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LNJ Logo 土田修のグローバルニュース:ガザ紛争からレバノン戦争へ、イスラエルの危険な賭け
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●フランス発・グローバルニュースNO.13(2024.9.20)

ガザ紛争からレバノン戦争へ、イスラエルの危険な賭け

土田修(ジャーナリスト、元東京新聞記者)

 「パクス・アメリカーナ(アメリカによる平和)が終わり、世界は無秩序状態に陥った」。フランスの元首相ドミニク・ド・ヴィルパン氏は「戦争が平和への一番の近道ではない」(国際月刊評論紙ル・モンド・ディプロマティーク日本語版8月号)という記事の冒頭でこう書いた。2002年、外務相時代に国連安保理で米国のイラク戦争開戦に猛反対し、米国のラムズフェルド国務長官の「フランスは古いヨーロッパだ」という皮肉に対し、「フランスは古い国だからあえて反対する」と演説した人物だ。元首相はこの記事で「世界戦争に導く兆候」として、ウクライナ戦争とガザ紛争の現状から「世界は全面対決の論理に覆われている」と指摘する。「ウクライナの場合であれば、第一次大戦中の塹壕戦、ガザについては第二次大戦中のドレスデンの空爆が思い起こされるが、この新たな類型の紛争では『全てか無か』という論理が支配している」

 ロシアによる侵攻後、2年半を経過したウクライナ戦争はもとより、10月で1年を迎えるガザ紛争の方も「全面対決の論理」に貫かれ、イスラエル軍による終わりなき殺戮と破壊が続いている。そのうえ、ガザ紛争はレバノンへと飛び火し、イランを巻き込んだ中東戦争へと拡大する恐れが出てきた。9月17、18日、レバノン南部とベイルート近郊でイスラム教シーア派の政治組織ヒズボラの通信機器が爆発、37人が死亡し3000人以上が負傷した。ポケベルとトランシーバーに爆発物が仕込まれており、遠隔操作されていたらしく、死傷者の大半はヒズボラの戦闘員と構成員だったが、子供を含む民間人も多数含まれていた。

 イスラエルによる犯行と考えられるこの事件の翌19日、ヒズボラの指導者ハッサン・ナスララ師は「敵は2分間で5000人を殺そうとした」と語り、「彼らの目的は達成されなかった。ガザ侵攻が終わらない限り、レバノンとイスラエルの戦線は終わらない」と続けた(9月21日付け日刊紙ル・モンド)。1982年に少数の民兵組織から始まったヒズボラは、レバノン議会に議席を持つ政治組織(政党)だ。レバノン国内で教育・福祉に力を入れており、とりわけ貧困層から支持されている。軍事部門は戦闘員4万5000人とミサイル・ロケット弾15万発を保有し、イラン革命防衛隊から訓練を受けている。80年代にレバノン国内外にあった欧米やイスラエルの関連施設に攻撃を仕掛けたほか、2006年にレバノンに侵攻したイスラエル軍と戦った。米国、英国、イスラエル、日本、欧州連合(EU)などからは「テロ組織」に指定されている。

 ニューヨーク・タイムズ紙は、17日に爆発したポケベル型の通信端末はハンガリーにあるBAC社という「イスラエルのフロント(隠れみの)企業」が製造したと報じた。イスラエルの諜報機関は少なくとも2社のペーパー会社も設立しており、BAC社はヒズボラ向けにPENTという爆薬を電池に混入して生産していたという。サイゴン解放新聞も、数カ月前にヒズボラのグループが輸入した5000台のポケベルの内部に「イスラエルの情報機関モサドが爆発物を仕掛けた」というレバノン治安当局の見解を紹介している。

 前号でも紹介したアラン・グレシュ記者の「メディアを席巻する『ツァハル(イスラエル国防軍)』」(ル・モンド・ディプロマティーク日本語版8月号)の記事によると、イスラエルは世界中に張り巡らせたスパイ網とプロパガンダ作戦によって自国を非難する者を追跡し、時には殺害し、黙らせてきた。イスラエルに拠点を置くソフトウェア企業NSOグループが開発したスマートフォン用監視用アプリ「Pegasus」は、「テロとの戦い」を謳い文句に、世界中のジャーナリストや人権活動家、政治家、政府関係者らの監視に使われている。

 2019年には、Meta(旧Facebook)のコミュニケーションチャネル「WhatsApp」のシステムを利用してPegasusを配布したとして、WhatsAppのチームが米国でNSOグループを訴えた。この裁判では、2019年4月末から5月中旬までの2週間で、NSOグループが20カ国・1400人以上のWhatsAppユーザーにサイバー攻撃を行い、情報を盗み取る目的でPegasusをインストールさせていたことが明らかになっている。2018年にサウジアラビアのジャーナリスト、ジャマル・カショギ氏がイスタンブールにあるサウジアラビア領事館内で殺害された事件でも、同氏の追跡と所在確認に使われた可能性がある。

