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セウォル号沈没の「真実」を描く問題作「その日、その海」〜キム・オジュン来日決定

「その日、その海」上映案内
東京特別上映会 2018年8月18日(土) 18:00開場 18:30上映開始
上映後、キム・ジヨン監督、キム・オジュン総帥のトークセッション
チケット:1500円
上映会Webサイト
予告編(日本語字幕版)


 2014年4月16日の朝。修学旅行の高校生と一般の乗客、計476人を乗せたセウォル号が海に沈んだ。
 韓国の海難史上、最悪の事故となったセウォル号惨事は、当初からその沈没の原因について多くの議論があった。韓国政府は操舵ミスによる急激な方向転換により荷崩れが発生、バランスを崩した船が回復不能なまでに傾いて沈没したと結論を出した。
 しかし、このような韓国政府の結論は本当に正しいのだろうか。航跡のデータや残された情報を手がかりとしてセウォル号が沈没に至る過程を細かく分析した結果、想像を絶する「沈没のシナリオ」が浮上してくる。

 8月18日、なかのゼロ小ホールで行われるセウォル号惨事のドキュメンタリー、「その日、その海」は、セウォル号沈没の原因を調べてきたキム・ジヨン監督が衝撃的な結論に達するまでを描き出す。今年の4月に韓国で公開されると開封初日(2018年4月12日)に観客2万4596人を動員、現在の累計観客数は54万人で、同種のドキュメンタリーとしてはこれまで最高の観客動員数を記録したチェ・スンホ監督の「共犯者たち」を抜いて歴代一位となった。

 「その日、その海」の爆発的な人気は、映画としての完成度とは別に、いくつかの背景がある。
 まず、このドキュメンタリーをプロデュースしたキム・オジュンという人物。そして韓国映画のトップスター、チョン・ウソンが無償でナレーションを担当したことも一役を買った。
 キム・オジュンは韓国の若い世代なら知らない人はいない。「タンジ日報総帥」を名乗るキム・オジュンは1990年代からインターネットのウェブサイト「タンジ日報」を立ち上げ、極端な表現、シニカルな言説で注目されていた。彼の名声を確固たるものにしたのは2011年に当時の李明博大統領を痛烈に批判する「ナヌンコムスダ(以下ナコムス)」というポッドキャストだった。
 理不尽な社会を4人のレギュラー出演者が笑い飛ばす「ナコムス」は、韓国ばかりでなく、世界のポッドキャストランキングでも1位になるほどの爆発的な人気を博す。政治や社会問題を「笑い声」に乗せて伝える「ナコムス」は、高校生や大学生などの若い世代の目を政治に向けさせ、積極的な参加を訴えた。「ナコムス」以後、韓国の若い世代にとって政治は論じるものではなく、参加するもの、行動するものになった。
 そして実際に2011年秋に行われた補欠選挙では、当時は泡沫候補扱いされていた朴元淳をソウル市長に当選させる大きな動力になった。
 キム・オジュンは一般に「進歩指向」と言われているが、既存の進歩陣営からの批判は強い。彼の基本的なスタンスは多くの韓国市民が共感する常識的なリベラルに過ぎず、民主化運動に参加した経験も、いわゆる「運動圏」に属したこともない。しかし常軌を逸した韓国保守の異常さの前で、常識を強調すれば強調するほど、その言説は「過激」に聞こえる。表現は過激でも、その内容は常識の枠を超えないキム・オジュンの言説は、過激な進歩陣営の論客よりもはるかに多くの大衆の感覚にマッチしていた。韓国のトップスター、チョン・ウソンが「その日、その海」のナレーションを引き受けたのも、韓国の普通の市民としてキム・オジュンの「常識」と重なり合う部分があったからではないだろうか。
 もちろん、キム・オジュンの強烈な個性には、当然、強い反発もある。特にリベラルを超えられない言説に対する進歩陣営からの反発は強いが、彼を批判する人の中にはキム・オジュンの陰謀論的な視点を問題とする人も多い。今回の「その日、その海」も、「いつもの陰謀論に過ぎない」と一蹴する人も少なくない。
 CM監督として知られるキム・ジヨン監督は、李承晩大統領をめぐるドキュメンタリー「百年戦争」の監督としても知られている。「百年戦争」は保守側の強い反発(そしておそらく保守政権の妨害)で、一般の映画館では上映できなかったという作品で、李承晩や朴正煕の親日行為などを暴き、訴訟や公安捜査の対象にもなった。タブーを恐れず、誰も触れようとしないテーマに果敢に挑戦する。

