本文の先頭へ
〔週刊 本の発見〕「すべての野蛮人を根絶やしにせよ」
Home 検索

毎木曜掲載・第317回(2023/10/2)

ホロコーストの起源としての植民地主義

スヴェン・リンドクヴィスト「すべての野蛮人を根絶やしにせよ」〜『闇の奥』とヨーロッパの大虐殺(ヘレンハルメ美穂訳、青土社、2023)/評者:菊池恵介

 戦後ヨーロッパでは、長らくホロコーストを「歴史上、類例のない出来事」として絶対化した上で、その原因をヒトラーの狂気や全体主義などに求めてきた。だが、本書によれば、特定の人間集団を「劣等人種」とみなし、「進歩」のためなら犠牲にしても構わないとする思想は、特にナチズムの発明ではない。むしろ、コロンブスの「発見」以来、500年にわたって西洋列強が南北アメリカ大陸やアフリカ、オセアニアなどで繰り広げてきたことである。かつて『植民地主義論』でエメ・セゼールが告発したように、ナチスのユダヤ人大虐殺は、ある意味で、ヨーロッパの「外」で行われてきた蛮行を「内」に向けて炸裂させたにすぎない。

 それでは、近代社会はいかにして人種イデオロギーや優生思想などを編み出し、ヨーロッパへと逆輸入するにいたったのか。ジョゼフ・コンラードの『闇の奥』の一文を表題とする本書は、「文明化の使命」を掲げて「新世界」に入植したヨーロッパ人が、先住民の征服と略奪を通じて新たな野蛮状態へと転落していくプロセスを、当時の探検家や宣教師、政治家や科学者たちの手記を手がかりに壮大なスケールで描き出していく。

 著者のスヴェン・リンドクヴィスト(1932-2019)は、ストックホルム生まれのノンフィクション作家である。オセアニアの征服を描いた『無主の地(Terra Nullius)』や、飛行船の発明を原点とする『空爆の歴史(A History of Bombing)』など、30冊以上の著作がある。その代表作として知られる本書は、1992年にスウェーデンで刊行されて以来、15か国語に翻訳され、世界的ベストセラーとなってきた。私自身、二十年前にブリュッセルの書店で平積みにされた本書を手にして以来、何度となく読み返し、多くのインスピレーションを与えられてきた。以下では、「キュビエの発見」から「生存圏、死滅圏」にいたる後半部分の要旨を紹介して行こう。

天地創造説から進化論へ

 近代以前のキリスト教の世界観では、神が創造した世界は完璧なものであり、その創造物が死滅し、消えてなくなることはありえないと信じられてきた。だが、地質学的調査によって巨大な動物の化石が発見され、絶滅した世界の存在が明らかになると、天地創造説に代わる新たな説明原理が求められるようになった。その役割を担ったのが、当時の地質学者や生物学者たちであった。「フランス科学界のナポレオン」と呼ばれたジョルジュ・キュビエは、シベリアや北米で発見されたマンモスなどの化石を分析し、それらが「絶滅した世界」のものであることを証明した。また、その原因として、フランス革命のテロルに匹敵する、巨大な天変地異が発生し、地球上に存在した大部分の種族を絶滅させた可能性があることを示唆した。フランス革命のテロルを経験したばかりの同時代人にとって、キュビエの発見は強烈な印象を残した。一方、イギリスの産業革命を経験したチャールズ・ライエルは、地質学的な変化は天変地異などの突然の出来事ではなく、浸食や体積、隆起、沈殿といった緩やかな変化の産物であることを主張した。新式機械の発明によって古い生産様式が淘汰されたように、自然界においても、変化する環境に適応できない種族は滅び行く運命にあるというのである。さらに、その弟子にあたるダーウィンは、動植物が環境に適応し、進化を遂げるプロセスを描き出した。

 こうして、進化論に基づく新しい世界観が形成されたが、それはヨーロッパ人の入植活動を背景に、新世界の先住民が急速に絶滅していく時期とも重なっていた。実際、コロンブスが到達した当時の南北アメリカ大陸の総人口は約7千万人と推定されているが、三百年後には、その90から95パーセントが死滅している。とりわけ、人口密度が高かったカリブ海やラテンアメリカ地域では、先住民の90%以上が百年のうちに死に絶えたのである。その大半は入植者が持ち込んだ病原菌で死亡しており、必ずしも暴力的な死を遂げたわけではない。だが、白人入植者の到来とともに、いたるところで「人口学的カタストローフ」が起きたことから、これを合理化し、正当化する多様な言説が生み出されていった。

 まず、最初に登場したのは「神の介入」という言説である。初期の北米入植者のダニエル・デントンは、「英語人の移住先では神が介入して、部族間の抗争や死に至る病などによってインディアンを取り除き、英国人のため道を整えてくださる」と1670年に記している。だが、19世紀に入ると、宗教的説明に代わり、生物学的説明が主流となり、「人種に関する何らかの自然法則があって、非ヨーロッパ人の絶滅は自然な発展の一環なのだろう」と考えられるようになった。この一連の「絶滅説」に科学のお墨付きを与えたのが、ライエルやダーウィンらの学説だった。

