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毎木曜掲載・第230回(2021/11/18)

人も社会もやっぱり変わってゆく

『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー2』(ブレイディみかこ、新潮社、2021年9月刊、1300円)評者:志真秀弘

 クライマックスは巻頭早々にいきなりくる。

 主人公「ぼく」の通う「元底辺中学校」で音楽部恒例の春のコンサート(2019年)が開かれる。司会の副校長がマイクを握った。

 「次は時代を遡り、ちょっと静かな曲を聴いていただきたいと思います。サム・クックの有名な曲で、公民権運動のアンセムとなり、現代に至るまで、社会をより良い場所に変えようとする人々に影響を与え続けてきた作品です。もちろんその曲は『ア・チェンジ・イズ・ゴナ・カム』です。」

 歌い始めたのは、コーラス隊の中でひとりだけ、襟元に花びらのようなフリルのついたブラウスを着た黒人少女だった。

 「私は川のほとりで生まれた 小さなテントの中で そしてそれ以来 ちょうど あの川のように 私も流れ続けている」

 「長い時間 ほんとうに長い時間がかかった でも私は知っている 変化はやってくる 必ずやってくる」

 著者(「ぼく」の母親)は「驚くほど成熟した、アレサ・フランクリンみたいにブルージーで暖かい声だ」と舌を巻く。演奏が終わるとものすごい拍手が起きた。ティッシュで涙を拭く母親、黙って胸に手を当てる父親たち。副校長が再びマイクを持って壇上に出てきた。

 「この曲を作ったのはサム・クックですが、彼にインスピレーションを与えたのはボブ・ディランでもありました。」

 副校長は一度も「黒人」「白人」という言葉を使わなかったけれども「人種の垣根を超えたインスピレーションについて語っているのは明らかだった」。

 著者とちょっとした行き違いのあった母親はみんなの称賛の声にきっぱりと応える。「みんなでベストを尽くしたからいい演奏になったんだ。あの子はみんなの中の1人に過ぎない」

 著者は、この言葉をもう一度繰り返す。「それは謙遜の言葉ではなく、ターバンの女性にとってとても重要な言葉なのかもしれないと思った。彼女たちも、長い時間はかかったが、ここまで来たのだ。」

 多少長い紹介になった。が、ロックに憧れ、高校を卒業して日本を離れ、イギリスで保育士として働き始めてからの著者の人生も、そして本書のエッセンスもこのシーンに詰まっているように思う。

 ぼくは感性豊かで、そして思いやりのある少年。テストの成績が悪かったのを父親が「一晩中ダンプを運転してスズメの涙みたいな賃金しかもらえない俺のようになるな」と怒る。ぼくは「俺みたいになるな」と叱る「父ちゃん」の気持ちが悲しくて泣いてしまう。そんな父ちゃんの態度に怒っていたが、音楽の試験で「ジョン・レノン」と書けなかった息子に、平然としている父ちゃんをよそに、「母ちゃん」は愕然としてしまう。そんな泣き笑いの一幕も描かれて、読んでいるうちに、著者たち家族の近くに読者の自分もいて、同じ1年の月日が流れていくようにさえ思える。

 進学するためのGCSE(イギリスの中等教育終了時の全国統一試験)に向けてクラス分けが始まり、家が貧しいためにGCSEを受けないという友達にぼくが心を痛めたり、隣人で引っ越してゆく双極性障害のシングルマザーの話が印象的に語られたり、労働党の選挙活動に街頭で取り組む教員ミセス・パープルのエピソードが彼我の違いを痛感させたりなどなど、イギリスの労働者階級の今が浮き彫りになる。そして日本に里帰りした「ぼく」と「じいちゃん」の出会いと別れの場面にはBGMさえ聞こえるようだ。

 季節も人も変わり、ブライトンの街も変わる。その移ろいと変わり目とが鮮やかに描かれ、社会もまた変わらずにはいないことを本書は得心させる。

*「週刊 本の発見」は毎週木曜日に掲載します。筆者は、大西赤人・志水博子・志真秀弘・菊池恵介・佐々木有美・根岸恵子、黒鉄好、加藤直樹、ほかです。


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