない。芥川龍之介の「蜘蛛の糸」のシーンも重なってくる。キリスト教者が出てきたり、人間の普遍的テーマが随所にちりばめられている。命を賭けた敗者復活戦「イカゲーム」から見えてくるのは、お金がすべての韓国社会の歪みである。それは言うまでもなく、世界を覆う弱肉強食「新自由主義」への痛烈な批判だった。 ●『サンドラの小さな家』 白石 孝 ひとり親家庭、DV、住まいの貧困をベースに、共助というか「連帯」と「分かち合い」を描いている。「家族を想うとき」に続く英国映画の素晴らしさだが、この映画が描く人と人との繋がりに強く魅かれた。 もうひとつ「護られなかった者たちへ」も押しの1作だ。近年の日本商業映画は、私的なことにどんどん傾斜する傾向が強いが、大震災時の被災者と生活保護行政を描きながらエンタメ映画として成功したことが嬉しく、高く評価出来る。 ●『コレクティブ 国家の嘘』山口正紀 2015年10月、ルーマニア・ブカレストのクラブ「コレクティブ」で起きた火災の後、助かったはずの入院患者が次々感染症で死亡した。ジャーナリストが調査に乗り出すと、「消毒液が薄められていた」事実が浮上、その背後に莫大な利益で結びついた製薬会社、病院、政府関係者の黒い癒着があったことがわかる。報道は市民の怒りを巻き起こし、担当大臣が辞職に追い込まれるが、「国家の嘘」を暴かれたくない勢力は結託し、正義感に燃えた新しい大臣と記者たちをつぶしにかかる。インタビューやナレーションがなく、関係者の行動、言動で展開していく映像は、まるで劇映画だ。その「劇的展開」に息をのみつつ、「国家の嘘」に果敢に挑むジャーナリストたちの存在、それを映像化した監督の勇気に震えるような感動を覚えた。 ●『燃ゆる女の肖像』柴田武男 全編芸術。映像の美しさは完璧。村の祭りの幻想的な映像は心に焼き付く。 ●『梅切らぬバカ』仲倉重郎 加賀マリコが説得力があった。息子の塚地もなかなか! ●『ドキュメンタリー 沖縄戦』(太田隆文監督) 岩下 日出男 沖縄戦を体験者のインタビューや当時の記録映像、専門家の解説を交えて描く。映画で語られている内容は「国家権利は国民の命を守らない」「教育は国民を洗脳する道具である」と言う、現在の日本にもそのまま当てはまるような、考えさせられる事実。 ●『私はチョソンサラムです』河辺美和 長く続く、歴史教科書問題、戦争責任についての歴史修正主義の政治家や著名人の問題、ヘイトスピーチ問題、朝鮮学校授業料無償化問題を勉強する上で、この映画を観て、更に知識を得ることができました。自分は、非正規労働者差別に長く苦しんでいますが、この映画を観て、「差別はほんとにダメだ」と実感しました。 ●『MINAMATA』N.T. 久しくなかった深い感動を味わった。ひたひたと静かに満ちて来るような感動だった。水俣は、ユージン・スミスの写真集「MINAMATA」によって世界の水俣となったが、その3年後に彼は病死する。以来40数年を経て今回映画化された「MINAMATA」は、スミスを演じた俳優ジョニー・デップが自らプロデュースしたもので、ユージンが乗り移ったようだと評された。ユージンが水俣で見たもの、患者たちと共に過ごして得た体験は、彼に写真を撮ることの意味を再び問い直すことを迫ったように思う。患者たちの癒されぬ苦しみ、チッソ告発に体を張った住民たちの憤りのまなざし、「水俣病」の不条理を、決して過去のものとして忘れ去ってはなるまい。 ●『ノマドランド』フクシマ陽太郎 企業が倒産したために60代の女性がキャンピングカーに生活道具を積み込んで苛酷な季節労働の現場を渡り歩く物語だ。