海渡雄一 : 憲法と国際人権規約に反する「重要土地調査規制法案」の撤回を求める | |||||||
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こんなひどい人権侵害法案が、なぜ内閣提出法案として提案が許されたのか/憲法と国際人権規約に反する「重要土地調査規制法案」の撤回を求める海渡 雄一第1 あまりに雑な法案 本年3月26日、日本政府は「重要施設周辺及び国境離島等における土地等の利用状況の調査及び利用の規制等に関する法律案」を閣議決定し、国会に提出しました。 この法案は、昨年12月10日に自民党政務調査会がまとめた「安全保障と土地法制に関する特命員会」の提言をもとに、閣法として提出されたものです。 法案提出にあたって、当初は連立与党の公明党は「まるで戦時下を思わせる民有地の規制」だ(漆原良夫公明党前議員の「うるさん奮闘記 urusan.net」より)などとして強い難色を示していましたが、法案の微修正によって個人情報への配慮条項を付加すること、指定については、「経済的社会的観点」から留意することを法文上に盛り込む方向などが確認されたために法提案に応じた経緯がありました。 私は、今国会ではデジタル監視法案に対応の集中していたため、この「重要土地調査規制法案」は読んでいませんでした。今回、あらためて読んでみました。法案はとても短いものです。デジタル関連法案の100分の1くらいのボリュームです。●重要施設周辺及び国境離島等における土地等の利用状況の調査及び利用の規制等に関する法律案 (shugiin.go.jp) 結論的に言って、戦争法の提案前のまともな内閣法制局では絶対に通らなかったであろう、あまりにも雑で、刑罰権の発動につながる政府の活動の法的な要件がきちんと限定されていない法案内容に唖然としました。 こんなにもひどい法案がきちんとしたチェックもなしに閣議決定され、国会に提出されたこと自体が、日本の民主政治の危機だと思います。これまでのきちんと機能していた政府のもとでは、閣議決定に至る過程で、内閣法制局や法務省、国土交通省、さらには連立与党である公明党などから疑問が提起され、もう少しまともな形で提案されたはずです。 衆院の内閣委員会で、維新の所属議員が、この法案に同意しない公明党の態度をなじっていた場面をデジタル監視法案の国会中継の中で見ました。国会の劣化をまざまざとみせつける場面だったと思います。 第2 法案の概要 法案では、基地など安全保障上の「重要施設」周辺概ね千メートルの区域や「国境離島等」を「注視区域」または「特別注視区域」に指定して土地・建物の利用状況を調査し、重要施設や国境離島等の「機能を阻害する行為」に対し行為の中止または「その他必要な措置」を勧告・命令することを定めたものです。命令に従わない場合は懲役刑や罰金刑を課することができます。「特別注視区域」に指定されると、土地売買等の取引の際は事前に取引の目的等の報告が求められ、虚偽の報告をしたり、報告を怠った者は同じく処罰されます。 法案が提出に至ったきっかけは、外国の基地周辺や国境離島での土地取得に規制を求める自治体議員や自民党議員の要望でした。しかし実際には外国人の土地取得によって基地機能が阻害される事実(立法事実)が存在しないことが明らかになっています(2020年2月25日衆院予算委員会第8分科会)。つまり、この法案は自民党議員たちの妄想が生み出したものと言えます。 にもかかわらず、法案は広く国が定める「重要施設」周辺の土地・建物の所有者や利用者を監視し、土地・建物の取引や利用を規制するものになりました。 第3 法案の核となる概念や定義がいずれも極めてあいまいである 1 なんでも該当する重要施設 この法案は、法案中の概念や定義が曖昧で政府の裁量でどのようにも解釈できるものになっています。まず、注視区域指定の要件である「重要施設」のうちの「生活関連施設」とは何をさすのかは政令で定め、「重要施設」の「機能を阻害する行為」とはどのような行為なのかも政府が定める基本方針に委ねています。 重要施設には自衛隊と米軍、海上保安庁の施設だけでなく、「その機能を阻害する行為が行われた場合に国民の生命、身体又は財産に重大な被害が生ずる恐れのあるもので、政令で指定するもの」を含むとされており、原発などの発電所、情報通信施設、金融、航空、鉄道、ガス、医療、水道など、主要な重要インフラは何でも入りうる建付けの法案となっています。 2 誰について何を調べるのかも政令と総理大臣に白紙委任 調査の対象者のどのような情報を調べるのかについても政令に委任されています。さらに調査において情報提供を求める対象者としての「その他関係者」とは誰か、勧告・命令の内容である「その他必要な措置をとるべき旨」とはどのような行為を指すのかについては、政令で定めるという規定すらなく総理大臣の判断に委ねられています。市民の自由と基本的人権を阻害する可能性のある、市民に知られては都合の悪い規定は、法文中ではなく政府がつくる基本方針や政令、総理大臣の権限で決められるようにしているのです。 このように刑罰を構成する要件規定が法律に明示されないということは、刑事法の基本原則すら満していないものであり、刑罰の構成要件の明確性を求めている憲法31条、自由権規約9条にも違反するものであるといわなければなりません。 