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飛幡祐規 パリの窓から/地に落ちたマクロン政権ー「黄色いベスト運動」その3
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 第52回・2018年12月25日掲載

地に落ちたマクロン政権ー「黄色いベスト運動」その3


*ディオールの広告に「怒り」というシールが貼られた

 ふだんは「目に見えない」フランスの人々が安全ベストをまとって生活難と社会的不公平を訴える「黄色いベスト」運動は、最初の全国行動(11月17日)から7週間目に入った。軽油・ガソリン増税反対を発端に始まった人々の要求は、自発的な道路封鎖やデモをつづける中でたちまち、不公平な税制に限らず多岐に発展した(コラム51参照)。メディアで主に発信された12月1日デモなどでの治安部隊と「壊し屋」(「暴徒」)の攻防戦、火災や破壊の映像のせいで、暴動的な印象が世界じゅうに広まったようだが、これまで物を言わなかった民衆が自主的に行動し、政権を揺るがすほどの大規模で強力な運動になったこと自体めざましい。混沌とした状況だが、既成の政治構造を逸脱した新たな社会運動が進行中である。

 前回のコラムでは、暴力のさらなるエスカレートが懸念された12月8日のデモ(第4行動)の前夜に筆を置いた。その週、政府は軽油・ガソリン税と電気・ガス代値上げの延期を発表したが、「黄色いベスト」は不十分だと行動を呼びかけ、内務省発表で全国136 000人(おそらくそれ以上)、第3行動に匹敵する大勢の人が参加した。政府は「壊し屋」(「暴徒」)対策を名目に市民戦争並の過剰な武力で応え、全国で89000人(パリ8000人)の治安部隊が動員され、憲兵隊の装甲車も登場した。


*機動隊の通行止めに平和的に抗議する

 シャンゼリゼ大通りに近づこうとした人は早朝から厳しいチェックを受け、催涙ガス防備用の生理食塩水やマスクを没収され、一部は逮捕された。全国で2000人近く(パリ1082人)もの逮捕者が出たのだ。その圧倒的多数はデモに行かせないための「予防逮捕」(犯罪を犯すと想定して行為の前に逮捕する)だと、弁護士たちは抗議している。シャンゼリゼ地区はその後、フェンスなどで治安部隊に四方を塞がれ、中に閉じ込められた人々は催涙ガスなどの攻撃を受けた。近年、頻繁に使われるようになったこの包囲閉じ込め技術はケトリングkettlingと呼ばれ、デモの自由を否定するものだ。パリではシャンゼリゼ以外でも使われ、攻防戦はほどんど起きなかったものの商店などが被害を受け、負傷者は全国で225人。ボルドー、トゥールーズ、マルセイユ、ナントなどでも大きな行動となった。

 また、12月8日は「気候のための行進」(パリで今年3回目、地方都市でも)も催された。「環境政策は社会的に不公平であってはならない、温暖化の被害者はまず社会的弱者である」と、「黄色いベスト」とも連帯したデモが呼びかけられたパリでは25000人が歩いた。同様のナンシーの行進は県庁に禁止されたが催され、1500人が平和的に歩いた。ところが、主催者のFoEフランスの会長ともう一つの市民団体の責任者が逮捕され、21時間拘留された後に「禁止デモを催した」という理由で起訴された。グリーンピース級の国際環境団体の会長をこの程度の違反で起訴するとは、マクロン政権になって環境活動家への弾圧・圧力がさらに強化されたことを示している(ちなみに今年の2月の判決で、原発に侵入したグリーンピースの活動家2人に実刑2か月が下され、上訴中。グリーンピースは何度も同様のアクションで原発施設の安全性の欠陥をアピールしてきたが、実刑が下されたのは初めて。また、ビュールの核廃棄物最終処理場建設反対運動で逮捕された人々に、マフィアなど大組織犯罪用の結社罪が初めて適用された)。


*垂れ幕は「カネはげす野郎」  右は「ロッチルド(ロスチャイルド)辞任!」(マクロンが前に務めた銀行の名前で、これに反ユダヤ主義的なニュアンスはない。マクロンをこう呼んだ。)

