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LNJ Logo 〔週刊 本の発見〕東京大空襲の記憶『炎のなかで、娘は背中で……』
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毎木曜掲載・第197回(2021/3/25)

東京大空襲の記憶

『炎のなかで、娘は背中で……―3月10日、夫・子・母を失う―』【改訂版】(鎌田十六・早乙女勝元著、本の泉社・2021年3月、500円+税)評者:佐々木有美

 今年は、1945年3月10日の東京大空襲から76年目にあたる。東日本大震災10周年の陰にかくれて報道は少なかった。一夜にして死者・行方不明者約10万人、罹災者100万人に及んだ大空襲を忘れてはならない。このブックレットの筆者・鎌田十六(トム)さんは、大空襲で夫と実母、生後7か月の娘を失った。当時、鎌田さんは台東区蔵前に住んでいた。前日9日の夜は美しい月夜だったという。彼女はその月を、背負った娘・早苗ちゃんに眺めさせた。

 10日深夜空襲が始まると、強い北風に煽られてまたたくまにあたりは火の海に。一家は、近くの墨田川ベリのごみ処理場に避難した。娘を背負った鎌田さんはそこで川に落ち、母とはぐれ、夫とも離別。死にそうな思いで、土手を這い上がり、黒焦げの死体につまずきながら避難所の国民学校にたどり着いた。その時すでに早苗ちゃんは息絶えていた。「お地蔵さんのように可愛い顔の鼻にも額にも火傷の跡がいっぱい。衣類は川に入ったのでビッショリ。火攻め水攻めとはこのことか。…わが子の顔を見つめながら、身体をさすっていましたが、なぜか涙は出ませんでした。もう悲しみを通り越していたのだろうと思います。」共著者の早乙女勝元によれば、こうした体験をした母親は多いはずだが、当事者による記録は非常に珍しいという。母親たちは、わが子の死を思い出すのも苦しかったに違いない。鎌田さんの勇気ある証言は貴重である。

 そもそも東京大空襲はどのような過程で行われたのか。1944年夏、米軍はサイパンなどの日本軍を壊滅させ、爆撃機B29の前線基地を作った。11月末からは、日本本土の空襲を開始。早乙女によれば「海の彼方にあったはずの“戦場”が国土に移行した」のである。その最初の大規模空襲が東京下町をターゲットにした無差別爆撃(東京大空襲)だった。300機のB29が1700トンの焼夷弾を落とした。当時、男たちは戦場へ駆り出され、残された女性や子どもの多くが犠牲になった。

 鎌田さんの戦後は見事だった。一人ぼっちになった彼女は、上野駅周辺にたむろす戦災孤児と出会った。飢えて、衣類も身体も汚れた子どもたちを見て「かわいそうでしばらくそこを動けませんでした。その子たちのことで頭がいっぱいでした。国の犠牲になったこの子たちを国はなぜ面倒を見ないのだろうか。世間知らずの私は、さっぱりわかりません。」鎌田さんは、この子たちの面倒を見たいと決意し、保母として戦争孤児たちの擁護施設へ。その後は、児童施設に移り70歳まで子どもたちに母と慕われ働き続けた。昨年(2020年)11月、107歳で亡くなった。*写真=鎌田十六さん

 軍人や軍属には国からの援護や補償があったが、民間の戦争被害者には、戦後一貫して何の補償も支援もなかった。2008年には、東京大空襲被害者・遺族による国への謝罪と補償を求める訴訟が起こされたが、2013年最高裁の上告棄却で、敗訴が確定した。45年3月10日正午の大本営のラジオ発表は「……右盲爆ニヨリ都内各所ニ火災ヲ生ジタルモ、宮内省主馬寮ハ二時三五分、其ノ他は八時頃迄ニ鎮火セリ」と発表した。早乙女は「当局は、皇居の安泰しか眼中になかったらしく、100万人もの罹災者と10万人にも及ぶ都民の生命は、『その他』でしかなかったのだ」と書いている。

 「棄民」という言葉が浮かんだ。沖縄、広島・長崎…そして東電原発事故、コロナ禍の今を見ても国は一貫して民を見捨ててきた。忘却こそが国家の望むところなのである。忘れないこと、記録することの大切さをいま思う。

*東京都の資料館建設凍結を受けて2002年3月江東区北砂に民立民営の「東京大空襲・戦災資料センター」https://tokyo-sensai.net/ が設立された。鎌田さんの娘・早苗ちゃんの形見の着物も展示されている。

*「週刊 本の発見」は毎週木曜日に掲載します。筆者は、大西赤人・志真秀弘・菊池恵介・佐々木有美・根岸恵子・志水博子、ほかです。


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