〔週刊 本の発見〕『世界を動かす変革の力ーブラック・ライブズ・マター』 | |||||||
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毎木曜掲載・第187回(2021/1/14) 尊厳が守られ生き抜くこと『世界を動かす変革の力ーブラック・ライブズ・マター』(アリシア・ガーザ 著、人権学習コレクティブ 監訳、明石書店、2420円)評者:根岸恵子1月6日のトランプ支持者による連邦議会議事堂への突入は、アメリカという国 の危うさを露呈させ、世界中の人々をげんなりさせた。民主主義だの人道だの人 権だのをお題目のように唱えながら、実は暴力を是認する国家であると改めて考 えさせられた。銃規制をせず戦争大国であるこの国は、いつだって暴力によって 弱者を抑え続けてきたのではないか。暴徒が掲げた南軍の旗、リンチに使われた 首吊り縄は、今でも白人至上主義者によって、こうして象徴的に使われる。 本書はアリシア・ガーザというブラック・ライブス・マターという運動を始め た一人の女性が書いた、運動論であるとともに、彼女の半生記でもある。アリシ アはサンフランシスコの比較的裕福な地域で育ち、人種的にも多様なところで あったにもかかわらず、彼女はいつも人種的な疎外感を感じていたという。社会 運動に参加していくなかで、彼女の経験値がどう生かされているのか、この本は 時々彼女の感情を吐露させ、またアリシア・ガーザという生身の人間を目の当た りにさせてくれる。 彼女は巻頭で「私たちの政治活動にとって、最も大切なことは、尊厳が守ら れ、生き抜くことなのである」と述べている。そうこれは命の問題。黒人の命は 大切だ。 『私はあなたのニグロではない』(2016年 ラウル・ベック監督)という映画 がある。作家で公民権運動家のジェイムズ・ボールドウィンの未完成原稿 『Remember This House』を基にしたドキュメンタリーである。冒頭のシーンは 1968年のTVでのインタヴューで、「なぜ黒人は悲観するのか、黒人の市長もいる し、スポーツ界や政界にも進出している。これだけ世の中が変わっても希望はな いの?」との質問に、ボールドウィンはこう答えている。「希望はないと思って います。問題をすり替えている限りはね。これは黒人の状況の問題ではありませ ん。それも大切ですが、一番の問題は、この国そのものです」。黒人は白人にな りたいのではない。白人のような生活がしたいのでもない。 私はレーガン政権の一時期アメリカにいた。各地を転々としながら、ロサンゼ ルスは進歩的で開放的なところだと思っていたが、人々は人種や民族、出身国に 分れて居住していた。それぞれのコミュニティは互いに交わることがなく存在 し、そしてそれが制度的であることを後から知った。 アリシアが「特定人種への不動産売買禁止、レッドライニング、再開発による 高級化、その他の社会的、経済的要因が居住地を形成し、階級と人種によって住 民を分断している」と述べているように、この分断は人種差別を煽る結果になっ ている。 桐島洋子の『淋しいアメリカ人』は60年代のアメリカを書いたノンフィクショ ンだが、白人の住宅地に黒人が引っ越してくると土地の価格が暴落すると書かれ ている。実際私がいた80年代でさえ、そうであった。白人の住む芝生に囲まれた 住宅地は、黒人は住むことができなかった。そして、分断された人々は他者に対 し疑心暗鬼と恐怖心を生むのだ。 あるとき、同居人からウエスタン通りのマクドナルドは黒人が経営していて、 白人は怖くて行けないという話を聞いた。私は好奇心旺盛で怖いもの知らずだっ たから、行ってみたいと興味を持った。白人からも黒人からも相手にされない東 アジア人の小娘は、追い出されるか、歓迎してくれるか見てやろうと思ったの だ。しかし、実際行ってみると肩透かしというか、当たり前というか、日本のマ クドナルドと同様な接客を受けただけだった。 さて、その店内には黒人の偉人たちの写真が並んでいた。たぶんその中にはキ ング牧師やマルコムXの写真が並んでいただろうが覚えてはいない。記憶にある のは唯一の白人ジョン・F・ケネディの写真だった。私はそこに彼らの思慮深い 公平性を見た。私は自分の先入観がどんなに浅はかで差別的であったかを思い知 らされ、「怖い」というのが人々の偏見であることを知った。
