石破政権の改憲の動きと対決を～九条の会が学習会

竪場勝司

　石破政権の「『戦争する国』づくり改憲」と対決する、をテーマにした九条の会事務局主催の学習会が１１月１８日、東京の文京区民センターで開かれた。二つの講演があり、１０月の衆院選の結果、改憲に反対する政党の議席が全体の３分の１を超えて、改憲発議が困難になった状況を踏まえて、改憲や軍拡に反対する運動を強めていこう、との呼びかけがあった。

　学習会には約１３０人が参加。まず一橋大学名誉教授の渡辺治さんが「石破政権における改憲・軍拡政策の新局面と私たちの課題」と題して講演した。渡辺さんは岸田政権による軍拡の新段階として、①自衛隊をアメリカに加担して中国と実際に「戦争する軍隊」につくり変える、そのために憲法上の自衛隊の活動に関する制約をことごとく取り払う ②日本全体の「戦争する国」づくりを進行する ③軍拡により、条約の文言は変えないまま、対米従属を進化させる形で安保条約の改変が行なわれた ④岸田政権はアジア外交を軽視し、中国との対決のためのブロック外交に転じた、との四つの指標を提示した。

持論を撤回して、岸田政権の改憲路線を継承せざるを得なくなった石破氏

　渡辺さん（写真）は「岸田政権は改憲政策でも安倍を超えたことが、注目されなければならない」と指摘。２１年衆院選の結果、改憲をめぐる政党の配置がガラッと変わり、維新が４１議席に拡大し、国民民主党が改憲の方針を鮮明化した。こうした状況の中、岸田政権は、維新と国民を先導させて、自民、公明、維新、国民、有志の会の５会派で一致できる、緊急事態における議員任期の延長を先行して条文案を作って改憲原案に持ち込む、「議員任期延長改憲先行戦略」を採った。岸田首相は、国会などで自分の任期中の改憲公約を繰り返した。議員任期延長改憲は足掛け３年にわたって憲法審査会で議論したが、うまくいかなかった。その大きな原因は、九条の会をはじめとした市民の反対と、市民と野党の共闘だった。

　今年の通常国会終了後も、岸田氏は改憲をあきらめず、自民党憲法改正実現本部内にワーキングチームをつくり、論点整理を命じた。８月７日、同本部の会合で「来るべき改憲の国民投票では、緊急事態条項と併せて自衛隊の明記も含めて国民の判断を仰がなければならない」と発言し、改憲戦略の転換を表明した。結局、岸田氏は総裁再選の展望を絶たれ、8月１４日に退陣を表明。ここでも改憲をあきらめず、９月２日、ワーキングチームの論点整理を党として正式決定し、総裁選立候補者にこれを義務付けるという形をとった。石破氏も、岸田路線継承を明言せざるを得なくなった。

　総裁選の結果、石破氏が総裁に選出され、１０月１日、石破政権が誕生する。石破氏の持論の改憲論は、自民党の伝統的な改憲論、９条２項を削除して国防軍を創設する、というもの。安保・外交政策はもっと特異的で、１９５０年代以降の自民党反主流派の「日米同盟」対等論に近く、アジア版ＮＡＴＯとか日米地位協定の改定などに言及して、アメリカの警戒を買っていた。総裁選中は維持していた、この二つの持論を、石破氏は政権誕生と共に撤回した。石破氏の改憲・軍拡政策は、基本的には岸田路線を継承するものになった。

新自由主義政治に対する鬱積した不満に、裏金問題が火をつけた２４年衆院選

　次に渡辺さんは、自公過半数割れという結果となった２４年衆院選について言及。こうした結果を生んだ要因については「貧困、賃金の非上昇、非正規化、さまざまな社会保障の削減、そして物価高。こうした長年の自民党の新自由主義政治に対する鬱積した不満のマグマに、裏金問題に対する反省のなさへの怒りが火をつけた。自民党Ｎ０といううねりを生んで、自公過半数割れを引き起こした」と指摘した。比例区で国民民主党とれいわ新選組が大幅に得票を伸ばした点については、「新自由主義政治からの転換のごく一部ではあるが、『手取りを増やす』とか『消費税をゼロにする』とか、そういうわかりやすい対案を示した国民やれいわに対して、新しい政治を期待する、という形で動いたのではないか」との見方を示した。

　また、自公や維新の議席の激減により、改憲派が改憲発議に必要な衆院３分の２の議席を大きく割り込み、改憲反対派の議席が３分の１を超えたことも、今回衆院選の特徴として挙げた。

　石破政権の今後については、自公は少数与党となり不安定な政権であり、「２５年参院選の前には、もう一回大きな政変が来るのではないか」と述べた。２７の衆院委員会・特別委員会ポストのうち、１２が野党となったことに注目。軍拡や改憲の問題で是非を問える予算委員会、夫婦別姓の問題を扱う法務委員会、政治資金規正法の再改正を取り扱う政治改革特別委員会、の委員長がいずれも立憲民主党になり、憲法審査会の会長も立憲民主党であることで、「今後の闘い方次第では、非常に大きな武器を手に入れた」と期待を込めた。

