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世代を超えて引き継がれる戦争〜黒井秋夫さんと戦争PTSD

堀切さとみ

 毎年毎年、戦争を直接体験した人が亡くなっていく。戦争を語る人がいなくなったらどうなってしまうのか。そんな心配をするのは私だけではないだろう。
 今、復員兵本人でなく、子ども世代が証言を始めている。多くが50代から70代の戦後生まれだ。日本の戦争は78年前で終わったのではない。生きて帰った後も、地獄は続いていた。

 今年の8月15日の朝日新聞は、二面にわたって戦争PTSDをとりあげた。PTSDはトラウマの一種で「心が絶えられないほどの衝撃を受け、現在に至るまで恐怖や不快感をもたらし続ける状態」をいう。
 トップ記事を飾ったのは、復員した日本兵の息子、黒井秋夫さん(74)。ちょうどこの日、都内にある黒テントカフェで話を聞くことができた。
 黒井さんは40人ほど集まった人を前に、朝日新聞を掲げてみせた。「取材にくる記者さんに、必ず言うことがある。こうなった責任の一端は、あなたたちにあるんだよと」

 中国戦線からの復員兵だった黒井さんの父は、定職につかず家族と話もしないまま生涯を終えた。まるで「でくのぼう」のようだったと、黒井さんは父を軽蔑し続けていたという。
 亡くなって何年もたってから、海兵隊員アレン・ネルソンさんの話を聞き、初めて父の「閉じた人生」に思いを馳せるようになった。やがて確信をもつ。「父はもともとこういう人だったのではない。戦争が父を変えたのだ」。


*NNNドキュメント『でくのぼう〜戦争とPTSD』より

 欧米では、戦争から帰った兵士の精神の病は、早くから問題にされていた。アメリカではベトナムやアフガンからの帰還兵の20〜50%が発症したといわれている。しかし、日本ではほとんど聞いたことがない。
 しかし、国府台陸軍病院(千葉県市川市)には、戦争神経症に侵された兵士が1万人収容され、8千人分のカルテが残されていた。
 全身の強い痙攣、立つことも歩くことも出来ない元兵士たちのフィルムが初めて公開された時、黒井さんは腹が立って仕方なかったという。新聞は「大戦名物の<砲弾病>、皇軍には皆無」と発表。人間の心をなくし、廃人のように生きた人達のことを、国は隠し、存在そのものを否認し続けた。

 2018年に黒井さんは「PTSDの復員日本兵と暮らした家族が語り合う会」を立ち上げ、武蔵村山市の自宅に小さな資料館をつくった。戦争トラウマを抱えた日本兵とその家族は、少なくないと思うからだ。
 復員兵の多くが自らの加害性を封印し、抑え込んだ感情を家族への暴力という形で炸裂させていた。酒を飲んでは、母のことを殴り蹴りつける父。ある女性は「母が死んでしまうのではないかと心底恐怖した。家族を持つことが怖くなり、子どもを作るまいと決めて生きてきた」という。暴虐の限りを尽くした父が亡くなった時、思わずバンザイしたという兄妹。働かない父のもとに育った子どもの中には、学校にも行けず、将来への希望が絶たれた人もいる。日本兵のトラウマは子どもだけでなく、孫の世代にまで及ぶケースもある。

 「自分のしたことを話せる環境があれば、父の人生は違ったものになっていただろう」と黒井さんは悔やむ。「隠したい」「しかし誰かに聞いて欲しい」という感情は、心の奥深く、潜在していたに違いない。PTSDはその人間性の発露ともいえた。
 しかし、戦後の日本社会は語ることを許さなかった。黒井さんがこの夏に出版した『PTSDの日本兵家族の思いと願い』(あけび書房)を一読すれば、それがよくわかる。

 この本の中で一番驚いたのは、731部隊に軍医として派遣された父を持つ、野崎史郎さんの証言だ。まだ6歳だった野崎さんに、父は細菌培養、人体実験のことを、手柄話として語ったという。幼心に異常だと感じていたが、父に反省を促すような言葉をかけられなかった自分を苛み、野崎さん自身が精神を病んでしまう。
 国家が強制した人殺しの責任を、個人や家族が背負う。その根っこを見る思いだ。


*黒井秋夫さんが作った資料館の入口

 黒井さんが開いた資料館には、たくさんの子どもたちがやってくる。手りゅう弾や手りゅう弾に触らせ、「人を殺したり、殺されたりする人間になってはいけない」「何事(戦争)があっても生き延びろ」と話す。子どもたちは真剣に聞くそうだ。

 「戦争する覚悟が大事だ」と発言した麻生太郎氏は、戦争の何を知っているのだろうか。ぜひ資料館に来て、子どもたちと対峙してもらいたい。

『PTSDの復員日本兵と暮らした家族が語り合う会』ホームページ
https://www.ptsd-nihonhei.com/

 9月3日(日)13時から武蔵村山市民会館大ホールで「PTSDの日本兵と家族の思いと願い 東京証言集会」が開催されます。  


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