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たたかいの歴史を訪ねる〜シカゴ・レイバーノーツ大会報告 その2

    大椿裕子

 2日目は、フォレスト・パーク墓地を訪れ、ヘイマーケット事件で亡くなった方々が埋葬されている墓に花を捧げました。1886年5月4日、ヘイマーケット事件は起こりました。5月1日、シカゴの労働者は、8時間労働制を求めゼネストに突入。5月3日、警察によるストライキ弾圧により、労働者数名が死亡しました。労働者たちは4日の夜に、抗議集会を行い、その場に多くの警察官が配備されました。その際、何ものかが爆弾を投げ、1名の警察官が死亡。その場は騒然となり、死傷者が出ました。その後、当日ほとんど何もしていなかった8名が逮捕。8名の内3人はジャーナリストでした。後に3名が絞首刑、もう1人は、「自分の身体に直接触って欲しくない」と言い、自ら命を絶つ方法で処刑されたとのことです。この墓地には、ヘイマーケット事件で亡くなった方だけでなく、様々な活動家も眠っています。

 次に、寝台列車などを作っていたプルマン社の跡地を訪れました。今では工場跡が残る殺風景な場所ですが、かつてはプルマン社による企業城下町でした。1893年の恐慌の影響を受け会社は賃金の25%をカット。しかし、家賃などは据え置きという会社側の措置に反対した鉄道労働組合の組合員たちが1894年、約2ヵ月に渡ってストライキを起こしました。アメリカの労働運動史に残る、大きなストライキが起きた場所です。

 社会福祉を専攻していた大学時代、「近代社会福祉の母」として学んだジェーン・アダムスが設立したセツルメントハウス・HULL HOUSEも訪れました。

 そして最後にFight for $ 15(FF$15)のシカゴ事務所を訪れました。2012年12月、約200人の労働者が最賃15ドルを求めストライキに入りました。当時は、「最賃を15ドルにするなんて!」と笑い者にされていたそうですが、彼らはこの4年で1200万人の賃上げを実現しました。そしてシカゴ市では最賃が13ドルに。4月4日には、カリフォルニア州とニューヨーク州で、最賃を15ドルに引き上げる法律が成立しました。最賃15ドルは、もう夢の話ではなくなって来ているのです。

4歳の息子を持つシングルマザーで、マクドナルドで働いているアドリアーナさんも自身の体験を話してくれました。この2年間に3度の賃上げを実現してきたとのことです。出勤する時は、必ず同僚たちと一緒に出勤し、使用者に連帯を印象付けるそうです。FF$15の活動に大きな刺激を受けた日本人参加者からは、多くの質問が飛び交いました。

 そして帰り際に、FF$15のカッコイイTシャツ、トレイナー、ステッカーなどを頂きました。


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