〔週刊 本の発見〕萩原慎一郎『歌集 滑走路』 | |||||||
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毎木曜掲載・第137回(2019/12/12) 非正規労働の若者の虚しさと生きにくさ『歌集 滑走路』(萩原慎一郎、角川書店)/評者:渡辺照子この歌集のテーマは、非正規労働を生きる若者の、生活の虚しさであり、生きにくさである。出口のないトンネルを進むような日々の中に、希望を見出し、創り、二度とない人生を、つましい暮らしの中で生き抜いた。 日頃見慣れたどんなに味気ない風景も、言葉にすればささやかな彩りが加わる。受け入れがたい理不尽な状況も、言葉にすれば救われたようになる。言葉が持つ昇華する力を、これほどまでに味わえる作品に出会えたのは初めてだ。 達成感も充実感もなく、自己の尊厳などはなから存在しないワークングプアの仕事漬けの日々が、短歌という究極の、凝縮された言語の形式で表現される。彼の短歌を読む私は、彼の生活の空気感までも疑似体験できるようだ。わずか31文字の表現で、どこにでも見かける非正規労働者の若者の光景が目に浮かぶ。 いや、光景だけではない。日々の仕事による心と身体の疲れが、決して癒やされることなく重石のようにのしかかる、その気だるさも、何気なく自分に放たれた心無い言葉に言い返せなかっただろう悔しさも、確かに伝わってくる。 つつましやかな、実らぬ恋も語られる。相手の女性も同じワーキングプア。夢を語るでもなく、他愛のない会話すら交わされる気配はない。それには理由がある。まず、労働集約型で分刻みの作業を強いられ、その時間もないだろうということ。そして、2番目は、この2番目の理由のほうが重要かもしれないのだが、人間的な出会いをワーキングプアは自らの職場で期待していない、ということだ。それにも関わらず、彼は恋心を抱く。その思いがいじらしい。(写真=著者) もうひとつの主要なモチーフは「食事」だ。 この牛丼は、林芙美子の「放浪記」でも登場する貧しい者の「身の丈に合った」ごちそうなのかもしれない。(林の時代の牛丼と、現在の牛丼のポジションは変化はしていると思うが) そして「連帯」の歌も創られた。「シュレッダーのごみ捨てにゆく シュレッダーのごみは誰かが捨てねばならず」は、ある労働者が会社から受けた陰湿なハラスメントとして強要されたシュレッダー作業を、その労働者が粛々と取り組んでいった姿とかぶる。それ以上に、不本意就労ながらも、自分なりのモチベーションを生み出し、喜びすら見出す努力を感じる。 「デモ隊の列途切れるな 途切れないことでやがては川になるのだ」は、労働組合の運動をしないまでも、密かに連帯感を持っていたメンタリティが感じられる。 彼はおそらく短歌の中でしか自分を解放できなかった。しかし、その解放の手段を獲得する源は、彼自身を縛り苛む非正規労働であったという逆説。「現実を生きながらも、現実を飛び越える」とは、そういうことなのだろう。 この歌集の歌人、萩原慎一郎は32歳の若さで自らの命を断った。 私は悔しい。生きていて欲しかった。生きて、やりがいのない仕事の日々を、虚しさを飼い慣らしながらも生き続けるその息遣いを、短歌に残して欲しかった。 彼の魂は「滑走路」を駆け抜けて、どこに飛び立ったのだろうか。 *「週刊 本の発見」は毎週木曜日に掲載します。筆者は、大西赤人・渡辺照子・志真秀弘・菊池恵介・佐々木有美、根岸恵子、杜海樹、ほかです。 Created by staff01. Last modified on 2019-12-13 11:48:23 Copyright: Default |