本文の先頭へ
LNJ Logo 香港収監者に不拘束捜査を決定
Home 検索
 




User Guest
ログイン
情報提供
News Item 1135435764631St...
Status: published
View


香港収監者不拘束を決定、香港の教会滞在を指定

韓国政府は最後まで身元保証を拒否、 韓国民衆闘争団は「対応措置を取る」

香港取材チーム

17日の反WTO集会の後に連行・拘束収監された韓国人11人と日本、台湾人を含 む13人に関し、23日の裁判で香港裁判所は不拘束捜査を決めた。香港の裁判所 は被拘束者に石コウ尾の深愛堂教会(shum oi church)での居住を指定した。各 拘束者あたり保釈金2500香港ドル(約4万円相当)を払い、この日全員が釈放さ れた。彼らは旅券を押収され、現在は不拘束状態で香港法により正式な裁判の 手続きが取られることになる。この日の5時10分から釈放され始めた被拘束者 たちは、用意された車両に移動した。民主労総のヤンギョンギュ参加団長は記 者会見を開き、これについての意見を表明した。

われわれは、あなた方が恥ずかしい。shame on you

23日の裁判予定時間は午後2時30分。裁判の開始が遅れてすでに法廷は傍聴者 で足の踏み場もないほどだった。その中で一番前の席に座っているヨルリンウ リ党への抗議の声があふれた。

韓国の国会議員が裁判に参加するという知らせを聞いた香港現地マスコミが、 裁判開始までの時間にインタビューを始めると、国会議員の前に記者が押し寄 せた。傍聴席のあちこちから"No Interview, They are farmer killers"とい う声が上がり、その後、あちこちからヨルリンウリ党議員の退場を要求する声 が上がった。ある外国人は'Shame on Korea Government'と叫んだ。「コメ批 准を通過させ、非正規改悪案を出しているあなた方が何の資格でここに来たの か、すぐに出て行け」という叫び声もあった。この日、傍聴席にいたヨルリン ウリ党の議員はヤンスンジョ(弁護士)、ソヒェソク(国際弁護士)、イヨンホ (農海水DDA委員)議員の3人だった。

裁判が遅れている間、別の場では「総領事から身元保証を受けるための」動き が活発に行われていた。すでに弁護士を通して「政府」の保証が最も確実だと いう情報を得ていた韓国民衆闘争団の活動家は、正式な文書で政府に「身元保 証」を要請した。しかし法廷にいた副総領事は、予定の裁判開始時間をはるか に過ぎても「もう少し待とう」と繰り返すばかりだった。

民主労総参加団のキムジャンホ団長は、総領事との電話で「総領事の決断をお 願いする」とし、「政府が身元保証をしなければ誰がするのか」と問いつめて 身元保証の決断を要求した。しかしその後、「本当にそうなのですか。自国民 保護の基本要件である身元保証もできないというなら、領事館は何をするとこ ろなのですか」と大声で問い詰めた。他の韓国人は法廷に立っていた副総領事 に対して「国民も守れない領事は出て行け」と責任を問う声もあがった。結局 この日、韓国政府は最後まで彼らの身元保証をしなかった。

同じ頃、韓国にいたイヨンホ外交通商部領事館長は、11人の収監者の保釈に関 して身元保証についての問う質問に「現地の状況は実務レベルを超えていると いう問題があり、法廷が開かれているので、総領事館が保釈に関する身元保証 がどうなったのか確認できない」と話した。またイヨンホ領事館長は「今のと ころ身元保証要請は難しい」という立場だと話した。結局、韓国中央政府から の「身元保証」の意思が示されなかったため、香港駐在韓国総領事館も身元保 証ができなかったわけだ。韓国政府は徹底的に韓国人の基本的な身元保証を拒 否したのである。

ヤンギョンギュ民主労総参加団長が釈放以後裁判所前で記者に意見表明している。

起立拍手で始まった裁判

およそ3時頃、裁判長が入場して正式に裁判が始まった。その後、被拘束者た ちが一列で法廷に入ると「支持します」という声があがり、起立拍手と 「Release」、「Down Down WTO」のシュプレヒコールが響きわたった。

一人ずつ入場した被拘束者は最初は驚いた様子だったが、すぐに起立拍手の中 で参観者などと共にスローガンを叫び、拳を突き上げながら法廷に入ってきた。 18日から6日間、香港警察の留置場に勾留されていた彼らはひげがのび、やや 疲れているように見えたが、傍聴者の支持で多少元気づけられたように傍聴席 の知り合いの顔を探し、目礼をかわしていた。

香港裁判所は、被拘束者の国籍により通訳を配置して、裁判の過程を説明した。 裁判が始まり、検察側は「警察が持っている1900枚にのぼる写真と60本以上の ビデオテープを調べるには物理的な時間が足りない」とし、追加的な調査期間 としてさらに1週間を要請した。弁護士側は「不拘束状態での追加調査」を要 請して保釈を申請した。これに対し、香港裁判所は「韓国農民の集会は軽微な 水準で、検察が要求する時間まで拘禁するのは長すぎる」と保釈を許可した。

2度にわたる会議の中断で保釈申請の前提になった保証人についての問題と保 釈金額が調整された。初めはカトリック香港教区の陳日君主教と、香港に居住 し通訳をしたキムデオプ氏の保証が前提条件になるようだったが、裁判所は 「保証条件と無関係に単純に保釈金額の金額を一人当り2500ドルに確定する」 と決めた。