 さて、第4行動の後、クリスマス前の買い物・旅行シーズンなのにひどい経済的打撃を受けたとパリ市長や商店は嘆き、政府とメディアは12月10日夜のマクロン大統領のスピーチを機に、「黄色いベスト」運動の幕が閉じることを期待した。マクロンは、入念に練習したと見てとれるスピーチの中で、最低賃金受給者に毎月100ユーロの増額、超過勤務手当に課される社会保障分担金控除(サルコジが導入し後にオランド政権が廃止)、月2000ユーロ以下の年金への新たな課税免除などの措置を発表した。ところが、わざと曖昧な言い方をしたため、最低賃金の100ユーロ引き上げ(「黄色いベスト」の要求に近い)だと勘違いした人が多かったが、実は最低賃金の引き上げ分は1,3%にすぎず、これまで援助金を受けていた人のみにその手当を増額するという、不透明で複雑な措置であることが後に判明した。なにより、多くの「黄色いベスト」が要求する連帯富裕税の復元をマクロンは拒否し、以前からの自分の経済政策(トリクルダウン理論)を擁護した。また、直接民主主義に関する措置もなく、「各地での大々的な討論会」を提案したのみ。多くの「黄色いベスト」は直ちに、「パンくずなんかいらない、行動を続ける」と表明した。

 大統領のスピーチの翌日、12月11日にトラスブール市のクリスマス・マーケットでテロ(死者5人、負傷者11人)が起きて、政府や保守政党はそれを理由に「黄色いベスト」デモの中止を呼びかけたが、12月15日(土)には第5行動が行われた。前回と同様、パリは40以上のメトロの駅や美術館、多くの商店が閉まり、治安部隊による包囲閉じ込め作戦によって「黄色いベスト」の行動は大幅に制限された。メディアは人数の半減と「運動の衰退」を報じたが(次の第6回行動はさらに減少)、1か月以上毎回、車や列車で地方からパリに来るのは費用も時間的にも大変だし、弾圧がひどいから人数が減るのは当然だろう。むしろ、1か月のアクションによって政権が多少なりとも譲歩した後も、自主的に何万人もがいまだ路上に出てアピールをつづけるとは、ものすごい原動力と耐久力だと見るのが妥当であろう。


 ところで、この段階になって「市民のイニシアチヴによる国民投票」(RIC)という政治参加への要求が各地の「黄色いベスト」によって掲げられ、注目を浴びた。第五共和政では国民投票は大統領のみが決定できたが、2008年の憲法改正により、議員の5分の1以上と有権者の10分の1(460万人)以上の要請があれば国民投票をできるという条項が加えられた。しかし、ハードルが高すぎてこれまで使われたことがない。前回紹介した「黄色いベスト」の「民衆綱領」には、70万人以上の署名により国民投票を可能にする、市民のイニシアチヴによる立法の権利を憲法に記せという要求がある。

 国民投票は既に、「屈服しないフランスLFI」の政策綱領「共通の未来」にあげられていた。「黄色いベスト」の要求を国民議会に届けるために、LFIは少数派野党にも与えらえる法案提出の権利を利用し、来年2月中旬にRICを憲法に加える法案を提出することにした。70万人以上の署名によって、立法のみならず法律の撤回、憲法改正、大統領を含むすべての議員のリコールを国民投票で可能にする内容だ。ネットで1月6日まで、誰でもこの法案の原案について意見を述べ、提案できるページが開設された。

 「黄色いベスト」について、主要メディアのコメンテーターは相変わらず極右の要素や「非政治性」、要求の雑多性や矛盾を強調するが、共通する傾向として、社会的不公平(不公平な税制、富裕層・巨大企業の優遇と庶民の貧困化)に対する抗議、庶民の意見が代弁されない政治制度に対する抗議と直接民主主義の要求が明らかになったと言えるだろう。彼らの行動は政党や組合、市民団体に組織されず、代表も特定できない。しかし、現在の政治制度の中で、労働組合や野党がマクロンの政策に全く影響力を持てない状況にあるのに対し、「黄色いベスト」は初めて法案を撤回させ、政権に譲歩を強いた。大規模な動員を繰り返し、7〜8割の多くの国民の支持や理解を受ける「黄色いベスト」たちは、これまでになかった形で政治を動かしているのだ。大統領演説を聞いて、抜本的な政策変更がないと理解した彼らは、自分たちの声を反映させるために国民投票を要求する。LFIのジャン=リュック・メランションが言うように、「市民による革命」のプロセスが進んでいると言えるのではないだろうか。

