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21世紀、タコ部屋の見慣れない元旦の風景

コンテナボックス寄宿舎の移住労働者

チョン・ジェウン記者2011.02.04 19:34

「中国のタバコを味わってみますか?」

刻みタバコだ。朝鮮族移住労働者のキム・チソン(仮名)氏が笑いながら、黒い ビニール袋を出した。シガレットペーパーという紙を広げて、タバコの葉を入れ、 慣れた手つきで指で押しながらタバコを巻く。中国から次男が送ったタバコ。 フィルターがなくても優しくておいしいという。見慣れない風景に目を見張る 韓国人に笑い連発した金氏が白い煙を吹き出す。

窓型コンテナボックスの中は、その間、煙で覆われた。コンテナボックスを半分 に分けて、2.5坪ほどのここは、金氏がつらい仕事を終えて食べて寝る家だ。 移住労働者約20人、韓国労働者約50人が大小集まって働く会社。移住労働者には 職場で、コンテナボックス寄宿舎が暮しの場所であった。

[出処:メディア忠清]

コンテナボックスを分けて2.5坪の部屋二つ

唯一の冷蔵庫... 電気オンドルパネル、電気暖炉、電気七輪

旧正月連休、働く人がいないのに、食品加工場だからか、不快な臭いが鼻を刺 す。工場の外の道端マンホールのふたを誰が盗み出したのか、夜になるとさら に危険だと言った途端に、金氏がスリッパを履いたまま飛び出して手を打ち、 両腕を広げて迎えてくれる。上を見ると工場の屋上にある2組のコンテナの間で 朝鮮族イ・ジェソン(仮名)氏が両手を振る。

工場に入るとすぐ目に入る屋上のコンテナ4軒。番号が付いたボックスは半分に 分かれ、いつのまにか8つの部屋を作った。地上にも番号が付いた6軒のボック スが12の部屋を作っていた。誰が引っ越してきて、誰が出ていったのか。ここ で一年半働いている金氏がくる前から番号が付いたコンテナボックスは、移住 労働者を待っていた。

「一つに1~2人が暮します。ここはコンテナ施設利用料は別に払いません。月 4~5万ウォン払う所もあります。」

[出処:メディア忠清]

金氏の部屋はタンスの代わりの解かない荷物カバン、風を防ぐために真っすぐ に切った段ボールを付けた窓一つ、壁にかかった服類、みんなもらってきた物 たちで飾られていた。ベッド マット、テレビ、洋服掛け、古いノートパソコン、 小さなテーブル... 冷蔵庫もあったが、コンテナ寄宿舎で唯一の冷蔵庫だった。

「冷蔵庫はなかったのですが、会社が捨てると言うので持ってきたのです。み んなが同じように使います。トイレは2階に一つ、あちらに行くとシャワーする ところもあります。洗濯機は一台あったところにさらに一台持ってきました。 前はずっと手洗いでした。」

充実した金氏の部屋は暖かかったが、とても危険に見えた。床に敷かれた電気 オンドルパネル、電気暖炉、ごちゃごちゃと壁にからまる電線... 怪我はなかっ たものの、床を支えていたレンガごと屋上のコンテナが倒れたこともあった。 風が強い日だった。

「不便なこと? (食品の)臭いがひどく、夏に暑いこと... みんな覚悟してきた ことです。何も思い通りになることは... 金を稼ぎにきて... 不足を一つ一つ 言い始めたら果てしないし... まあ、食べて、眠れるから有難いですよ。」

[出処:メディア忠清]

ギョーザしようとするなら鉄板ぐらいは

月曜日から土曜日まで... 物量よって働いて

月曜から土曜まで、最低賃金で働き、朝7時に出勤して『物量によって』働く。 彼らは2分もかからず、職場と家を行き来する。まるで70~80年代に、若い女性 労働者たちが目を覚ますとすぐ九老工業団地とタコ部屋を行き来したように。

「普通は10時間働きます。100万ウォン受けます。夏は仕事が多く、午前2~3時 まで働きます。その時は一日に一時間眠れるかどうかと思うぐらいです(笑)。 5月は180万ウォン、6月は200万ウォン、7月は240万ウォン受け取りました。