第4 法案の具体的な内容と危惧される点 この法案が成立するとどのようなことが起こりうるか、問題点を以下にあげます。 1.法案7条は、重要施設周辺の土地・建物利用者の個人情報はことごとく収集され監視されることを定めている 「施設機能」を阻害する行為やそれをするおそれがあるかどうかを判断するためには、その者の住所氏名などだけでなく、職業や日頃の活動、職歴や活動歴、あるいは検挙歴や犯罪歴、交友関係、さらに思想・信条などの情報が必要となります。すなわち、重要施設の周辺にいる者はことごとくこれらの個人情報を内閣総理大臣に収集され、監視されることになるのです。 法案3条は、「個人情報の保護への十分な配慮」「必要最小限度」などと規定していますが、これらの気休めともいえる規定が実効性のある歯止めとなる保証はどこにもありません。このような法案は思想良心の自由を保障した憲法19条、自由権規約18条、プライバシーの権利を保障した憲法13条、自由権規約17条に反すると言えます。 2.具体的な違法行為がなくても特定の行為を規制できる 第7条による調査の対象には、土地の所有者だけでなく「関係者」も含まれます。 「重要施設」の周囲や国境離島に住んでいるか仕事や活動で往来している者に対して、政府の意向で調査することができ、「機能を阻害する恐れ」があるとの理由で行動を規制できるようになります。 しかもその規制は命令に従わなければ懲役刑を含む罰則も含むという苛烈なものです。このような法案は、法制定の目的と手段の間の均衡がとれておらず、居住・移転の自由を定めた憲法22条、表現の自由を保障した憲法21条、自由権規約19条に反するものと言えます。 3.「関係者」に密告を義務付け、地域や活動の分断をもたらす 法案8条は「重要施設」周辺や国境離島の土地・建物の所有者や利用者の利用状況を調査するために、「利用者その他の関係者」に情報提供を義務付けています。「関係者」は従わなければ処罰されますので、自らに関する情報を無理やり提供させられる基地や原発の監視活動や抗議活動をする隣人・知人や活動協力者の個人情報を提供せざるを得なくなります。これは地域や市民活動を分断するものであり、市民活動の著しい萎縮に繋がります。このような法案は、憲法19条と自由権規約18条が絶対的なものとして保障している思想・良心の自由を侵害するものです。 4.軍事的理由による土地収用は禁じられてきたにもかかわらず、法案によって事実上の強制的な土地収用ができるようになる 法案11条によれば、勧告や命令に従うとその土地の利用に著しい支障が生じる場合、総理大臣が買取りを求めることができます。命令に従わなければ処罰されるとなれば、やむなく買取りに従わざるを得ないのであれば、これは重要施設周辺の土地の事実上の強制収用であると言えます。土地収用法は戦前の軍事体制の反省に立ち、平和主義の見地から、土地収用事業の対象に軍事目的を含めていませんでした。軍事的な必要性から私権を制限する法案は憲法前文と9条によって保障された平和主義に反し、さらには憲法29条によって保障された財産権をも侵害するものです。 5.不服申立ての手段がない 権利制限を受ける市民は、本来それらの指定や勧告・命令に対して不服申立てができるようにすべきですが、法案にはそのような不服申し立て手段は定められておらず、憲法31条に定められた適正手続きの保障すら著しく侵害するものです。 わずかに損失補償を支払うという規定が10条にありますが、国のとる手段に対して市民の異議の申し立ての回路が明らかにされていません。 第5 この法案の撤回と廃案を求めます 1、基地や原発の監視行動も規制の対象とされる。 この法案が成立した場合には、米軍機による騒音や超低空飛行、米兵による犯罪に日常的に苦しめられている沖縄や神奈川などの基地集中地域では、市民が自分たちの命と生活を守るために基地の監視活動や抗議活動に長年取り組んできました。自衛隊のミサイル基地や米軍の訓練場が新たに作られたり、作られようとしている先島諸島や奄美、種子島でも同じ状況に置かれています。このような、自分たちの命と生活を守る当たり前の基地監視行動ですらこの法案は規制の対象にしているといえます。 また、その規制は南西諸島や基地周辺に限られないことは前述したとおりです。重要施設は原発をはじめ放送局、金融機関、鉄道、官公庁、総合病院などの重要インフラの周辺にまで拡大適用される可能性があります。大都市圏に住むほぼすべての人が監視と規制の対象となる可能性を含んでいるのです。このような法案は、市民の多様な表現の自由を保障した憲法21条、自由権規約19条に反するものと言えます。 2、法案は戦前の要塞地帯法の拡大版の再来であり、憲法と国際人権法を著しく侵害するものであり、廃案・撤回するしかない この法律は、戦前の社会を物言えない社会に変えた軍機保護法、国防保安法とセットで基地周辺における写真撮影や写生まで、厳罰の対象とした要塞地帯法(明治32年7月15日法律第105号)を、さらに適用範囲を重要インフラ設備にまで拡大して再来させたものだといえます。 私は、日本国憲法と国際人権自由権規約に真っ向から反する、この人権侵害法案を撤回するよう求めます。 Created by staff01. Last modified on 2021-04-26 09:38:57 Copyright: Default |