韓国:キリュン集中交渉合意 | |||||||
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「私たちの幸せな時間」-九老で撮る[インタビュー] キリュン集中交渉合意、30日間のハンストが終わりテント座込み場撤去 オドヨプ記者 odol@jinbo.net / 2006年09月26日10時19分 映画「私たちの幸せな時間」を見ると、なぜかキリュン電子のハンスト労働者 を思い出す。映画でウジョンは言う。「私は十五才の時に強姦された」。その 台詞を聞くと、携帯電話のメールで工場を解雇された非正規職を思い出すのは なぜだろうか。十五のウジョンは母を訪ねて行く。母はウジョンがからだをき ちんと守らなかったと叱る。その時、私は非正規労働者に対して労働部は、裁 判所は、この民族は、あるいはユジョンギの母ではないのかと変な想像をする。 不穏な想像 カンファスク副分会長 ハンスト27日目。カンファスクは倒れた。9月18日、会社との交渉に期待して いた。「(交渉に)出て行こうとしたら力が抜けた。内心、糸口がつかめると 期待していたのに。目がくらんで力が抜けて…」。 映画でウジョンは3回の自殺を試みる。死ねなかった。目を覚ましたウジョン は点滴の注射針を自分のからだから乱暴に抜いてしまう。腕から血が流れる。 死ねずに生きていることを呪う。 9月19日、共にハンストを始めたカンファスク副分会長が倒れ、キムソヨン分 会長は空腹の苦痛より責任感が胸に深く食い込んだだろう。連帯ハンストをし ていた組合員をそのまま死なせることはできなかったのだろう。 9月20日、会社は集中交渉できないという言葉を繰り返す。交渉の結果を聞い たハンスト28日目、キムソヨン分会長は工場正門の前に横になって寝てしまう。 生と死の境界、そして工場内と外の境界に身を横たえた金分会長と組合員を 用役警備がビデオカメラで撮影するのに忙しい。会社は人の命より大切な証拠 資料を得るために狂奔する。大声を出して抗議したキムソヨン分会長も失神する。 死ぬなら工場の前で 組合員たちは病院に行こうと哀願し、キムソヨン分会長は死んでも工場の前に いると決意を示す。組合員たちは境界に倒れた分会長を病院に移すことができ なかった。 死刑囚ユンスの刑執行が決定されたという連絡を受けたウジョンは、憎んでい た母を訪ねる。9月21日、労働部の冠岳支庁をキリュン電子の労働者が奇襲的 に訪問してデモをする。「無誠意な仲裁で交渉を無にした冠岳労働庁抗議面談」 に入った。労働部の役人は「腹がへったら飯を食え、このX」といったという。 またユジョンギの母を思い出す。ユジョンギの母はウジョンを叱って殴りさえ する。どこかで強姦されたと言うなと脅す。 労働部の職員は、ハンスト29日目のキムソヨン分会長に暴言を吐いて押し倒し た。キムソヨン分会長は倒れ、起きることができなかった。病院に移った。 チャムセサン資料写真 カンファスクは話す。「つらいことだけではありませんでした。消火器の粉末 をかぶり、放水銃を受け、閉じられた工場の門を開くために連帯にきた労働者 を見て…」希望を見て、孤独な戦いではないという幸福を得たという。「浦項 建設労働者、ハイニックス労働者、みんな闘争事業場でしょう」。映画で自殺 を試みるウジョンは、死を前にした死刑囚に慰められる。 幸福の時間 1年間、一度も開かなかったキリュン電子工場の門は、9月6日と12日の集会の時、 労働者たちの手で開かれた。死を覚悟したキリュン電子労働者を死なせられな いという切迫感が刑務所の塀ほどの高さの工場の門を開いたのだ。 「分会長を見たら、とても元気になりました。ハンストをしていても、支持訪 問に来たら休まずに話します。私よりからだも弱いのに。どこからあの精神力 がくるのかわかりません」。 カンファスクは分会長がいなければ、1か月近いハンストはできなかったとい う。分会長を見ると元気が出て、空腹の中で幸福を感じた。「死を覚悟して共 に戦う友がいるということが『私たちの幸せな時間』でしょう」。 映画では、ウジョンとユンスが一週間に一度、午前10時から午後1時まで幸せ な時間を持ったとすれば、ファスクとソヨンは一日24時間、1か月間幸せな時 間を持ったのだ。 「私たちの幸せな時間」のハンスト30日は終わった。この文を書いている間、 キリュン工場前に1年近く建っていたハンストのテントは組合員の手で撤去さ れているかもしれない。 合意案に印鑑を押す 今年の6月16日以後の告訴告発を取り下げる、集中交渉を実施するなどの合意 案に25日、印鑑を押した。26日の組合員会議で承認されればハンストのテント を撤去して交渉に集中するだろう。30日のハンストでいまやっと糸口がつかめ たのだ。断絶した交渉に会社を呼び出したのだ。単純な、当然の決定のために 命を捨てて戦ったのだ。 チャムセサン資料写真 「主導者が頑張れば勝てるということをハンスト期間に悟った。主体が一番重 要だろう」。 カンファスク副分会長とのインタビューは本当にたいへんだった。絶対にイン タビューをしないというカンファスク副分会長とインタビューをするために、 テントに座り、ポスターをたたまなければならなかった。財政を用意するため に、金を受けて4千枚のポスターと手紙を封筒に入れる作業をする日だった。 親指に水ぶくれができて、会話の扉は開かれても言葉はでないのが常だった。 だが分かる。カンファスク副分会長には一生忘れられない「幸せな時間」だっ たということを。キリュンの最後のハンストだろうと堅く信じて背を向ける足 取りが軽い。「自分にとっても幸せな時間」 翻訳/文責:安田(ゆ)
Created byStaff. Created on 2006-09-28 08:57:05 / Last modified on 2006-09-28 08:57:06 Copyright: Default 世界のニュース | 韓国のニュース | 上の階層へ |