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LNJ Logo 太田昌国のコラム : 「過去の清算」と「記憶の回復」に向けた歩み
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 ●第56回 2021年6月14日(毎月10日)

 「過去の清算」と「記憶の回復」に向けた歩み

 【今回書く以下の文章の末尾部分は、2年前の当コラム(第35回)で書いたことと一部重複する。人間の記憶力は儚い。自分自身のためにも、読んでくださる方のためにも、「記憶の回復」に向けて何度でも繰り返し言及しなければならないことはあるのだ、と思うようになった。】

 一年前の米国ミネソタ州・ミネアポリスで起きた白人警官による黒人虐殺事件を契機に、BLM(ブラック・ライヴズ・マター)運動がヨリ大きな広がりを見せていることは私たちが知るところだ。それが米国内に留まらず世界各地に波及して、民族・植民地問題の根深さを、改めて教えてくれてもいる。


*写真=「タルサの虐殺」1000戸を超える家屋が破壊された

 今回は、ここ数ヵ月の間に米国から届いているニュースに注目したい。まず、中西部イリノイ州のエバンストン市議会は、去る3月末、過去の人種差別的な住宅政策や慣行で損害を被った黒人やその子孫に賠償を行なうことを決議した。人口7万3000人、うち黒人は17%という小都市での出来事である。「過去」の差別的な住宅政策とは、1919年から69年にかけて市当局が行なった、公共交通機関や生活インフラを欠く地域への移住を強要したことで、起点は実に102年前まで遡ることになる。対象は実際に差別を受けた黒人とその直系子孫で、1世帯あたり最高2万5000ドル(270万円)が支払われるという。市議会がこの件について1000万ドル(11億円)の賠償基金を創設する決議を採択したのは2019年だというから、BLM運動が一気に加速する以前から、「過去の清算」の動きはあったのだということになる。

 続いて去る6月1日、バイデン大統領は南部オクラホマ州タルサ市を訪れ、やはり100年前の5月31日に起こった、白人暴徒による黒人虐殺事件「タルサの虐殺」に言及しながら、「黒人社会から富と機会を奪う上で連邦政府が関わったことを考慮し、認めなければならない」と演説した。100年前の事件とは、白人女性に対する暴行容疑で黒人男性が逮捕されたとの知らせを聞いた白人群衆が暴徒化し、300人の黒人を殺害し、1000戸を超える家屋を破壊し尽くしたというものだ。もっとも、この歴史の「掘り起こし」は近年始まったばかりだから、事態を正確に復元するのは難しい。それでも2016年に就任した市長が虐殺事件について謝罪し、集団墓地の探索などを通して「記憶の回復」に手をつけると、5年後の今日、大統領がこの日に合わせて現地を訪問し、人種差別根絶の決意を示す演説を行なう程度には、事態は動いたのだ。バイデン政権は、去る5月のパレスチナ地区におけるイスラエルの軍事行動を非難しなかった。その意味では、この政権の「人権問題」に関わる基準がどこにあるかは今後も注視しなければならないが、タルサ演説が前向きな一里塚になることは間違いないだろう。

 エバンストンの場合もタルサの場合も、いずれも100年前の出来事に関わっての、「過去の清算」「記憶の回復」に向けた新しい動きであることに注目したい。「100年」といえば、否応なく思い出すことがある。再来年2023年は、関東大震災から「100年目」である。つまり、この震災の直後から、日本の官民が一体となって始めた朝鮮人虐殺から100年が経つことになる。私はこの間「1923年」が孕む諸問題について書いたり語ったりすることを意識的にやってきた。そのとき、在日朝鮮人歴史家・姜徳相氏の『新版 関東大震災・虐殺の記憶』(青丘文化社、2003年)を参考文献として必ず挙げた。そこでは、震災後の朝鮮人虐殺事件、亀戸事件(10人の社会主義者虐殺)、大杉事件(3人の虐殺)を並列して3大テロ事件として論ずる傾向が批判されているからである。前1者は「官民一体となった民族的犯罪」で、後2者は「自民族内部における権力犯罪」であるという区別をつけないと、問題の本質を見失うという指摘である。私も遅ればせながら、日本の「過去の清算」や「記憶の回復」が進まないのは、権力者の歴史修正主義のせいばかりではない、日本社会に広く浸透しているこのような平板な歴史観にも理由があると思うようになった。

 米国の注目すべき動きを見ながら、こんなことを考えていたら、姜徳相氏の訃報が届いた(6月12日)。享年89。刊行されたばかりの遺著『時務の研究者 姜徳相――在日として日本の植民地史を考える』(三一書房、2021年4月)を熟読したい。 


Created by staff01. Last modified on 2021-06-14 20:31:43 Copyright: Default

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