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学校非正規職になった体操英雄の寂しい死

国家代表になった後、体育教師やスポーツ講師を転々とし生活苦

チェ・ウンギョン記者 2012.11.01 16:43

国家代表から体操コーチ、そしてスポーツ講師
10か月働いて解約される学校非正規職

10月29日午後6時40分頃、蔚山市蔚州郡西生面の防波堤入口で元体操選手の イム某氏(46)が自分の車ので炭をたき、死んでいるのが発見された。

発見当時、車両の中には着火炭があり、共に発見された遺書の末尾には「蔚山 の体操が発展することを望む」という内容が記されていた。警察は、イム氏が 自殺したと推定している。

イム氏は小学校2年の時に体操を始め、今まで35年間体操界で働いてきた。イム 氏は国家代表体操選手にもなった有望株だった。今は蔚山の某高校のスポーツ 講師だ。イム氏は91年ユニバーシアード大会でヨ・ホンチョル選手が韓国体操 で史上初の金メダルを首にかけた時、同日韓国選手の不毛の地だった床種目で 銅メダルを取った。韓国体操の有望株で、蔚山の体操の歴史を書きなおした彼 は、若い選手を養成するために学校に向かった。

イム氏が戻ったのは彼の故郷蔚山。女子中学生で体育の未来の卵を教えながら、 体育コーチという名で第2の人生を始めた。だが韓国体操を世界に知らせた名声 にもかかわらず、学校体育コーチの現実は劣悪だった。体育コーチも学校では 非正規職だった。毎回契約を繰り返すハエのような命だったが、熱心に子供た ちを教えた。賃金も劣悪だった。しかしイム氏は10年近く黙黙と指導者の道を 歩いた。

以後、イム氏は蔚山のある高校の体育コーチに移動した。高等学校在職時期に は2010年のアジアジュニア体操選手権大会に学生を出場させ、銀メダル2個と 銅メダル1個を取った。

平凡なコーチ生活をしていたイム氏は、今年のはじめにスポーツ講師に転向す る。体育コーチもスポーツ講師もどちらも非正規職だが、イム氏が選んだスポー ツ講師はさらに劣悪だった。どんな理由なのかはわからないが、イム氏の生活 はさらに難しくなった。

蔚山だけでも体育コーチは171人いる。彼らはすべて10か月働き、2か月休み、 また契約する短期期間制非正規職だ。特に体育コーチは栄養士や調理士のよう に勤務2年で無期契約職に転換することからも遮断された非常に劣悪な境遇だ。

毎年再契約をしても定年は全く保障されない。若い体育コーチが多いが高齢な コーチを周辺で見るのが難しいのもこのためだ。スポーツ講師はさらに深刻だ。 10か月単位で再契約し、それでも2か月は無職生活をしなければならない。退職 金を払わず、正規職雇用擬制を避ける便法だ。賃金水準も低い。だが教育庁は 相変らず予算不足を口実に、非正規職契約者をさらに拡大している。

蔚山の私立学校教員は定員が増えたが、これを契約職教師で埋めるのに忙しい。 今年、期間制教師8人、時間講師32人など40人の非正規職教師が増えた。

喪主として遺体安置所にいた弟(42)は、「病気の母が倒れるのではないかと恐 ろしくて、兄の死を知らせることもできない」と話した。遺体安置所には遺族 と友人が一緒にした。(記事提携=蔚山ジャーナル)

原文(チャムセサン)

翻訳/文責:安田(ゆ)
著作物の利用は、原著作物の規定により情報共有ライセンスバージョン2:営利利用不可仮訳 )に従います。


Created byStaff. Created on 2012-11-02 10:03:58 / Last modified on 2012-11-02 10:03:58 Copyright: Default

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