不拘束捜査の知らせを聞いた香港市民が歌を歌って喜んでいる。

判事の判決が確定すると、法廷全体に歓呼と感嘆の声、そして満場の拍手がま き起こった。あちこちで互いに声を掛け合い、抱き合って喜びを分かちあい、 涙を見せる人もいた。緊張した表情で被告席に立っていた拘束者たちも判事の 決定を聞いて大きな心配事が解けたように明るい表情になったようだった。

また、別の場所では決定された保釈金を用意するために東奔西走していた。香 港民衆同盟(HKPA)は22日、国際民衆行動のキャンドル文化祭で募金した金額と、 こひれまでに集めた募金を保釈金として出した。

不拘束捜査の判定を受けた人々はこの日、旅券を香港裁判所に返却して、警察 が発給する別途の身分証を発給される。また、彼らが滞在する予定のシャキム メイ(Shek kip mei)にあるshum oi教会は、香港カトリック教会が運営する教 会だ。

次の裁判は一週間後の12月30日、2時30分に開かれる予定だ。また香港検察は 不法集会の他にも警察官暴行や公共器物破損などの容疑を立証する根拠を補強 し、次の裁判で追加起訴する方針であり、裁判の結果はもう少し見守らなけれ ばならない状況だ。

不拘束、残念だがそれでも幸いだ

残念ながら、この日の裁判の結果は彼らの無罪釈放ではなく追加調査が前提の 不拘束捜査でしかなかった。それでも、多くの人々は彼らの留置場状況を考慮 し、不拘束捜査の決定にも「とりあえず歓迎」する雰囲気だった。

裁判への対応は、課題として残されている状況だ。裁判の結果が伝えられ、法 廷ではスローガンと歓呼が続いた。法廷外では香港市民の歌と踊りが続いた。 その間、香港の歴史上20年ぶりに来た寒さという天気の中でも、法廷の前で毛 布と寝袋だけで野宿闘争を展開した香港市民も喜びを隠さなかった。

また、不拘束捜査の方針が決まり、被拘束者を裁判所から教会に移動させる作 戦が始まった。現在彼らは面通し(identification parade)を拒否している。 この方式は、よく犯罪映画に登場する犯人索出の方法で、被拘束者に似たさま ざまな候補を一列に立て、証人(警察)が犯人を指定、証拠資料として蓄積する 過程だ。

現在、被拘束者は、韓国人と中国人とは容貌が異なっており、その状況で面通 しをすると「当然指定」される可能性を考慮して拒否している。この日の裁判 の後、新聞に写真が出てその後の面通しの過程で不利益にあうかもしれないと いう判断で、顔を隠して警察が指定した通路、交通の便を利用し、教会に移動 した。しかし、ヤンギョンギュ民主労総参加団長はこの日、記者の前で自身の 立場を明らかにした。

裁判所の前で待機していたジャーナリストに向かい、ヤンギョンギュ団長は 「映画で香港を知っていたが、WTO闘争を通して真の香港を知った。香港民衆 の心、そして市民の支持と声援に感謝を申し上げる。闘争の成果は事実上の成 果なく終わった香港閣僚会議だろう」とし、「拘束された台湾、中国、日本、 韓国人、私たちの闘争は正当だった。これは、今後の裁判の過程で明らかにな るだろう」と述べた。

またこの日の11時から観塘裁判所前で集会をしながら拘束者に対して「無罪釈 放」を祈っていた香港の市民は、連行者が全員いなくなる瞬間まで裁判所の前 で裁判の結果を共に分かちあった。

記者会見を終えたヤンギョンギュ委員長は、彼らがいる所に足を移し「闘争で 出会った香港の市民に本当に感謝を申し上げる。これまで共にした香港民衆同 盟(HKPA)にも心より感謝を申し上げる」と感謝の心を伝えた。また、同席して いた朴ミヌン全農事務総長は「国民を捨てた韓国政府に対する応酬の闘争を準 備する」と、政府に対する警告も忘れなかった。

6時5分、最後の13番目の被拘束者が警察から出た後、7時30分頃にshum oi教会 に集まり、韓-日-台湾の被拘束者とその一行が全員集まり、激励の挨拶を交わ した。この席で、これまで実務役をしてきた香港民衆同盟(HKPA)のスーザン氏 は「皆さんが香港で見せてくれた運動がおおいに役立つだろう。私たちの運動 は同じだ」と述べ、一次的な釈放という点に重点を置きつつ、歓迎の挨拶を交 わした。全員が集まった拘束者と、残っていた韓国民衆闘争団は、この間の挨 拶と安否を尋ねて「これからが重要だ。すべてを熱心にうまくやろう」と互い を励ました。

彼らが準備してきた多様なピケ。50人ほどの市民はこの日の午前11時の集会から夕方7時まで続いた記者会見の最後まで共にした。

2005年12月23日21時53分

原文(チャムセサン)

翻訳/文責:安田(ゆ)
著作物の利用は、原著作物の規定により情報共有ライセンス:営利利用不可・改変許容仮訳)に従います。


Created byStaff. Created on 2005-12-24 23:49:24 / Last modified on 2005-12-24 23:49:25 Copyright: Default

関連記事キーワード


釜山APEC/香港WTO関連記事
このページの先頭に戻る

レイバーネット日本 / このサイトに関する連絡は <staff@labornetjp.org> 宛にお願いします。 サイトの記事利用について