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LNJ Logo 木下昌明の映画批評〜「老人と海」ディレクターズ・カット版
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●映画「老人と海」(ディクターズ・カット版)
筋書きはないけど物語はある 老人と海…もう一つのドラマ

「老人と海」といえば、ヘミングウェイの傑作が思い浮かぼう。しかし、日本でも20年前に「老人と海」というドキュメンタリーが公開されたことはあまり知られていない。日本の映画製作会社のシグロが米国人のジャン・ユンカーマンに監督を託した映画だ。これがディレクターズ・カット版で再公開される。

舞台は台湾に最も近い与那国島。82歳になる老人が、エンジンつきの7メートルのサバニ(小舟)でカジキ釣りをする日々を追っている。

ヘミングウェイの老人は84日間一匹も釣れなかったが、ついに巨大カジキをしとめる。その孤独な闘いを描いている。こちらの老人は、一年間釣れない日が続く。時には近くで若い漁師がカジキを釣り上げるのを横目に、じっと釣り糸をたれている。老人は老妻と二人ぐらしで、家では老眼鏡をかけているが、漁には外して出かける。海人(うみんちゅ)は遠くまで見渡せるのだ。

そんな老人の日常に、ヘミングウェイの小説世界とはまるで関係のない新藤兼人の「裸の島」(1960年)を想起した。瀬戸内の小島でくらす夫婦が、日がな一日、山頂の畑まで天秤棒で水をかつぎ上げる映画で、「耕して天に至る」日本の狭い風土をうたったものだ。二つの映画は、漁業と農業の違いはあるものの、過酷な大自然(外からみればなんと美しい風物か!)を相手に、くる日もくる日も同じ労働をくり返すさまを描く。この寡黙に生きる二つの夫婦の営みに、日本の庶民像の典型をみることができる。

また、何も釣れずに帰港する老人に仲間の一人が自分の魚を放ってよこし、励ましの声をかけたり、漁港でのにぎやかな祭りの様子などをみると、忘れていた日本の原風景に出合った気分になる。その映像は詩情にあふれている。

老人が巨大カジキと格闘するシーンもドラマ以上に迫力に富んでいて、命がけの仕事だとわかる。そこから、もう一つの「ザ・コーヴ」の世界もみえてこよう。 

ちなみに、この映画の公開がさしせまったある日、老人は海に出て帰らぬ人になった。巨大魚と格闘して海にひきずりこまれ、浮いていたという。(木下昌明/「サンデー毎日」2010年8月1日号)

*映画「老人と海」ディレクターズ・カット版は7月31日から東京の銀座シネパトスほかで公開


Created by staff01. Last modified on 2010-07-28 18:59:02 Copyright: Default

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