 1972年9月、ミュンヘン五輪の開催中にパレスチナ武装組織「黒い九月」のメンバーがイスラエル選手団の宿舎を襲撃し、人質になった11人が死亡した「ミュンヘンオリンピック事件」の後、イスラエル政府は報復のため欧州で活動していたパレスチナ解放機構(PLO)の幹部や協力者の暗殺を計画。モサドの特殊部隊がローマやパリ、キプロス、ベイルート、アテネで、路上での射殺のほか、電話機やベッドに仕込んだリモコン式爆弾を使って20人以上を殺害している。この事件をもとにスティーヴン・スピルバーグ監督が制作した映画『ミュンヘン』(2005年公開/写真)は、モサドが世界中に張り巡らせたスパイ網を駆使し、通信機器や遠隔操作を使って殺人行為に及んでいる実態を浮き彫りにしている。

▪️戦争継続を欲するネタニヤフ政権

 実は今回の通信機器を使った攻撃の前に、イスラエルはレバノン国境付近に落下傘部隊を含む一個師団を移動し、レバノン領土への侵攻を準備していた(同ル・モンド紙)。イスラエルが軍事力の重心をガザ地区から「北」へ移すという政治判断は、レバノン南部に非武装の緩衝地帯を設置することを目的としているという(同ル・モンド紙)。9月18日にイスラエルの軍司令部で開催された会議で、ネタニヤフ首相は「新たな戦争の目的」として、ヒズボラの攻撃を恐れて南部へ避難しているイスラエル北部の住民数万人の「安全な帰宅」を掲げている。これはヒズボラに対する「宣戦布告」を意味している。

 世界の目がイスラエル軍によるガザ地区の破壊に集中しているうちに、イスラエルはこの夏、レバノン国内にあるヒズボラのミサイル発射サイトや指揮系統の責任者を標的にした空爆を強化していた。7月31日にイラン新大統領の就任式に出席するためテヘランを訪問していたハマスの最高幹部イスマイル・ハニヤ氏を殺害したが、その前日の7月30日には、ベイルートへの空爆でヒズボラの最高幹部フアド・シュクル氏を殺害している。これに対し、ヒズボラは先月25日にイスラエルに向けて320発のドローンとロケット弾で報復攻撃していた。

 続いて起きたのが今回の通信機器の一斉爆発だ。西側外交筋によると、実は今回の通信機器を使った作戦は、イスラエル軍がレバノンに本格的な侵攻を開始する際にヒズボラを混乱させるために実行するはずだった。ところが、最近、ヒズボラのメンバーが所持するポケベルの受信状態が悪くなり、爆発物を仕掛けたことが発覚する恐れがあったため、「やむをえず時期を早めて作戦を実行した」のだという。

 今回の事件で明らかになったのは、ネタニヤフ首相が「ガザ戦争」に続いて「レバノン戦争」を開始しようとしていることだ。イスラエル軍のヘルジ・ハレビ参謀総長は18日、北部司令部を訪問し、「私たちは入念な準備ができており、実行に移す計画を立てている。ヒズボラが払わなければならない代償は大きい」と宣言している。とはいえ、イスラエル国内ではネタニヤフ政権に対する大規模な反政府デモが頻発している。「パレスチナ人の絶滅」を求めている極右閣僚の意のままに、首相が「人質の救出」より「ハマスの壊滅」に力点を置いているからだ。首相はガザ紛争に続いて「レバノン侵攻」を企てることで、世論の関心をヒズボラとその背後にいるイランに向けようとしている。

 ネタニヤフ首相は「戦争の継続」を欲しているとしか思えない。ガザ紛争が終結すれば、ハマスの攻撃を理由に成立した「戦時内閣」も終わる。反政府運動の高まりの中、首相は政権の座を追われる可能性があるだけでなく、ガザ紛争以前に問題になっていた収賄と背任、詐欺などの容疑で訴追される恐れもある。イスラエルがレバノン侵攻を開始した場合、ヒズボラを支援するイランとの戦争、さらには核を使った中東戦争へと拡大する可能性も否定できない。米国を後ろ盾とするネタニヤフ政権は、イランと米国とのさらなる関係悪化や衝突を視野に、恐ろしく危険な賭けに打って出ようとしているのではないか。

 ロシアの侵攻を受けるウクライナのゼレンスキー大統領は「ウクライナが敗北すれば、ロシアはポーランドやバルト3国に迫り、第3次世界大戦に発展する」とEUや米国を脅迫している。ロシアとの戦争を続けることでしか欧州の平和は維持できないというのだ。ハマスやヒズボラを壊滅させるしかイスラエルの平和は訪れないというのと同じ理屈だ。この二人に共通しているのは、自らの生き残りを賭けて「戦争の継続」を望むことのようだ。

 冒頭に紹介した記事の中で、ド・ヴィルパン氏はこう指摘している。「時として戦争が平和に至る一番の近道だと軽々しく考える人たちに深く考えてもらわなければならない。そんな戦争がもたらす平和は、多くの死者が音もなく眠る墓場の平和以外の何物でもない」。戦争を継続することで得られる平和など存在するはずはないのだ。戦争を政治戦略として利用するネオコン勢力や、戦争によって莫大な利益を上げる武器産業と結託した権力の策謀に陥ることなく、その権力に追随し誤った情報を垂れ流すメディアに騙されることなく、「即時停戦」と平和を求める声を上げ続けること……差し当たり、われわれにできることはこれしかない。


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