本文の先頭へ
「水滴が岩を動かすことはできる」〜311子ども甲状腺がん裁判・東電の反論に抗して
Home 検索

「水滴が岩を動かすことはできる」〜311子ども甲状腺がん裁判・東電の反論に抗して

堀切さとみ

 6月14日、第6回311甲状腺がん子ども裁判が行われた。東京地裁103号法廷の74席の傍聴券を求めて、190人が並んだ。私は久しぶりに、裁判と並行して開催される支援集会に参加した。1年前の初公判の時と同様に、日比谷コンベンションホールは温かな、それでいて躍動感あふれる空気に包まれていた。

 
*原告が企画・デザインしているニュースレター

 前回の公判で、7人の原告の証言はすべて終わった。彼らの意見陳述はすべてホームページでみることができる(https://www.youtube.com/channel/UCG33mjNXZPr7jis0IPIYAEA)が、ひとつだけ紹介したい。「原告3」さん。充実した大学生活を送っていた時に体の異変を感じ、検査を受けた。甲状腺がんと診断され、早く手術しないと全身に転移する可能性があると告げられた後、医師は「このがんは福島原発事故との因果関係はありません」と釘をさした。「原告3」さんが裁判を決意したのはこの時だったという。

 そんな若き原告たちの主張を撥ねつけるように、この日の公判で東電側は、60ページを超える反論を出してきたと弁護団が報告した。因果関係はないことを証明しようとしていることがよくわかる。その中の一つは「患者数はたしかに増えたが、がんではなく”がんもどき”。手術しなければ勝手にガンは消えたのだ」というもの。「だったらこの7人の原告はどうなるのか。県立医大は余計な手術をしたことになり、それこそ大問題だ」と河合弘之弁護士(写真上)は呆れたようにいう。

 科学論争に持ち込むといって、東電側が頼りにしているのが「UNSCEAR(アンスケア=原子放射線の影響に関する国連科学委員会)」の報告書だ。科学と名前のつく団体だが、実際の測定記録(モニタリングポストの数値)ではなく、最初からシュミレーションによる計算を採用していた。しかも、原発が爆発した3日後(3月15日)に最大のプルームが流れたのに、これをまったく無視していたのだ。その結果、甲状腺に影響を及ぼすといわれる大気中のヨウソ濃度は、実測値の100分の1に過小評価されている。何が科学か。UNSCEAR報告には既に多くの批判がある中で、原告側弁護団は、黒川眞一(高エネルギー加速器研究機構名誉教授)による意見書によって、そのデタラメさを追及した。


*「情報処理を学んでいる高校生がみれば笑っちゃうようなことを、UNSCEARはやっている」と田辺弁護士。

 裁判というのは、とかく難しくなりがちだ。でも、原告の願いはいたってシンプルなもの。当たり前の日常や思い描いていた夢が、なぜ奪われなくてはならなかったのか。その思いに応えようと、たくさんの人たちがこの裁判を支えている。この日の支援集会では、原告たちを応援する歌が披露された。『ブルーブルーバード』を作った矢野絢子さんは、自身も15歳の子どもを持つお母さん。「これは闘いではなく、知って欲しいだけ。忘れないで欲しい」という思いを歌詞に込めた。

 名前を明かせず、一人を除いて傍聴席から見えないよう、パーテーション越しに証言台に立ったという原告たちのことを、私は誰ひとり知らない。それでも支援集会では毎回、前もって意見陳述を読み上げる原告本人の録音が紹介され、この日も3人の原告からのメッセージが流された。だから、まだあどけなさの残っているような、彼らの姿を思い浮かべることができる。


*歌の完成を喜ぶ司会者と矢野絢子さん(右)

 弁護団の層も厚い。井戸、海渡、河合といったベテラン弁護士だけでなく、若手弁護士も大きな役目を果たす。原告一人一人から、つらい話を聞くだけでなく、時にダイエットやおしゃれに関するアドバイスをもらったりするという。ヒールの高い靴を履いて、気合をいれて法廷に臨んだ等という原告のエピソードを聞くと、なんだか微笑ましくなってしまう。彼らが特別な人間などではないことがわかる。「私」という存在をかき消されたくないという気持ちが、痛いほど伝わってくる。

 原告の母親からの挨拶もあった。「高校時代は医学部を目指していたが、大学で手術。就職試験も病気を理由に何社か断られたが、めげずに頑張っている。自分だけではないと思えるようになったのは皆のおかげ。裁判をやってよかったと言っている」と笑顔で語り、大きな拍手がわいた。

 ハンフォードの住民の記録『黙殺された被ばく者の声』を翻訳した宮本ゆきさんも登壇した。24年に及ぶ5000人の集団訴訟。データを無視する姿勢は、東電と変わらない。福島の復興がハンフォードをモデルにしていることを知り、いてもたってもいられない気持ちだという。大人が若者に希望を与えなくてはいけないのに、この裁判の若い原告たちから希望をもらっていると話した。私も同じ思いだ。もらった希望をつなげたい。

 記者会見を終えた北村弁護士の言葉で、報告集会は締め括られた。「弁護士の我々は法廷で事実を明らかにするから、メディアの人達も情報の横流しだけではなく、調査報道をしてほしい。我々は日本全体からみたら少数かもしれないが、何かを変えるには一点から始まる。地道にやっていけば、水滴が岩を動かすことはできる」

 あらゆる年代が力を合わせて風穴をあけていく、そんな裁判をこれからも見守りたい。次回第七回公判は、9月13日。


Created by staff01. Last modified on 2023-06-16 13:24:58 Copyright: Default

このページの先頭に戻る

レイバーネット日本 / このサイトに関する連絡は <staff@labornetjp.org> 宛にお願いします。 サイトの記事利用について