 若き日のダーウィンは、ビーグル号に乗って世界を周遊した際、南米パタゴニアに上陸し、ロサス将軍による先住民狩りを目撃し、驚愕した(『ビーグル号航海記(1839)』)。だが、二十年後、『種の起源』(1859)によって一世を風靡し、さらに晩年になって『人間の由来』(1871)を刊行する頃には、新世界での出来事を「自然選択」のプロセスとして達観できる境地に到達していった。

ダーウィンからヒトラーへ

 こうして植民地支配を背景に人種理論や優生学、社会ダーウィニズムが定着したが、それらがヨーロッパに逆輸入される上で重要な役割を果たしたのが、ドイツの生物学者や地理学者であった。19世紀中葉まで、ドイツは植民地を持たず、いかなる未開民族も絶滅させたことがなかった。ところが、1870年代以降、国家統一を背景に急速に工業化し、商品の販路や原料供給地を求めて「西南アフリカ」(現在のナミビア)への入植を開始する頃には、独自の人種理論を構築し始めていた。その中心的な担い手の一人が、『地政学』(1897)や『生存圏』(1901)の著者として知られるフリードリッヒ・ラッツエルである。

 植民地帝国の構築を目指す「パン・ゲルマン主義連盟」の創設メンバーでもあったラッツエルにとって、領土の拡張こそ、ドイツ民族の生存の条件であった。だが、すでに植民地の大半は英仏に領有され、「無主の地」は消滅しつつある。そこで、ドイツ民族が生き延びるためには、実力で新たな領土を獲得する必要があるというのである。こうして、ラッツエルの「生存圏(Lebensraum)」の理論は、ドイツ帝国の対外膨張を正当化する論拠として世紀転換期に浸透していった。

 だが、第一次世界大戦に敗れたドイツは、ベルサイユ講和条約で巨額の賠償金を課されると同時に、1878年のベルリン会議以降、獲得したすべての海外領土を戦勝国に奪われた。そこでリベンジを誓って登場したヒトラーが目を付けたのが、ヨーロッパ大陸だった。「ヒトラーは『わが闘争』ですでに、ドイツとイギリスがどのように世界を二分すべきかを説明している。イギリスはすでに西アメリカへ、南のインドやアフリカへ進出したのだから、ドイツは東へ拡大するべきだ、と」。こうして、ズデーデン併合やポーランド侵攻を経て、1941年8月にソ連侵攻に踏み切った。ヒトラーの「植民地戦争」とホロコーストの始まりである。

 本書によれば、ナチスの東方拡大の目的は、ユダヤ人の大量殺戮ではなく、ドイツ民族の「生存圏」を拡大することであった。また、強制収容所での絶滅政策は、キリスト教文化圏における反ユダヤ主義の伝統の直接的な帰結ではなく、むしろ、ヨーロッパが新世界で領土を拡大する過程で生み出されたジェノサイドの思想に由来するものだった。その至上命題こそ、「すべての野蛮人を根絶やしにせよ」だった。「ユダヤ人は、生存圏の理論に照らすと、アフリカの奥地で暮らす矮小の狩猟民族と同様、土地を持たない民族だった。ロシア人やポーランド人よりもさらに劣った人種、生きる権利を主張することもできない人種とみなされた。そんな劣等人種が邪魔なところにいるなら、根絶やしにしてやるのは当然」だとされた。こうして、ヨーロッパにおける千年来の反ユダヤ主義の伝統と、近代の植民地主義を背景とする「ジェノサイドの思想」が融合することで、ホロコーストの悲劇がもたらされたというのである。

 第二次大戦後の連合国は、ナチスの戦犯や対独協力者の責任を追求する一方、西洋列強による奴隷制や植民地支配などの歴史的不正を不問に付してきた。その暗黙の合意を揺るがす契機となったのが、2001年に南アフリカのダーバンで開催された「世界人種差別撤廃会議」である。ダーバン会議では、カリブ・アフリカ諸国がはじめて国連の舞台で奴隷制や植民支配の「補償(reparation)」を求め、日本を含む旧宗主国の激しい反発を呼び起こした。カリブ・アフリカ諸国の代表は「法の不遡及原則」を唱える旧宗主国側の主張を崩せず、具体的な補償の方法をめぐる議論にはいたらなかった。だがその後も世界各地で補償請求運動が繰り広げられ、オセアニア先住民の遺骨の返還やアフリカへの文化財返還が実現するなど、少しずつ実を結び始めている。「過去の克服」のグローバル化は可能か。ホロコーストの歴史的起源をたどる本書は、21世紀の植民地責任論を検討する上で、強力な手がかりを与えてくれる。

*「社会ダーウィニズムと戦争」に関するドキュメンタリーとしては、『第二帝政の生物学』という短編(14分)がある。https://vimeo.com/470647514/1eb6a442b8?share=copy

*「週刊 本の発見」は毎週木曜日に掲載します。筆者は、大西赤人、志水博子、志真秀弘、菊池恵介、佐々木有美、根岸恵子、黒鉄好、加藤直樹、わたなべ・みおき、ほかです。


Created by staff01. Last modified on 2023-10-02 12:25:45 Copyright: Default

このページの先頭に戻る

レイバーネット日本 / このサイトに関する連絡は <staff@labornetjp.org> 宛にお願いします。 サイトの記事利用について