アメリカいや日本も同じだが、社会から脱落した人を政治は見向きもせず、棄民をどんどん作り出していく構造になっている。人々は自分の暮らしが精一杯で手を差し伸べることはない。けれども、この女性は移動しながら仕事を見つけ、生き延びる場所をしぶとく見出し、人との関係を築いていく。実に魅力的な人物だ。この俳優さんの映画をいくつか見ているが、この映画がもっとも素晴らしいと思う。 生きるための旅の途中で出会った男性がこの女性と暮らしたいと考え、子供と孫が暮らす家に招待する。けれども女性は早朝その家を出て行ってしまう。この場面に衝撃を受けた。 子供や孫が暮らす生活に何の不自由もないあたたかで明るい団欒。それが虚飾と嘘偽りの空しいものに映ってしまった。 貧しくともたとえ一人であろうとも、自立や自由の方が価値があると伝えているように感じた ●『イン・ザ・ハイツ』高橋 峰子 もう圧倒的に凄いダンスと上手い歌、洒落たカメラワーク。落ち込んだ心に、ハッビーな物語が嬉しかった。 ウェスト・サイド・ストーリー以来の衝撃だったミュージカル映画。 ●『リスペクト』小野政美 ソウルの女王アレサ・フランクリンの伝記映画。アレサ本人から生前に指名されアレサ役を演じるのは、『ドリームガールズ』でアカデミー助演女優賞受賞し、歌手としても第51回グラミー賞を受賞したジェニファー・ハドソンが、アレサ・フランクリンの半生を演じる。10歳にして天才的な歌声を持つアレサに、父は「いずれお前は天才歌手になる」と。しかし、歌手を夢見る彼女を待ち受けていたのは、ヒット曲に恵まれない日々。彼女の成功の裏には、尊敬する牧師の父からの強烈な束縛、夫からの束縛や裏切り、そして、少女時代の性暴力被害や出産があった。彼女は、持って生まれた特別な声を武器に多くの壁、黒人差別、人種差別やDV、性暴力、女性蔑視、そして自分自身の弱さと闘い続ける。自由を奪われ、自分を見失いつつあったアレサを見て、彼女が尊敬する歌手ダイアナ・ワシントンは「あんたの歌を見つけなさい」と声をかける。少女時代からその歌唱力で天才と称されたアレサは、スターとしての成功を収めた。すべてを捨て、彼女自身の力で生きていく覚悟を決めたアレサの魂の叫びを込めた圧倒的な歌声に世界中が圧倒されていく。キング牧師との友情、映画の中で流れるジェニファー・ハドソンの歌声。「リスペクト」、ラストで歌う「アメイジング・グレイス」。 コロナ禍の今年、映画館で観た数少ない映画では、他に、『コレクティブ〜国家の嘘』、『グレタ〜一人ぼっちの挑戦』、『KINAMATA』が印象に残る。 ●『コレクティブ国家の嘘』加藤 真 実話に基づく劇映画でなく、よくぞカメラがここまで2015年10月30日に起きたルーマニアの首都ブカレストのライブハウス"コレクティブ"火災の大惨事にまつわる政権、製薬会社、病院経営者の腐敗を追及するジャーナリストたち、正義感に溢れた新たに起用された保健大臣、犠牲者と家族たちの現場内部に入れたもの!と驚愕のドキュメンタリー。私たちの国の今の政治、行政、メディアのありかたも合わせて問わざるを得ない必見作。ラストの展開は改めて社会構造をどうしたら変えられるのか?自問されます。 ●『痛くない死に方』甲斐淳二 在宅医療のエキスパート長尾和宏医師の原作。高橋伴明脚本・監督作品。誰でも必ず死ぬと分かっているのに、死を真正面から見ようとしないが、この作品は、どうすれば幸せに死ねるのかを在宅医療の場で考えさせ指南してくれる画期的映画。患者に「痛くてつらい死に方」をさせた柄本祐(たすく)演じる新米の在宅医が、奥田英二演じるベテラン医の指導の下に、患者に「痛くない幸せな死に方」を導いていくという成長の物語でもある。