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LNJ Logo 木下昌明の映画批評『アクト・オブ・キリング』
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●ジョシュア・オッペンハイマー監督『アクト・オブ・キリング』

“英雄視”される虐殺の加害者――インドネシア史の「闇」を暴く

米国のジョシュア・オッペンハイマー監督『アクト・オブ・キリング』は、おぞましくも見入ってしまうドキュメンタリーだ。

冷戦時代の1965年、インドネシアのスカルノ大統領が失脚、軍部が権力を握る政変があった。反対勢力や華僑に“共産党”のレッテルを貼り、100万人の大量虐殺が行われたという。が、それは今日まで隠蔽されていた。米国をはじめ西側諸国はこの事件に目をつぶっていた。かつて政変の直前を描いたメル・ギブソン主演の『危険な年』という映画を見たが、それは外国人記者の視点からのもので、そこからの脱出劇だった。虐殺の一面を当の加害者らが喜々として再現してみせた本作は、歴史の闇に初めて光を当てたもので、その衝撃は計り知れない。直接手を下したのは、軍部というより民間人だったことに唖然とした。

映画は、白髪にサングラス、スーツ姿のアンワルという老人が颯爽と登場するところから始まる。彼は当時、映画チケット売りのダフ屋で“プレマン”とよばれるやくざだった。それが半世紀前の1000人の殺人を誇るように殺人現場に案内し、どういう具合に殺したかを再現してみせる。アンワル老人は国や市の有力者からも一目おかれた“英雄”とわかる。そんなやくざと親交が厚いのが「国家の下僕」と自称する、メンバー300万人という民兵組織「パンチャシラ青年団」。この民兵とやくざが、軍部(その背後に米国)の後押しと新聞社の情報を基に虐殺を重ねたことが推測できる。

興味深いのは、彼らがハリウッド映画のスターになったつもりで、かつての殺人を美化する映面を作ろうと残酷なシーンや巨大な滝の前で歌い踊る幻想シーンを演出したりすることだ。その殺人者らを国営テレビまでが讃える有り様。興にのったアンワル老人が、被害者役を演じて、「俺は罪人なのか」とショックを受けるシーンは圧巻。

映画の試写会で、故スカルノ大統領のデヴィ夫人は「虐殺が事実だと証明されてうれしい」と語っている。しかし、日本のマスコミはこの発言を取り上げようとしない。(木下昌明・『サンデー毎日』2014年4月20日号)

*4月12日より渋谷シアター・イメージフォーラムほか全国順次公開。

〔追記〕 安倍の憲法無視の“独裁政治”の成り行きをみていると、あれよあれよという間に“平和国家”から“軍事国家”に移行しているとしか思えない。この道は、かつてのインドネシアに向かっていく可能性が高い。ヘイトスピーチの「朝鮮人を殺せ!」は、インドネシアの「華僑(中国人)を殺せ!」と同じである。安倍政権を支える在特会が、「パンチャシラ青年団」と同じく反対勢力の“抹殺”に走らないと誰が保証できよう。映画をみながら空恐ろしくなった。


Created by staff01. Last modified on 2014-04-14 10:10:39 Copyright: Default

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