1991年にその近くでロドニー・キングという黒人の若者が警官からひどく殴打 され、それがきっかけで「ロス暴動」が起きた。黒人が在米韓国人に怒りを向け た時、多くのTVが金持ちの韓国人へのねたみだと語っていたが、それは違うと 思った。隣り合うコミュニティの分断政策が生んだ悲劇だと思った。普段から交 友があれば、互いを理解し、こんな暴力は起こらなかったはずだ。アリシアも本 書の中で同じようなことを繰り返し述べている。 アリシアにとってこの暴動は、のちの彼女の運動に影響を与えただろう。まだ 子供であった彼女にさえ「黒人たちは、自分の生命の価値を貶めてしまうような 根強い人種差別の力学に激怒していた」と感じたのだから。 ブラック・ライブズ・マターの運動は、2012年にフロリダで17歳のトレイボー ン・マーティンが、白人の自警団ジョージ・ジーマンによって射殺されたことが きっかけで始まった。ジーマンは翌年無罪となり、その憤りがアリシアにSNS上 で#blacklivesmatterを誕生させた。彼女の書き込みには、「黒人の命がかかっ ている」とある。以来、多くの黒人が理不尽にも警官たちに殺されていくたび に、この言葉は大きく広がっていった。 この運動の特徴は、運動のリーダー(ほとんどは暗殺された)が聴衆の前で訴 えるのではなく、#を付けることで誰でもが運動に参加でき、自分の考えを発信 できることだ。#metoo運動もそうだが、それは世界中に瞬時に広がり、共鳴音 が轟くように人々を立ち上げさせる。しかし、そうした運動は顔の見えない運動 として存在し、アリシアはこれを顔の見える運動にしたいと考える。運動の社会 化と組織化がなければ政治や制度に影響を与えるのは難しいだろう。 彼女が試行錯誤を続ける中、昨年5月にミネアポリス近郊で、ジョージ・フロ イドが白人警官によって殺された。ブラック・ライブズ・マターの運動は世界中 にデモを起こさせ、かつての侵略者たちの銅像をなぎ倒していった。今までにな かったことだが、先住民の居留地にもブラック・ライブス・マターの旗が翻った。 先日、アメリカは東京オリンピック(やるのかは不明)において、人種的なパ フォーマンスについて選手の自由に任せ、罰則はしないと公表した。これは、ブ ラック・ライブス・マターの起こした前進であると思う。私はアリシアたちが始 めた運動に未来を感じている。 1965年キング牧師は、アラバマ州セルマのペタス橋を行進する。映画 『Selma(邦題・グローリー/明日への行進)』(2014年エイヴァ・デュヴァーネ イ監督)は、当時の弾圧と差別のなかでの公民権を求める黒人たちの運動を描い ている。 このベスタ橋の行進は、過激な警官による暴力がTV放映されたことで、多くの 人々の共感を呼び、黒人だけでなく様々な人々の行進への参加を促す結果になっ た。この行進が政治を動かし、公民権獲得への道筋を開いたといわれる。 アリシアは今、この橋を再び越えていくだろう。はるかに多くの人々ととも に、はるかに多くの多様な人々とともに。 「私たちにとって重要なのは、分断されたときにどうやって団結するかなのだ」 *「週刊 本の発見」は毎週木曜日に掲載します。筆者は、大西赤人・志真秀弘・菊池恵介・佐々木有美・根岸恵子・志水博子、ほかです。 Created by staff01. Last modified on 2021-01-14 00:05:36 Copyright: Default |