太田昌国のコラム「サザンクロス」 : 時代状況を照らす3本の新聞記事を読んで | |||||||
Menu
おしらせ
・レイバーフェスタ2024(12/25) ・レイバーネットTV(11/13) ・あるくラジオ(10/10) ・川柳班(11/22) ・ブッククラブ(10/12) ・シネクラブ(9/1) ・ねりまの会(10/12) ・フィールドワーク(足尾報告) ・三多摩レイバー映画祭 ・夏期合宿(8/24) ・レイバーネット動画 ●「太田昌国のコラム」第96回(2024/11/15) ●〔週刊 本の発見〕第368回(2024/11/21) ●「根津公子の都教委傍聴記」(2024/11/14) ●川柳「笑い茸」NO.157(2024/9/26) ●フランス発・グローバルニュース第14回(2024/10/20) ●「飛幡祐規 パリの窓から」第95回(2024/9/10) ●「美術館めぐり」第4回(2024/10/28) ★カンパのお願い ■メディア系サイト 原子力資料情報室・たんぽぽ舎・岩上チャンネル(IWJ)・福島事故緊急会議・OurPlanet-TV・経産省前テントひろば・フクロウFoEチャンネル・田中龍作ジャーナル・UPLAN動画・NO HATE TV・なにぬねノンちゃんねる・市民メディア放送局・ニュース打破配信プロジェクト・デモクラシータイムス・The Interschool Journal・湯本雅典HP・アリの一言・デモリサTV・ボトムアップCH・共同テーブル・反貧困ネットワーク・JAL青空チャンネル・川島進ch・独立言論フォーラム・ポリタスTV・choose life project・一月万冊・ArcTimes・ちきゅう座・総がかり行動・市民連合・NPA-TV・こばと通信
|
時代状況を照らす3本の新聞記事を読んで7月末の連続した3日間、異なる新聞3紙で、共通の問題意識に基づく記事を読んだ。ここ数年、私自身が考えていることとも重なり、興味深く読んだ。7月23日付け朝日新聞は、「冷笑主義 社会覆う?」と題した記事を掲載した。国会での首相答弁の嘘に合わせて現実が破壊される(=公文書が偽造される)と、政治の土台が覆される。すると国会での議論それ自体がまともに機能しなくなる。こんな現実を見た市民は、シニシズム(冷笑主義)に陥るほかないと指摘する。まさに、2018年の日本の現実である。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー *7月23日「朝日」デジタル版 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 或る大学教師の発言も見過ごせない。日本の高度成長期に異なる型の民主主義論を展開した政治学者、松下圭一と藤田省三の議論を紹介して、学生に報告を求めると、日ごろは自説を言わない多くの学生が、藤田の議論に「老害」「悪口ばかり」といって、強い反発を示したという。藤田は、ご存知の方も多いだろうが、現代日本社会における同調圧力の高まりを指摘し、抵抗や異質な存在なくしては民主主義が損なわれるということを、硬質な文体で強調した。「政府を批判ばかりしている野党」的な存在にならないよう慎重に振舞う現代の大方の学生たちには、藤田の立論自体が理解を絶する対象になっているようだ。 7月24日付け赤旗は、「安倍内閣と“ウソ”その危険性は」とのインタビュー記事を掲載した。精神科医・香山リカは、安倍が強迫観念にも似た強い「使命感」に突き動かされて「独裁者の万能感」に浸っていると指摘する。農業史+ドイツ近現代史の藤原辰史は、「レベルの低い嘘を蔓延」させた安倍首相は、国民を諦めと政治的な関心の喪失へと誘ったという。それは「ナチスの政権掌握の過程に酷似」している。香山は、権力を得た凡人が傲慢になるヒュプリス・シンドローム(傲慢症候群)にも触れているが、それに触発されて、私は、中国北宋代の詩人・書家・政治家の蘇東坡の有名な一句を思い出す。 「願わくば子供は愚鈍に生まれかし。さすれば宰相の誉を得ん」 人類は古今東西、最も政治家になってはならぬ人間こそがそれになりたがり、民もまたそんな人物に「自発的に隷従」(エティエンヌ・ド・ラ・ボエシ著『自発的隷従論』、ちくま学芸文庫より)するという哀しい歴史を、愚かしくも、繰り返しているのかもしれぬ。 7月25日付け毎日新聞夕刊は『「赤坂自民亭」に批判許さぬ空気』との記事を掲げた。西日本豪雨で被害が生じているさなかに、首相と政権幹部が酒盛りをしていたことを問題視する報道や発言に対して、「与野党一体となって災害対策や復興策を考えるべき時に、政権を攻撃するな」との批判が浴びせられたという。 これも既視感のある言動だ。1990年の湾岸戦争、1996〜97年のペルー日本大使公邸占拠・人質事件、2003〜04年の対イラク戦争などの「国難」的な事態が生まれると、中西輝政、山内昌之などのような大学の教師が先頭に立って、「一国の運命に関わる事態のときには、政府批判を止めてでも一致した国論をつくりだすべきだ」とか「与野党合意の上でイラク法案の成立を期すべきだった」などの「言論」を繰り広げた。政府や与党が「どんな立場で」「何を」しようとしているのかをめぐる討議に封印し、ひたすら「国論の一致」を要求する権力者的な道はどこへ通じるのか。歴史的な「負」の教訓は、あちらにもこちらにも、ころがっている。 ふだん学生に接する機会が少ない私は、藤田省三をめぐる彼らの言動には、「現実はかくまでか」といささか驚くが、ここに挙げた他の言動は、ネット上ではありふれた類のものだ。 この「名づけようのない」時代と、いかに渉り合うのか――困難ではあるが、刺激的でもあるこの時代状況の只中を、私たちは、ともかく生き抜かなければならない。 Created by staff01. Last modified on 2018-08-10 13:31:40 Copyright: Default |