 フランス大革命の研究家、歴史学者のソフィー・ヴァニッシュは、「黄色いベスト」には革命時の「サン・キュロット」(参政権がなかった職人・労働者、小店主など働く無産市民)に似た要素があると指摘する。サン・キュロットは平等主義を唱え、地区ごとの集会とクラブを通して、あるいはデモや暴動によって、民衆の要求を議会に突きつけた。一方、「黄色いベスト」運動は主に農村部・都市周辺でソーシャルメディアを利用して広まり、ロータリーに集まる人々のあいだに連帯感が生まれた。

 地方のロータリーで「黄色いベスト」運動の調査をする社会学者やジャーナリストは、ふだん集まる機会のない人々(車での通勤や学校の送り迎えに追われ、隣人・友人から隔離された毎日を送り、社会生活がほとんどない)が、共に話し合い行動する喜びを見つけたと指摘する。広場(アゴラ)がなくなった農村部で、ロータリーの封鎖が新たな公共広場を生み出したのだ。そこには女性も多数参加し、孤立していた老若男女が社会関係をとり戻している。現在、内務大臣の命令によって各地ロータリーの「黄色いベスト」の拠点(簡易小屋などがつくられたところも多い)が排除されているが、すぐに別の場所に拠点が移され、「クリスマス・イヴをここで一緒に過ごす」と言う人たちもいる。

 「黄色いベスト」の圧倒的多数はこれまで政治参加の経験がなく、棄権する人も多かった(既成政党・政治家への幻滅から)ようだが、もはや彼らを「非政治的」と決めつけることは知的怠慢である。ロータリーやデモでは「マクロン、辞任!」と同時にしばしば三色旗が掲げられ、「ラ・マルセイエーズ」が歌われる。フランス国歌はもともと革命歌であり、これら共和国の象徴を使うことはナショナリズムの顕れではなく(そういう人たちが一部いるにしても)、「フランス(共和国)は自分たちだ」という国民主権の主張表明だと解釈できる。「黄色いベスト」をいまだに差別的で無知、下品な「下層民」のように語る主要メディアのコメンテーターたちは、現場で人々から話を聞くこともせずに、先入観にとらわれているのではないだろうか。著者が出会った地方からデモに参加した人たちは、みなしっかり意見を述べ、機動隊に行く手を塞がれても機嫌よく対応していた(怪我や逮捕は嫌なので、攻防戦の現場には行っていないが)。

 「黄色いベスト」運動の奥底には、富裕層・権力者が富を貪る一方、人生の決定権を奪われた庶民がますます貧困化する現実だけでなく、庶民に向けられたマクロン(と彼に体現されるエリート富裕層)の侮蔑に対する義憤、人間としての尊厳を踏みにじられていることに対する憤怒がある。この憤怒は政府の多少の譲歩でおさまるはずもなく、マクロンは訪問先で姿(車の中でも)を見せるなり、かつて大統領に向けられたことがないひどい罵言を浴びせられる。ギヨチンに似たものが置かれたロータリー(憲兵隊の要請によって撤去)や「ギヨチンにかけるぞ」というプラカードも登場し、マクロンは恐怖でもはや外出できず、エリゼ宮に閉じこもっているという。

 しかし、これは自分で蒔いた種である。第五共和政が大統領への権力集中を許す政体とはいえ、自らをジュピター(ゼウス)と称し、「フランスには王が必要」などと言って議会や市民をバカにしたのだから、リコールできない政体で無力な国民がフランス革命の象徴を持ち出すのは当然の成り行きともいえる。折しも、ルノーと日産の前会長カルロス・ゴーンが脱税などの疑いで東京で留置されているが、ゴーンのルノーでの報酬が高すぎることはフランスでも問題になった(国営企業だった時代の社長とは何桁も違う)。ゴーンは2016年にヴェルサイユ宮殿のグラン・トリアンノンで結婚式を挙げ、招待客はマリ=アントワネット時代の衣装を着たというが、こうした「ヒュブリス」(ギリシア神話に由来する言葉、破滅を導く傲慢の意)は民の憤怒を引き起こすのではないだろうか。マクロンもヴェルサイユが大のお気に入りで、ヴェルサイユ宮殿の会議場で就任演説を行い、ヴェルサイユ庭園脇の邸宅(以前は首相のセカンドハウスに使われていたが、サルコジ以来大統領が使うようになった)も頻繁に利用する。21世紀に引き継がれた特権階級の特権意識が、18世紀のフランス革命の記憶、革命的エスプリを人々に蘇らせたのである。

