〔週刊 本の発見〕『春秋の花』(大西巨人著) | |||||||
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毎木曜掲載・第315回(2023/9/21) 楽しい大西巨人ワールド『春秋の花』(大西巨人、講談社文芸文庫、2023年7月刊、2100円)評者:志真秀弘本書は、もともとは1993年11月創刊の『週刊金曜日』に足かけ3年通算103回にわたって連載されたものである。当時『週刊金曜日』を開くと、1ページの目次上段にこの連載が囲みで載っていたと私は記憶している。連載「春秋の花」は『週刊金曜日』創刊からのいわば呼びもの企画であった。その後96年『春秋の花』は光文社から四六版で刊行された。それから30年近くが経ち、年譜・解説(城戸朱里)等を付して復刻された。この生命力の強さはもちろん内容による。 本書には連載のすべて、短歌、俳句、さらに無季の詩文などおよそ三百五十余編(作者百三十余人)を春夏秋冬の四部にわけている。開いた右ページに詩文、脇に詩文作者のプロフィール、左ページに300字ほどのコメントという構成ですべて見開き2ページに収められる。作者紹介・解説もすべて著者の大西。 巻頭は、連載第1回と同じくこの文から始まっている。 「困難を冒して人生社会の険阻をいく」被抑圧者への、そして大西自身へのエールがこめられている。 「一ぽんの蝋燭の灯に顔よせて語るは寂し生き残りつる/島木赤彦」が秋の部で紹介される。「・・兵庫県南部地震〔関西大震災〕の電波放送を視聴しながら、私は掲出歌や与謝野晶子の「この夜半に生き残りたる数探る怪しき風の人間を吹く」を思い浮かべた。〔一九九五年正月十七日深夜筆〕と記されている。大西の視野はこのように社会に向かって絶えず開かれていた。社会と人間とに対する厳しい批評もそこから生まれた。*写真=大西巨人氏 あるいは「年たけて又こゆべしと思いきやいのちなりけりさ夜の中山/西行」には「なにしろ『勝手にしろとでもいう外ない傑作』」とのコメントが付されていて、このユーモラスな表現も著者大西の持ち味に他ならない。 名前だけになるが茨木のり子、あるいは吉川英治、また吉本隆明、柄谷行人、さらに川端康成などなどー意外な人、知られていない人も多く登場しそれを見ていくだけで興味深い。 80年代後半のことだったと思う。編集者として与野本町の御宅に私が伺った時のこと。原稿を受け取り、雑談になった。その時夏目漱石の自然描写には優れたものがあると話をされ、『明暗』の終わりの方に「こんなところがあったじゃろう」と言われ淡々と暗誦された。「一方には空を凌ぐほどの高い樹が聳えていた。星月夜の光に映るもの凄い影から判断すると古松らしい其の木と、突然一方に聞こえ出した奔湍の音とが、久しく都会の中を出なかった津田の心に不時の一転化を與えた。彼は忘れた記憶を思ひ出した時のやうな気分になった」。 これを聞いてもちろん驚いたが、同時に鍛錬を経た一級の技能、たとえていえば100m10秒を切る疾走を眼の前で見ることができた爽快感を感じた。なお『明暗』のこのくだりは本書にもある。 『春秋の花』は、書くために特別の調査をしたのではなく記憶から「随意に取り出」したものだと大西は書いている。本書は著者の博覧強記の産物であり、紛れもなく大西巨人ワールドである。思いがけない楽しさが随所に溢れている。ぜひとも一人でも多くの人に読んでほしい。 巻末の大西美智子「著者に代わって読者へ」は著者が「貧困の生活」にありながら屈するどころか、意気軒高に自らを励まし、そしてみんなを励ます仕事をしたかが伝えられ心にしみる。また「年譜」は懇切丁寧な仕事である。私が関わる〈あるくラジオ〉も記録されていてうれしかった。 *「週刊 本の発見」は毎週木曜日に掲載します。筆者は、大西赤人、志水博子、志真秀弘、菊池恵介、佐々木有美、根岸恵子、黒鉄好、加藤直樹、わたなべ・みおき、ほかです。 Created by staff01. Last modified on 2023-09-21 18:46:55 Copyright: Default |