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LNJ Logo 〔週刊 本の発見〕佐川光晴著『日の出』
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毎木曜掲載・第75回(2018/9/20)

時代の危機をみつめ文学の可能性を追求する

●『日の出』(佐川光晴、集英社、1600円)/評者:志真 秀弘

 樹木希林が亡くなって、テレビのワイドショーはそれ一色。煽られてググってみると彼女は今年四月、山梨県立文学館で開かれた竹中英太郎没後30年シンポジウムにパネラーとして参加していた。彼女は英太郎の息子・竹中労と親交があったようだ。樹木には、竹中労の『美空ひばり』を繰り返し読んでひばりの母を演じたというエピソードがある。彼女は若い俳優にも本をたくさん読むように勧めたそうだ。それもあってか樹木は演技に知性の感じられる人で、最近の『万引き家族』でも、演技に工夫の跡がみられた。いまの時代に大切なのは、彼女のように考えることだ。

 今回紹介する小説『日の出』にも考えた末の工夫がある。装丁は簡潔でスマート。「生きるのはたいへん。でも生きるのはうれしい。」という帯のコピーもいい。小説は冒頭「徴兵逃れ」という言葉から始まる。といってその主題が重苦しく語られるわけではなくて、歯切れの良い文体であたかも冒険小説のように話は展開していく。明治の終わり近く石川県から話は始まるが、作中の会話は方言ではなく標準語になっている。冒険小説的展開も方言にしていないことも、作者が今の読者に届くように考えた表現に違いない。*写真下=著者の佐川光晴氏

 ときは明治41年、日露戦争の「戦後」が始まっていた。主人公清作の父は奉天大会戦で負傷し小松(石川県)に帰郷する。駅前で開かれた父親和作の歓迎式典で、オモチャの鉄砲を持った子どもが引き金を引く。「パン、パン。乾いた音が広場に鳴り響いた。」父はそれを聞いて「敵の襲撃だ、逃げろ」と叫んでかけ出すが、くずおれてしまいその場で絶命する。その一部始終に立ち会った清作は徴兵逃れを決意し小松を脱出。その後美作(岡山県)、筑豊炭鉱へと鍛治屋として生計を立てながら流れて行く。この清作を助ける、中学の先輩浅間幸三郎の義侠心に富む振る舞いが小気味いい。二人の波乱の出会いと道行は読むものを夢中にさせる。しかし面白いだけではない。筑豊炭鉱で清作が出会う朝鮮人たち一人ひとりの労働と生活の描写、そして清作の逃亡が、受け止めるべき問題を読者に投げかける。

 この小説には仕掛けがあって、もう一つの話が章を変えて交互に進行していく。その主人公は公立中学の教員をめざす大学生あさひ。彼女は清作の曽孫である。こちらの時代は文字どおりいま。なかに主人公がこう考える場面がある。「神奈川県内の公立中学校に通う韓国籍の生徒が教科書の竹島問題に関する記述を黒くぬりつぶしたことがネット上に投稿されたりしたら・・・・。最悪の場合、文君の一家が日本にいられなくなるかもしれない」。文君は教員になったあさひの生徒。ここにはおそろしいばかりのリアリティがある。あさひが浪曲好きになって浅草木馬館に行くといった愉快なエピソードも織り込みながらこちらの物語も進んでいく。二つの時代、二つの物語は交差し共鳴する。

 この小説を「社会的メッセージ性の強い現代小説」とコラム「大波小波」は評している(『東京新聞』6月21日)。同感だ。波乱万丈の物語のなかにしいたげられた人々の近代史が浮き彫りにされる。時代の危機を見つめながら、それに流されずに文学の可能性を追求する作家がここにいる。

*「週刊 本の発見」は毎週木曜日に掲載します。筆者は、大西赤人・渡辺照子・志真秀弘・菊池恵介・佐々木有美・佐藤灯・金塚荒夫ほかです。


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