木下昌明の映画批評『この国の空』〜戦争に翻弄された「愛」 | |||||||
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●荒井晴彦脚本・監督『この国の空』 明日なき時代の庶民の日常と戦争に翻弄された「愛」「戦後70年」の節目に今夏も戦争映画が多く公開される。 若月治監督の『筑波海軍航空隊』や楠山忠之監督の『ひとりひとりの戦場―最後の零戦パイロット』など、特攻隊の生き残りの証言を聞くと、いまだに日本の“戦後”は終わっていないと痛感する。 しかし、ここでは同じ戦時下ながら、銃後の庶民の生き方がどうだったのかを描いた荒井晴彦脚本・監督の『この国の空』を紹介したい。太平洋戦争末期、庶民もまた戦争に翻弄されていた。 映画は東京・杉並のある町を舞台に、そこで町会事務所に勤める19歳の里子(二階堂ふみ)と、妻子を疎開させている20歳年上の銀行支店長(長谷川博己)との隣同士のよしみからはじまった恋愛を軸にしている。だが、まず目につくのは生活風俗である。 家々のガラス窓は爆風で飛び散らないよう、たすき掛けに紙が貼られ、各家庭には粗末な防空壕がある。夜は電灯が黒い布で覆われ、配給の食料は米もみそも塩もなく、とうもろこしと大豆。里子は病死した父のズボンを仕立て直してはき、食料の足しにトマトを植えている。毎晩のように空襲警報のサイレンや半鐘が鳴り、その度に防空頭巾を被ってラジオに耳を澄ます。 ある日、里子は母(工藤夕貴)と農村に買い出しに行く。この時、川遊びする子どもを見かける。子どもは疎開しており、東京にはいない。ここでの川原のシーンがいい、母は半裸になり、体を洗う。空襲の恐怖もなく、久しぶりに解放された気分に浸るのだ。 こんな明日のない時代の日常の一断面を、静かに抑制の利いた画面で描いていく。興味深いのは、嫁入り前の娘に傷が付くと警戒しながらも、一方で男を知らずに死ぬのは不憫と思い、つい矛盾した言葉を口に出す母のシーンだ。その時代、恋愛相手はみな戦争にとられていた。 ラストの茨木のり子の詩「わたしが一番きれいだったとき」が胸を打つ。 (木下昌明・『サンデー毎日』2015年8月16日号) *8月8日より東京・テアトル新宿ほか全国公開 Created by staff01. Last modified on 2015-08-10 11:30:26 Copyright: Default |