 しかし「その日、その海」が、よくある「××の陰謀」のような荒唐無稽なトンデモ映画と一線を画すのは、韓国の社会に対する鋭い批判精神の存在だ。
 最近になって、李明博・朴槿恵保守政権下で行なわれてきた想像を絶するさまざまな犯罪が明らかになっている。情報機関が国政選挙に介入したり、裁判所が判決を使って政権と取り引きをしたり、戒厳令を敷いてソウル中心部に戦車と装甲車を配置する計画を立てたり、軍が大統領の電話を盗聴したりと、まともな民主主義国家では想像もできない本物の陰謀が現実に起きていたことが明らかになった。その中には、政権や政府機関による組織的なセウォル号惨事の隠蔽や数々の弾圧が含まれていた。
 セウォル号惨事について、当初からさまざまな「陰謀」に言及されてきた。陰謀とまでは言わなくても、「政府は何か隠している」と考えている韓国の市民は当時から多かった。今も沈没の原因ははっきりしていない。そもそも、なぜ迅速な救助が行われなかったのか、なぜ政府はセウォル号の引き揚げに抵抗したのか、なぜ情報機関がセウォル号に関与していたのか。もしかしたらセウォル号沈没の背景に、保守政権の何かの意図があったのではないか。
 しかし、政府も、政治家も、マスコミも、そうした疑問にきちんと向き合ってこなかった。特に、朴槿恵政権の攻撃で萎縮したマスコミは、政権が嫌がるセウォル号をめぐる疑惑の追及に及び腰だった。
 セウォル号をめぐる重苦しい圧力と、その圧力に対抗することができない社会の状況を突破するためには、誰も否定することができない事実に基づいた主張が必要だった。否定できない事実を突きつけて「政府の発表はウソだ!」と叫ぶことができれば、セウォル号惨事をめぐる重苦しい空気を吹き飛ばすことができる。

 「明らかに何かおかしい」。誰もがそう感じていた時、キム・ジヨン監督の作業に注目したのがキム・オジュンだった。資金難で中断しかけていたキム監督のドキュメンタリーを自分のポッドキャスト番組で紹介すると、大きな反響があった。誰もが「まさか」と思いながら、キム監督の緻密なデータの分析を見て「あるいは」と考え始めた。
 そして、セウォル号事故について当初から被害者側に立って政府の責任を追及し続けてきたキム・オジュンが制作資金の調達を呼びかけ、無数の市民の寄付を集めてこのドキュメンタリーが完成した。

 朴槿恵大統領弾劾が現実感を帯びてきた昨年3月、セウォル号が陸上に引き揚げられ、リベラル政権下で沈没の真相究明が進んでいる。この映画が提示する大胆な仮説が正しいのか、それとも見当違いの大間違いなのかは、遠からず明らかになるだろう。
 しかしこの映画の価値は、ここで提示される仮説の正誤ではない。実際にキム・オジュンはこれまでにも多くの疑惑に満ちた事件について多くの「仮説」を提起し、いくつかはキム・オジュンの主張が正しかったことが証明され、いくつかは誤りだったことが明らかになった。しかし、そのたびに世間に知られていなかった事件に、多くの市民の関心を引きつけた。
 先にも述べたように、セウォル号沈没の原因にしろ、あるいはその他多くの「仮説」にせよ、重要なことは誰もが「政府公式発表」の前で沈黙し、闇に葬られようとしていた事件に改めてスポットライトを当て、「政府の発表はウソだ」と声を上げたことにある。そして、政府の発表に納得していないセウォル号の遺族やこの映画を見た人たちが、セウォル号沈没原因の再調査を要求する根拠を作ったことにある。
 「その日、その海」の仮説が間違いなら、その間違いを正す科学的な根拠が提示されるだろう。そして、これまで見過ごされてきたさまざまな不審な状況をきちんと整理して、誰もが納得できる沈没の原因が明らかになるだろう。あるいはその過程で、これまで隠されていた不都合な数々の事実が明らかになるかもしれない。朴槿恵大統領弾劾の発端になった一台の小さなタブレットPCの捜査が芋づる式に保守政権下で行われた無数の深刻な不正の暴露へとつながったように。

 映画は仁川港を出港したセウォル号が沈没するまでの約12時間をさまざまな角度から分析・検証していく形で展開する。情報ソースによって異なる複数の航跡データと船の傾きについての分析に多くの分量が割かれていて、見る人によっては若干、難解に思われるかもしれないが、サイエンス・ミステリーの謎解きのようなストーリーは知的好奇心を刺激する。理屈っぽくなりそうなシーンはアニメーションや3Dグラフィックを使って視覚化し、重要なポイントは何度も繰り返すことで観客の理解を助けるように工夫もされている。時々織り交ぜられるいくつか感情的なシーンは、理屈っぽくなりがちな展開に変化を与え、この映画の本当の目的、つまり安心して暮らせる社会を作るためにわれわれに何ができるのか、何をしなければならないのかを暗示する。

 日本の観客にとってこの映画は韓国の社会運動とメディアの関係を考える上でも興味深い素材だ。8月18日の東京特別上映会には、キム・ジヨン監督とキム・オジュン総帥が来日、映画の上映後にはトークセッションもある。インターネットを駆使して韓国社会を動かす男、キム・オジュンの肉声に接する貴重な機会だ。


Created by Staff. Last modified on 2018-08-05 08:25:45 Copyright: Default

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