韓国語が上手な金氏を通じ、そこにいた30代のイ氏に尋ねてみた。韓国語と 中国語が行き来する。

「初めは仕事がつらかったです。もう習慣になりました。たくさんお金を稼い だかって? いいえ(笑)。」

ご飯は会社食堂で一日三回食べる。しかし出勤しない日曜と公休日が問題だ。 食堂が閉るので、食事の仕度をしなければならない。外国に金を稼ぎにきて、 厨房用品を一つ一つ買って金を使うこともできず、コンテナでガスを使って火 でも出たら。うれしい顔で隣の部屋からきた朝鮮族の女性労働者と男性労働者 が韓国語で話す。

「ガスレンジを使うだけだから食堂を閉めないでくれと言っても効果がありま せん。食堂で働く人が、上から閉めろと言われたと。話す言葉がなかったです。 それでもガスレンジを使わなければ何もできない... 韓国の人が一緒に食べる 時はおかずもあって、食堂で食べられるのに。私たちだけの時は... 私たちは 人扱いしません。」

「部屋で作るのは不便です。不安です。あまり作れません。調理器具もないし。 ギョーザでも作ろうとすれば鉄板ぐらいなければ... 1年に名節が何度あるの か... 旧正月、秋夕の二回だけだ。」

唯一イ氏の部屋には電気七輪が二台ある。イ氏の部屋は移住労働者が皆で食べ る食事を作る厨房に変身する。すっきりした部屋の片隅には洗った鍋、フライ パン、フライ返し、タワシがプラスチックの筒に入れられ、タマゴのパックと きちんと束ねられたネギが棚の上に置かれていた。

[出処:メディア忠清]

長男も私のように韓国で... 希望はどこに

正月の一日前の夜、移住労働者がコンテナボックスに集まって酒一杯飲むこと にした。もうお客さんを招くと食卓を整えた。

「旧正月は中国の最大の名節です。家族たちはみんな故郷に集まって水餃子、 魚、豚肉、牛肉、おいしいものを作ります。私は刺身が一番好きです。ハハハ。」

50代の朝鮮族の金氏は、お金もお金だが、韓国の地を踏んでみたかった。20年 前からそうしたかったという。コンテナボックスで暮す移住労働者として韓国 の地を踏んでも、韓国の『発展』はすごいとほめる。中国の開発速度も驚くべ きだと話す。何のため、誰のための発展と開発だろうか? 金氏の胸中の韓国と 中国は、労働者である彼の二人の息子がいる所だ。

「長男は今、韓国の紡織工場で私のように働いています。下の息子は中国で日 雇をして。電話やインターネットで顔を見て。手紙送って。来年は家に一度帰 りたいです。ここにきて迎える旧正月は今度で4回目です。気分がちょっと... さびしくて。しょうがありませんけどね。孫娘と会いたいです。孫三人、孫娘 1人です。息子は二人とも結婚しました。息子の結婚は一か月先に予定されてい て、韓国に来ました。」

[出処:メディア忠清]

突然、朝鮮族移住労働者が口々に話し始めた。朝鮮語と違って韓国語はずいぶん 変わって難しいという。

「韓国語はとても違っています。パッチムが違います。パッチムが多くなって、 何のことかわかりません。新しい星-新星、梅雨-梅雨の雨。そして韓国語には 英語が多いです。」

金氏が話すたびに、オドメ、オドメというのが、国籍不明の外来語と新造語の 洪水の中に混じり、忘れられた韓国語の味と趣きが生きていて、さらに懐かしい。

弟の学費を稼ぐためにソウルにやってきた10代の女性労働者の哀歓と労働の苦 痛が渦巻く加里峰洞の蜂の巣。彼女たちがいなくなった場所を埋めるようにコ ンテナのタコ部屋に入る移住労働者。 希望はどこにあるのか。(記事提携 =メディア忠清)

原文(チャムセサン)

翻訳/文責:安田(ゆ)
著作物の利用は、原著作物の規定により情報共有ライセンスバージョン2:営利利用不可仮訳 )に従います。


Created byStaff. Created on 2011-02-05 21:54:33 / Last modified on 2011-02-05 21:54:35 Copyright: Default

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