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毎木曜掲載・第357回(2024/8/8)

若者に伝えたい戦争のリアル

『いま、戦争と平和を考えてみる。』(くもん出版、2009年、1,000円)評者:内藤洋子

 広島、長崎に原爆が投下され、終戦を迎えてから、まもなく80年。日本で戦争があったことも知らない若者たちも少なくないようだ。否、若者だけでなく、すでに親世代も戦争の実態を知らない。かろうじて祖父母の世代が、自らの体験として戦争を知る残り少ない人たちだろうか。

 本書は、6人の作家たちが、自らの戦争・被爆体験を、忘却の闇に葬ることなく語り繋いでほしいとの思いで書き残した短編を、ヤング向けの本としてまとめたものである。1.宮沢賢治「烏の北斗七星」 2.太宰治「十二月八日」 3. 峠三吉「原爆詩集」 4.原民喜「夏の花」 5.永井隆「この子を残して」 6. 林芙美子「旅情の海」

宮沢賢治(1896-1933)の童話。カラスの少尉が艦隊を率いて敵の山ガラスと戦って勝利する。だが、雪の上に冷たく横たわる山ガラスの死骸を見て、あつい涙をこぼしながら手厚く葬る。そして青い光を放つ北斗七星を仰ぎ見て、「ああ、どうか憎むことのできない敵を殺さないでいいように早くこの世界がなりますように」と祈る。

太宰治(1909-1948)のこの小品は、太宰の妻のこの日の日記という設定で書かれている。開戦のニュースをラジオで聞いた普通の主婦が、「こういう世に生まれて生甲斐をさえ感じられる。」と心躍らせ、隣人たちと高揚感を分かち合う様子が、ユーモアを交えて描かれる。当時、日本中の庶民が続々と入る連勝の報道に湧き立った様子から、私たちは大きな教訓を得るべきであろう。

峠三吉(1917-1953)は、爆心地から約3キロの自宅で被爆した。彼の代名詞ともなった「原爆詩集」は、その大半を1951年1月〜3月に書き、朝鮮戦争での原爆使用の危険を予知したストックホルムアピールに応えたものだったという。「滅びゆく日本の上に新しい戦争への威嚇として/ 原爆の光が放たれ/ 国民二十数万の命を瞬時に奪った事実に対し/ 底深くめざめゆく憤怒をたれが圧ええよう/(詩「『原爆の図』によせて」より)
 今日また新しい戦争の威嚇として核を、世界の支配者たちが弄んでいる。峠三吉の憤怒を、私たちは再び目覚めさせねばなるまい。

原民喜(1905-1951)は、郷里の広島に疎開中に自宅で被爆。たまたま命拾いした原は、爆撃直後の惨状の市中を歩き回り、言語に絶する光景を克明に記録していく。<焼け跡を一覧すると、ギラギラと炎天の下に銀色の虚無が広がる・・これはすべて人間的なものは抹殺された新地獄>と。原は、昭和26年に鉄道自殺を遂げた。

永井隆(1908-1951)は、放射線医学を専門とする医学者であった。放射線を全身に浴び、慢性の原子病を発症しながらも研究と診療に心血を注いだ。そのさなかに長崎で被爆。しかし彼を襲ったのは絶望ではなかった。原子爆弾症という全く新しい病気と立ち向かうという希望に科学者魂を奮い立たせ、自ら瀕死の状態でありながら、おびただしい患者の治療に献身的にあたった。2人の幼子を残して死にゆく父親としての思いが、痛切に胸を打つ。

林芙美子(1903-1951)は、民間の飛行家であった知人の「志田さん」の思い出を語る。自らの飛行場を軍に没収され、移り住んだ北海道の海辺の村に理想郷を作ろうと奮闘したが、それも阻まれる。旅の途中で戦災孤児の少年と出会い、共に生きることを選ぶ。戦後の混乱期、人々の心は荒み、卑俗さがむき出しになる中で、彼の生き方は、人間の心の中にまだ美しい灯火は消えてはいないことを示し、人を信じる希望を持った、と林は語る。

 戦争の愚かさ、むなしさを胸に刻み、平和の尊さを若い人たちに伝え続ける責務を、私たちは負っていると思う。

〔著者プロフィール〕
 栃木県出身。ドイツ文学者。ドイツ語教員として長年、大学での人文教育に携わった。専門はドイツ現代詩。ナチス政権下で、また戦後の旧東独の独裁政権の下で、反体制作家たちはどのように生き、言葉を武器にどう闘ったのかを、研究テーマとする。著書『ブレヒトの詩 ――しなやかに鋭く時代を穿つ』、編訳書『呪文のうた ――ザーラ・キルシュ選集』、その他、ドイツ現代戯曲の翻訳など。
*今回より内藤洋子さんが、「週刊 本の発見」の執筆者に加わりました(編集部)


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