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木下昌明の映画批評『夢は牛のお医者さん』
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●時田美昭監督『夢は牛のお医者さん』
子牛がむすぶ「日本の原風景』――獣医を夢見る女の子の26年間

 時田美昭監督の『夢は牛のお医者さん』は心温まるとてもいい映画だ。このドキュメンタリーは、新潟県の雪深い山間(やまあい)の小学校で3頭の子牛を育てるところから始まる。

 学校は過疎化によって生徒は9人。そのうえ、この年(1987年)は新入生は一人もいないので、クラスメート代わりに子牛を“入学”させ、育てることにしたのだ。

 これがきっかけで、当時3年生だった高橋知美さんは、将来は獣医になろうと決意する。父親は、牛や豚など大きい家畜は女性の手に負えないからと反対するが、彼女の意志は固く、獣医の夢をかなえようと学びの道をまっしぐら。

 映画は、そんな彼女を26年間も追いかけているからすごい。監督の時田やスタッフは地方局のテレビ新潟に所属しており、子牛の話題も最初はローカルニュースの一つでしかなかった。それが学校で豚も飼ったり、知美さんが子牛を育てたりするなかで、カメラは次第に夢を追う一人の女性に焦点を当てるようになる。その時々の彼女の泣いたり笑ったりのがんばりがいい。子牛との別れの日、泣きじゃくっていた少女がどんどん成長し、表情も大人びていく。

 知美さんを見守るおばあちゃんをはじめ、互いに思いやる家族の自然な感情もよく描かれて、それが四季折々の風景と溶け合って、これは日本の原風景ではないかと思わせる。地方局ならではの粘り強い撮影の成果と言えよう。

 知美さんが獣医となって故郷で働く後半もよかった。かつて成長した3頭を買い取ってくれた岡本さんの牛舎で、牛の肛門にぎゅうっと腕を入れて額に汗をにじませながら妊娠を確かめるシーン。岡本さんから「いい獣医さんになってや」と励まされる。

 中越地震(2004年)の際には、ボランティアで山古志村に駆けつけ、牛の救出にあたるなどした。都市では失われた、人と人が頼り合い、助け合うことの大切さが描かれている。(木下昌明・『サンデー毎日』2014年4月6日号)

*3月29日【東京・新潟同時公開】ポレポレ東中野、新潟シネ・ウインド他全国順次公開

〔追記〕 この映画は、東北など各地の劇場で上映・公開が広がりはじまっている。


Created by staff01. Last modified on 2014-03-28 13:13:40 Copyright: Default

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