 さて、第5行動の後は、疲労困憊した警察官たちのアクションが行われた。要求は未支払いの超過勤務手当て(約300万時間分、2億7400万ユーロ!)の支払いと給料アップ、労働条件の改善である。各地の警察署で「緊急以外は出動しない」ストが行われた12月19日の夜、警察官の3組合は月120〜150ユーロの給料の引き上げ、超過勤務手当て支払いの約束を内務大臣から獲得した。たった1日のアクションで他の職種の公務員には拒んだ給料引き上げが与えられたのは、警察が造反したら万事休すだと政府が怖れたからだろう。つまり、いかにマクロン政権が行き詰まっていて、頼れるのは警察の武力しかないということだ。

 しかし、翌日の夜、「怒る警察官の結集」というフェイスブックで活発な警察官の団体の呼びかけで、グラン・パレ前に私服の警官が集まり(警察官は制服ではデモを行えない)、シャンゼリゼに繰り出した。すぐに機動隊に拒まれたが、中には警察官の妻たちや「黄色いベスト」も混じっていて、「我々は最初から黄色いベストの要求を支持している」と団体の代表は語った。彼らは口々に機材の不足や労働条件の悪化、そして自殺の増加を訴え、「政府も組合や上司も現場の困難に無関心で、長年何も改善されない」と批判した。「上層」から無視・侮蔑される「下層」という構造は「黄色いべスト」に共通するわけで、政権は治安部隊が「黄色いベスト」に連帯する革命的状況が起きることを怖れているのだろう。

 一方、アムネスティ・インターナショナルは12月14日に発表した報告書で、フランスの治安部隊によるフラッシュボールや火炎弾使用をはじめ、過度の弾圧を告発した。第4行動までの「黄色いベスト」と高校生デモの負傷者は1407人(重傷46 人)。カメラマンなどジャーナリストが被害を受けていることや、「予備逮捕」も批判した。また、12月6日のマント・ラ・ジョリの高校に対する警察の態度を厳しく告発した。

 これは、デモの際に暴力・破壊行為があったという理由で、151人もの高校生(12歳〜21歳、未成年多数)が逮捕された事件だが、彼らを跪かせ、頭の後ろで両手を組ませた映像がネットに流され、多くの人にショックを与えた。アルジェリア戦争時代の差別的な軍隊の行為や、独裁政権下の弾圧を思わせるショッキングな映像である。ところが、内務省と県知事、教育大臣は「ひどい破壊行為があり、大勢を逮捕するために必要な措置だった」と正当化したのだ。おそらく全員、少なくとも圧倒的多数は破壊行為とは関係がないことがそのうち判明するだろうが、こんな屈辱的な姿勢(軍隊の体罰?)を強いられ、その後の留置と取り調べに弁護士も拒否された若者・子どもたちのトラウマを思うと、心が痛む。ちなみに、この人権侵害について保守政治家ならともかく、2007年の大統領候補だった社会党のセゴレーヌ・ロワイヤルが「中には火をつけた壊し屋もいたのだから、警察はとてもよく管理した。若者たちにはいい思い出になったでしょう」とコメントしたのには仰天した。屈辱的な人権侵害を受けた生徒たちの保護者と高校生組合は訴訟を起こし、憲法で保障された権限を持つ「人権擁護人」も調査を開始した。この重大な人権侵害がまともに裁かれることを願う。

 12月22日の「黄色いベスト」第6行動は、人数は減った(39000人)が、パリでは再びシャンゼリゼ大通りが占拠され、開けていた店やカフェは慌ててシャッターを下ろした。学校はこの日からクリスマス休暇に入り、しばらくは(ロータリーで親交を深める人たち以外は)封鎖などのアクションはおさまるかもしれないが、来年1月から再び運動が盛り上がる可能性も大きい。政府はマクロンがスピーチで約束した措置をなんとか実現するために、100億ユーロの支出を討議中の予算法案に加え、超スピードで採決したが、大統領と首相の支持率は下がる一方だ。マクロン政権の権威は地に落ちたと言えるだろう。「黄色いベスト」は「政府はみんな失せろ(デガージュ)」と叫びつづける。この先、どんな展開になるかわからないが、マクロンがこれまで急ピッチで進め、来年に予定されていたネオリベラル改革(社会保障、年金)と憲法・制度改革は、思惑どおりにはいかなくなるだろう。フランスはスタート・アップ企業ではなく、トップが国民を自分の社員のようには統率できない(社員は雇用者に従属するが、国民は主権者であって、国家元首にも政府にも従属しない)ということを、マクロンは理解しただろうか?

  2018年12月24日 飛幡祐規(たかはたゆうき)


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