〔週刊 本の発見〕『ルポ保育格差』 | |||||||
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毎木曜掲載・第56回(2018/5/10) 民間業者の参入と保育の劣化●『ルポ保育格差』小林美希、岩波新書/評者:渡辺照子「保育園落ちた。日本死ね!」。流行語にもなったこの悲痛な叫びを覚えている人は多いだろう。「保活」も当たり前のご時世になった。今や共働き世帯は専業主婦世帯の2倍となっている。子どもを預けて働くことは当たり前のことなのだ。それなのに、なぜ我が子を保育園に入れづらいのか。保育の質を問えないのか。筆者はその疑問を丹念な取材により完璧なまでに答えている。タイトルはショッキングだ。「保育」にも格差があるというのだから。筆者は、3年前に「ルポ保育崩壊」(岩波新書)を書いている。子どもを叱りつけるだけの保育の現場。不足する保育士の問題。コスト削減に走る民間の認可保育所の現状。共働き世代のニーズを満たさない保育の実状。それらを取り上げ、「保育崩壊」とした。3年後の現在、保育の質に格差が生じることに目を向け、より鋭く問題をあぶり出したのが本書だ。 子どもの生活リズムや発育段階、個性を無視し、「効率的な」一斉保育により、決められた食事やお昼寝の時間に従わない園児を言葉の暴力により支配する保育士。親が衣類等を忘れて持たせないことを理由に外遊びやプール遊びをさせない「しつけ」。いたたまれず辞めた保育士の証言により露わになった保育現場の惨状には胸がつぶれる思いだ。身体的虐待と共に心理的虐待やネグレクトも横行する保育園が少なくないと知れば、保育園に預けなければ仕事ができない保護者には辛い現実だ。しかし、子どもを預け、人質のようになってしまう保育園には下手に意見も言えない。待機児童問題が解決の兆しを見せない中で「いやなら転園しろ」との園の言葉が怖いこともある。 筆者(写真右)は、保育の劣化の背景や要因として、政府の規制緩和による保育事業への民間業者の参入にスポットを当てる。共稼ぎ世帯の増加が保育のニーズの高まりだとし、新規のマーケットを得たい民間業者が跋扈し出した。規制緩和は保育士の人員配置を緩くし、保育施設である一人当たりの面積基準を下げるなどしたのだ。その結果、従来の公立保育園の他に認可保育所、小規模保育所、企業主導型保育事業等ができた。問題は、保育士の人件費比率が低 いことだ。保育士の賃金が全産業平均とは10万円余りの開きがあるとの厚生労働省の調査もある。重い責任とそれに見合わない低賃金、理想の保育ができないこと、そのことが保育士が現場を離れる理由となる。劣悪な保育現場はそのまま劣悪な保育士の雇用状況だ。そしてしわ寄せは子どもと親が受ける。 民間業者による保育園の人件費比率の低さには要因があるという。人件費は光熱費等の売上原価と一緒にされて「原価比率の悪化」と投資家から評価されるため、「人件費アップは利益を下げる悪いこと」とされるからだ。民間では決算資料も公表されない。取材に対し、回答も拒む。民間業者に払われる保育園運営のための委託費のほとんどが公費であるのだから経営を理由に明かさないことはナンセンスだと筆者は憤る。日頃、目にする保育園での痛ましい子どもの「事故死」の背景にはこういった事情もからむのかもしれない。「この国は保育所で子どもが命を落としてもまだなお規制緩和をするというのか」との筆者の怒りは、ち密な取材を積み重ねてきたからこそ説得力を増す。 取材対象には様々な人物が登場する。親、保育士は無論のこと、保育園問題に取り組むNPO、行政の担当者、保育行政の問題点を追及する議員、保育士の労働組合らだ。その人たちのたゆまぬ真摯な取り組みには頭が下がる。「保育所には臨機応変な対応をするスキルが必要。忘れたら罰せられるようなやり方は、許す、受け入れるという発想がなく戦争への道をいくようで恐ろしい」と言うある園長の言葉が重い。保育は、誰もがケアなしには生きてゆけない本質を表す。その保育に携わる人の崇高な人間観が私を励ます。 惨憺たる保育状況を著しながら筆者は後半では学童保育の現場も報告する。保育園に預けられた子どもは、大概は学童保育にも通う。学童保育の指導員の低待遇にも目を向けている。保育園問題としてだけではなく、子どもの育つ状況をトータルにとらえようとする筆者の狙いが、奇矯なスクープを上げることに拘泥しない純粋な問題提起の意思を示すようだ。 前書「ルポ保育崩壊」によれば、少子化を恐れる政府の組む保育予算は国家予算の中でわずか0.5%だという。子どもの軽視、福祉の軽視以外の何物でもないだろう。 安倍首相は1月の施政方針演説で「保育士の処遇を月額3万円アップさせた」と手柄を誇った。それならば、本書のような問題は、いくらかは改善されるはずだが。現場の矛盾に無関心で、子どもを預けないと働けない、暮らしていけない庶民の暮らしに思いを寄せることのできないその安倍さんには是非とも本書を精読させたい。 *「週刊 本の発見」は毎週木曜日に掲載します。筆者は、大西赤人・渡辺照子・志真秀弘・菊池恵介・佐々木有美・佐藤灯・金塚荒夫ほかです。 Created by staff01. Last modified on 2018-05-10 11:25:25 Copyright: Default |