死という重いテーマを扱っているのが川柳も登場し映画を和ませる。「がん告知受けて坊さん首を吊り」。「延命の最後は誰も管だらけ」、「痛みなく悔いなき最後平穏死」。宇崎竜童の演じる末期がんの患者の生き様、死にざまが見事。大谷直子演じる妻と、余貴美子演じる訪問看護師の協力関係も素晴らしい。 ● 映画『ビバリウム』金子サトシ 新型コロナが世界に広がる前に見たら、そんなに印象に残らなかったかもしれない。いま、見るからこそ、記憶に残ってしまう、究極のステイホーム映画。 ただし、この映画は2019年製作であり、コロナが起こって発想されたものではないが、コロナの時代を予見していた。 ●『返校 Detention 言葉が消えた日』森 健一 映画『返校』では、台湾映画『非情都市』(1989年)を思い起こすが、1946年、中国大陸で共産党軍に敗れた、蒋介石の国民党軍が台湾に移駐、台湾の本省人を政治迫害し始めた。同作は1962年の事件を描いている。高校内の読書グループさえ抵抗の芽を摘むとして、蒋介石の憲兵隊は学校ごと蹂躙した。同作は1987年の台湾民主化後の若者に追体験できる工夫、仕掛けになっている。 ●『映画批評家の冒険 木下昌明 3分間ビデオ全作品 2003〜2018』土屋トカチ 昨年12月6日に亡くなられた木下昌明さん。生前にも一度3分間ビデオをまとめられたことがあるが、今回がオリジナル完全版。DVDの構成とデザインを担当させていただいたので、ここに推すのはズルいかもしれながご容赦願いたい。これから先、何度でも見返したくなる作品です。木下さん、本当にありがとうございました。 ●『コッコちゃんとパパ』北穂さゆり 人間はなぜ、猫を可愛がり、鶏を食べるのか。「かわいい、めんどくさい、汚い、食べたい、おいしい…」鶏に対する、人間の全ての感情の中に、その答えを見出した短編ドキュメンタリーです。この手があったか‼︎と、腹立たしくなるほど優秀な作品。残酷な場面はないのですが、後味の悪さが超一流です。わずか13分で、人間の本性を描き切る才能が妬ましいぐらい。動画配信サービスのアジアンドキュメンタリーズで、今年公開されました。 ●『リスペクト』ジョニーH 映画『ブルースブラザーズ』でコミカルなパフォーマンスで魅せた歌手アレサ・フランクリン。圧倒的な迫力で歌う「私を愛するのならば、先ずは子育てし家事をする私をリスペクトしてからにしなさい」の歌詞には彼女の壮絶な人生から来ていることをこの映画でしりました。 ●『知事抹殺の真実』竹井恭子 三月にシアターセブンで特集上映で観ました。福島原発事故の真相に迫る上で、この映画が描き出してくれたこと、当時の佐藤栄佐久知事が冤罪で逮捕され、知事の座を追われたことを、日本人は忘れてはならないと思いました。 ●『あこがれの空の下〜教科書のない小学校の1年』オバタ ウタコ チャイムもビッグブラザーも、派手なビッグボスも必要でない都心の片隅にある和光小学校の歳時記的記録映画。ここにあった!と抽斗の奥底に追いやられ半ば諦めかけていた大事な物が見つかった時の気持ちに似ている。発表してもいいですかーと生徒が素直に手を挙げられる。真の主体性が育っていくよう、自分の考えを安心して言葉にできるよう注意が払われる、と監督は語る。一方で国のトップが、若者が政治に関心がないのは国が安定しているからと嘯くのとは真逆である。自主上映を通じ、民主とは何かを問い直す機会が、今静かに拡がっている。和の光、一筋の光明だ。 Created by staff01. Last modified on 2021-12-21 18:48:57 Copyright: Default |