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LNJ Logo 太田昌国のコラム : 植民地主義克服の新たな動き―オランダから
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 ●第53回 2021年3月10日(毎月10日)

 植民地主義克服の新たな動き―オランダから

 新型冠状病毒肺炎一色に染められた2020年の出来事のなかで際立ったのは、米国発の「ブラック・ライブズ・マター(黒人の命は大事だ)」運動だった。それは、白人警官が黒人青年の首を膝で押さえつけて扼殺するという許しがたい悲劇から派生したものではあったが、抗議の運動は米国内のみならず世界各地に波及した。そこで問い質されたのは、奴隷制や植民地主義、総じて人種差別が「過去」のことではなく、現在なおこの世界秩序の根幹を支えているのだという現実だ。

 この現実を、折からの冠状病毒肺炎禍のなかに据えると、事態の本質が改めて鮮明になる。ここを生き延びるための「予防、医療、ワクチン、給付金……」などの諸手段が、どこの誰に保障されていないかを考えると、地域・民族・仕事の種類・性別・年齢などが壁となって立ちはだかって、本来的に弱い立場にいる人びとが苦しむ構造が世界的かつ(どの国にあっても)国内的に出来上がっていることがわかる。

 この構造が国際的な広がりのなかで明らかになったのは、今から20年前の2001年に開かれた「国連ダーバン会議」(写真)においてだった。そこでは、奴隷制と奴隷貿易は「人道に反する罪」であり、植民地支配は、従来は「合法」とされてきたとしても、過去にさかのぼって非難されるべき史実であることが宣言された。アパルトヘイト(人種隔離)体制が廃絶されて10年と経たない南アフリカ共和国の都市・ダーバンで開かれたことでも意義深いこの世界会議の重要性は、直後に米国で起こった「9・11」同時多発攻撃と、それに続いた「対テロ戦争」の陰に隠されて、十分に報道されることがないまま今日に至っている。

 だが、この問題意識を持ち続けていれば、はっきりと理解できる事柄が時々ある。現在の日本が周辺のアジア諸国とどれほど異常な関係にあるかを振り返るなら、76年前に終焉を迎えたはずの植民地支配と侵略戦争に関わって戦後の日本社会が果たすべきであった誠意ある清算を為していない現実が見えてくる。

 同じく植民地帝国であった欧米からは、日本の例とは異なる方向性をもつ動きが時々伝えられる。植民地主義の清算とは、政治的・経済的な、加えて人権回復の分野に限られるものではない。旧植民地から略奪あるいは売買や「贈与」によって旧宗主国に持ち出された文化財や書籍の返還も、重要な課題である。今年1月11日付けの「しんぶん赤旗」は、『「歴史的不正義」と向き合うオランダ』と報じた。オランダがスペインの支配下から脱したのは1581年だったが、その時すでにスペインは現在のラテンアメリカ地域に広大な植民地を経営していた。オランダはそれに倣って海外進出を急ぎ、ニューイングランド、インドネシア、カリブ海諸島、南アフリカのケープ、南米のスリナムなどを植民地支配した。

 2020年10月、オランダの人権活動家や博物館の専門家から成る委員会は、旧植民地の住民の同意のない文化財の持ち去りは「歴史的不正義」であり、無条件に原産国に返還すべきだとする勧告書を発表した。この勧告書の英語版 “Return of Cultural Objects : Principles and Process−National Museum van Wereldculturen ( NMVW). 2019” を、ネット検索するとすぐ入手して読むことができるところが、私たちが生きるこの時代の得難い利点だとつくづく思う。

 オランダの国立世界文化圏博物館(写真)所蔵NMVWの所蔵品43万6000点のうちほぼ半数が旧植民地由来のものだという。インドネシアに関連する所蔵品は17万4000点に上るそうだ。「無条件の返還」を勧告している点が、他の欧州諸国の返還方針と際立った対照をなしている。

 勧告書を出した委員会の議長は、南米スリナムの人権活動家リリアン・ゴンサルベス=ホ・カン・ユーという人物だが、これもネット検索すると、中国系の末裔の女性だと知れる。

 これら文化財の無条件返還を強く推し進めてきた研究者は、世界各地で現地調査する過程で、「大切な文化遺産のほとんどが欧州と北米にある」という憤りと嘆きの言葉を聞いたと語る。だからといって「罪の意識に基づくのではなく、責任を果たすことが必要だ」という言葉にも説得力がある。ひとつの事実から、さまざまな方向へ広がる問題が派生していく。それを積み重ねていく作業の力を信じたい。


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