　最後に、「私たちの課題」として渡辺さんは ①軍拡・「戦争をする国」づくりは進行中で、さらなる軍拡の動きが出てくる危険性もある。新たな、国会、政治状況のもと、軍拡の進行と危険性を市民が訴え、その進行を許さない ②国会の改憲をめぐる状況の変化を踏まええ、改めて改憲の狙いと危険性を訴える ③市民と野党の共闘の再構築と強化、これこそが必要だ、と３点を挙げて講演を締めくくった。

石破氏の危険な憲法論と異様な安全保障観

　次に登壇した東京慈恵会医科大学名誉教授の小澤隆一さん（写真）は、「石破『戦争をする国』づくり改憲の危険な憲法論と安全保障観」のテーマで講演した。

　小澤さんは初めに、石破氏の本来の憲法論と安全保障観を「地金」として確認し、客観的な情勢と「地金」の距離を測りながら、今後、石破政権がどのように憲法破壊をやってくるのか、改憲の策動をどうやって進めてくるのか、をしっかり見極めていく必要がある、と講演の狙いに触れた。

　石破氏の安全保障観について、小澤さんは「非常に異様なものだ」と指摘。石破氏がハドソン研究所ウェブ版（２４年９月２５日）に寄稿した「日本の外交政策の将来」と題する論文から、主な主張として ①アジア版ＮＡＴＯの創設（中国・ロシア・北朝鮮の「核連合に対する抑止力」として必要。そのためにアメリカの核を共有する）②国家安全保障基本法の制定（この法律を作った後に憲法改正）③日米同盟の米英同盟並みの強化（現在の日米安全保障条約は「非対称双務条約」であり、日米対等の同盟にしていくための安保条約と地位協定を改定する）、の三つを挙げた。

　アジア版ＮＡＴＯに関しては、読売新聞の１０月１日付社説が「これは同盟を混乱させかねない発言」と批判。アメリカからも冷たい反応があり、アジアからも警戒・反発の声が聞こえてくる。小澤さんは「こんな構想をなぜ９月２５日の段階で出したのか。石破氏の政治家としての『政治センス』が疑われる」と厳しく指摘した。

　石破氏の国家安全保障基本法へのこだわりについては、「１５年の安保法制でも、２２年の『安保三文書』でも足りない、という問題意識から、こう言っているのだろう。基本法を制定してから憲法改正、と主張しているが、私は、石破氏は明文改憲にはあまりこだわっていないのではないか、と感じた。自衛隊を立派な軍隊にするのが彼の主眼であって、憲法がどうなるかはあまりこだわらない。その点では安倍氏とは対極にある」と述べた。

　日米同盟に関しては、石破氏には安保条約＝「非対称双務条約」という特異な認識があり、ハドソン研論文では「米は日本『防衛』の義務を負い、日本は米に『基地提供』の義務を負うのが現在の日米安保条約の仕組み」と述べている。小澤さんは「これは現行安保条約について、全く不正確な理解だ。現行安保条約は５条で日米共同防衛を定めている。安保改定をしないまま、この間の三つのガイドラインによって事実上、自衛隊がどんどん海外に出て行って、アメリカと一緒に戦争できるような仕組みがつくられてきている。そして１５年の安保法制が出来上がる。こういう動きを、石破氏の『非対称双務条約』としての安保条約というものは、全然頭に入れていない。荒唐無稽な議論を組み立てている」と大きな疑問を呈した。

　次に、小澤さんは石破氏の憲法論について論じた。「石破氏は『集団的自衛権は今の憲法のもとでも行使できる』としているが、政府でさえ、そんなことは言っていない。彼は自著の中で、『改憲せずとも行使はできる。憲法解釈を変えればいいし、従来も変えてきた。今まで、集団的自衛権は行使できないとしてきたのは、単なる政策判断だった。政策判断をこれからは変える、とすればいい』と述べている。これは内閣法制局もカンカンになって怒る理屈で、これは憲法解釈の放棄そのものだ」と厳しく批判した。

　アメリカでは来年１月にトランプ政権が発足し、石破政権との関係はどうなるのか。トランプ政権は日本に対し、大軍拡の推進、基地の増強、基地の大幅増などを求めて、強行に圧力をかけてくることが予想される。小澤さんは「石破政権にこれに対抗するパワーはあるのか。少数与党では、パワーはないと思われる。ある意味では、石破氏がトランプ政権に向き合うパワーの源泉は、私たちの『九条守れ』の声だ。それがバックになって初めて、抵抗する力が彼には何とか宿る。こういう関係になっているのではないか。問われるのは、立憲野党の憲法破壊の政治に反対する結束と、私たち九条の会と立憲野党との強い絆だ。まさに今、九条の会と市民の運動の頑張りどころに来ている」と、軍拡や改憲には反対する運動の強化を呼びかけた。