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風が吹く夜、キリュン分会のテントで

[寄稿]キリュン分会一日同調ハンスト後期

ウェジウォン(大学生)/ 2008年08月27日16時49分

24時間断食「ぐらい」なら、食欲もなく、食事を作るのも面倒な暑い夏にはな れている。断食よりさらに不安だったのは、24時間、なじまない場所にいなけ ればならないということ、違うところで寝なければならないということ、そし てこの外泊が両親に知られずに進められなければならないということ。

8月21日木曜日、12時10分頃にキリュン電子の前に到着した時は、本当に天気が 良かった。カンカン照りで暑いほどだった。家にじっとしている時はそれほど 暑いのかはわからなかったが、テントの中にいると額から汗が流れた。暑くて、 人も少なくて、それで12時半に予定されていたピケ宣伝戦は延期になった。私 はテントの中で準備して行った本を読んで時間を送った。

午後1時頃、断食パートナーのハナ姉さんが到着、病院に行っていて空いている 上のテントに上がった。はしごがとても恐かった。テントの中は、思ったより 涼しかった。そしてとても清潔だった。断食闘争をしている人たちのテントだ からか、あちこちとても気を遣って整理されている感じがした。午後は思った より早く過ぎた。ハナ姉さんが準備してきた余興、テントの中が満杯になるほ ど支持訪問に来た友人。外は金属労組が主催する大きな集会で騒々しかった。 そして当然、会社の中に駐留している戦闘警察たちも。

午後7時、文化祭が始まった。テントの中から、あとでリレー断食団の一員とし て発言するハナ姉さんを見に外に出た。胸が痛かった。1100日近い期間、どん なに多くの集会があったのだろうか。どれほど多くの人々が必ず勝利すると、 勝利は遠くないと話したのだろうか。そしてキリュン電子の労組員は繰り返さ れる集会を見て、繰り返される発言を聞いて、何を考えたのだろうか... なぜ か文化祭にはそれほど心が傾かなかった。度々心が苦しかった。

テントの中で休んでいる間、終りごろに上映された映画も終わり、文化祭が整 理されていた。外はすでに真っ暗になって、テントの中の蛍光灯にはいろいろ な名前を知らない虫が飛び込んできた。テントの中の空気は度々苦しくなって、 ハナ姉さんと一緒に風も吹かれてからだをほぐすことをかねて(腰がとてもとて も痛かった。テントの中ではからだを伸ばせない)テントの外に出て行った。

コンテナの上で最後の整理をしている人たちを見物した。大きな舞台がスイス イと整理され、トラックにのせられる。キャンドルを集めてゴミを拾って。大 学生断食団のほか、そのままリレー同調断食団にきた人と挨拶をした。ニック ネームは「松」だという。心がけが良そうなおじさんだった。キャンドル側か らくる人々が多く見られた。

映画を見ていて家に帰る時間をのがした女性の一人とハナ姉さんと私が蚊帳を 張って寝袋を出して寝床についた。しかしほとんど寝られなかった。雨に備え て中のビニールを全ておろし、重い荷物で固定したのに、風が吹くたびにはた めく音で寝つけなかった。外では旗がはためき、木が揺れていた。ビニールの 上に扇風機をのせて固定したが、夜明けに二回も枕元で扇風機が倒れた。結局、 朝まで扇風機を横にしておかなければならなかった。

仮眠に落ちて目覚めるということを何回も繰り返して、やっと寝ついた。それ で朝の宣伝戦に遅れた。雨が本当にしとしとと、陰気に降っていた。雨具を着 て路地に立ち、プラカードを持って宣伝戦をした。人々は傘を深くさしてあわ ただしく会社の中に入った。あの人々の中にはひょっとして闘争を止めて会社 に復帰した労組員もいるだろうか? 気になった。いやそんなケースはまったく ないのか? わからない。もしそんな人がいるのなら、胸が裂けそうだという気 がした。

ハナ姉さんは、共対委の会議に参加すために降りて行き、私は足りない睡眠を 補充するために寝袋の中でうごめいていていたが、労組員が上がって来た。 テントを整理して座った。そして他の労組員の方々も少しずつテントの中に入 り始めた。

雨が降っている上に、会議のために居場所がないようだ。路地から頭を上げて テントを見ると、いつも仲間たちの姿が見えるが、見えないので気持ちが変で 虚弱だといわれた。昨日の風の音の話をして雨の時はどうするのかと聞くと、 労組員がみんなテントを掴んでも飛びそうになるという。コンテナの前のテン トにいた時雪で崩れて、風で飛びそうになったことが何度かあったと......

とても心が苦しかった。私は一日でこれほどつらいのに、それでぶつぶつ言っ ているが、これほど長い間、その上、ある方は断食までして、道で頑張った ということが.... 聞いている私が佗びしかった。

共対委の会議は分会長のことで度々遅れ、スケジュールのため私は先にテント を離れた。次に断食する人にバトン タッチしたまま。結局、両親にも知られず これらすべてが進められた。「闘争1日体験」をしたような気持ちだ。千人が集 まれなくても、千日続けられなくても、1人1人キリュンで見て感じることはと ても貴重だと思う。キリュン電子労組の方々はみんなりりしくて健康な姿、明 るい笑顔で会いたい。そうしたらなぜか涙が出そうだ。

原文(チャムセサン)

翻訳/文責:安田(ゆ)
著作物の利用は、原著作物の規定により情報共有ライセンスバージョン2:営利利用不可仮訳)に従います。


Created byStaff. Created on 2008-08-28 22:26:14 / Last modified on 2008-08-28 22:26:16 Copyright: Default

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