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LNJ Logo 〔週刊 本の発見〕ダグラス・ラミス『ガンジーの危険な平和憲法案』
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毎木曜掲載・第270回(2022/9/22)

国家から卒業するとき

『ガンジーの危険な平和憲法案』(C・ダグラス・ラミス 集英社新書 2009年刊)評者:佐々木有美
 本書を読んだのは、実は5、6年前のことである。今年2月のロシアによる全面的なウクライナ侵攻開始で、戦争・国家・暴力ということばがたえず頭の中をめぐるようになった。そこで再びたどり着いた一冊が本書である。著者は、現在沖縄に住む政治学者で、日本の憲法問題を追究するダグラス・ラミスさん。現役の反戦活動家でもある。彼は2004年にインドの発展社会研究所に招聘され、研究論文を書くことになった。そこで選んだのがインド憲法の作成過程だった。というより、著者の関心は、“非暴力主義を掲げたインド国民会議という政治勢力が、なぜ軍隊の存在を認める「普通」の国家の憲法を生み出したのか”ということにあった。

 実はガンジーには、インドの憲法作成委員会とはまったく別の憲法案があった。ガンジーの弟子のアガルワルは、ガンジーの憲法に関する発言を収集し、自らの解釈を加えて、1945年(あるいは1946年)に『自由インドのためのガンジー的憲法案』を出版していた。しかしこの本は憲法作成委員会から無視され、この本の存在自体がほとんど知られていない。なぜそうした事態が起こったのか、一言でいえば、ネルーをはじめ国民会議の主要なメンバーたちは、軍隊や警察を持つ普通の近代国家を望んだのに、ガンジーはそれとはまったく違う道を主張していたからだ。(*写真右=行進中のガンジー)

 言うまでもなく、ガンジーはインド独立の父と呼ばれている。1920年から国民会議を中心に非暴力・不服従(非協力)運動を全土で展開した。ガンジーによれば、イギリスのインドへの支配は、インド人の積極的な協力で成り立っている。スワラージ(自立)キャンペーンと呼ばれたこの運動は、イギリス支配下の学校・裁判所・議会のボイコットと輸入品の拒否(国産品使用=スワデーシ)で植民地支配を覆そうとした。著者に言わせれば、「植民地政府とは別の原理の組織を下から発展させて植民地政府を下から吸い取ろうとした」。つまり経済的・精神的・倫理的に自立することで、ガンジーは新しい社会構造をつくろうとしたというわけだ。最終的に、大英帝国は非暴力・非協力という実力闘争に敗北しインドは解放された。

 それでは、ガンジーの新憲法案には、何が書かれていたのか。憲法作成委員会が、インド全体を一つの共和国としたのに対して、ガンジー案は、国家主権をインドにある70万の村に置くとした。つまり70万の主権国家が生まれるというわけだ。この村々には、もちろん、軍隊も警察もない。一見、荒唐無稽にも見えるこの案は、実は現実的な基盤をもっていた。昔からインドの村は高度の自治を持ち、地産地消を体現していた。ガンジーは村に、暴力を本質とする国家とは根源的に異なる、スワラージ(自立)を基本とする政治形態を作ろうとした。

 1948年1月にガンジーは、国民会議に新憲法案を渡した。村を中心にした運動を復活させようとしたのだ。しかしその日、彼は暗殺された。ガンジーの思想や新憲法案を現代に生かすとしたらと、わたしは考える。「自立」という言葉が大きく迫ってくる。戦争をはじめ国家の暴力に抗うこと。こころと暮しを国家から取り戻すこと。スペインをはじめ世界には、地域から社会を変える運動がもう始まっている。そろそろ人類は国家から卒業していいころなのかもしれない。

*「週刊 本の発見」は毎週木曜日に掲載します。筆者は、大西赤人、志水博子、志真秀弘、菊池恵介、佐々木有美、根岸恵子、黒鉄好、加藤直樹、わたなべ・みおき、ほかです。


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