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TPP問題を考える
――映画『モンサントの不自然な食べ物』を素材に


       木下昌明

 けさの『東京新聞』(写真 3/14)をみると、トップに「コメ事前協議なし」「TPP交渉参加で日米」「農産品『聖域』保証なく」という見出しが躍っていた。いよいよくるものがきたか――安倍首相の「ごまかし」もしだいに暴露されつつあるが、このTPPによって日本の民衆はどうなるか――これは農民だけの問題ではない。多国籍企業の襲来によって人々は薬まみれの「農産物」を食べさせられ、ブロイラーにされてしまう――これでいいのか。これは原発事故とは別の意味での汚染である。

 わたしは一介の映画批評家にすぎないが、映画――とくにドキュメンタリー映画は時代と格闘しているものが多く、時代の前髪をつかんでいる映像に驚かされる。『モンサントの不自然な食べ物』もその一つだが、わたしはこの映画評を昨年、『月刊東京』10月号に書いた。ぜひ読んでほしいので、以下に全文を引用する。(2013/3/14)
             
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 いま評判の孫崎享の『戦後史の正体』(創元社)をよんだ。「戦後史」といっても、国内の社会や経済の問題についてではなく、米国の圧力下にあって、時の政治家が対米追随派と自主派とに分かれてせめぎあっていた外交関係に焦点をあてたものである。孫崎は外務省出身で、のちに防衛大学教授までやった元外交官だ。わたしからみれば日本の政治の中枢を歩んできたエリートにしかみえないが、その彼が「はじめに」で「西側の陣営から『悪の帝国』と呼ばれたソ連に五年、『悪の枢軸国』と呼ばれたイラクとイランにそれぞれ三年ずつ勤務しました」とのべているように変わった経歴の持主ともいえる。だから、その史観にも、米国を相対化してみようとする姿勢が貫かれているのが特徴といえようか。

 戦後の日本は、常に米国の意向に従わされてきた。歴代の首相も、追随派は長命政権で自主派は短命に終わらされた。それは米国の裏工作によるものだ、と孫崎は指摘している。岸信介を除いて「さもありなん」という観がある。その米国が冷戦後、ソ連に代わって日本を「敵」とする政策に転換した。それは米国の文化を誇る映画会社すらも買収する日本企業の経済力が脅威となったからだ。しかし、日本の政治外交は冷戦時代と同じスタンスで米国と付き合おうとしてきた。が、孫崎はそれが誤りだと批判している。その典型が小泉元首相で、ブッシュに媚を売って、自衛隊の海外派遣、郵政民営化などで日本の社会や経済のシステムを壊し、米国流に変えてしまった、と。

 この本の末尾で、こういった戦後史の流れの中から出てきたTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)の参加問題に触れているところ。それはいま、米国の後押しで日本政府が推し進めようとしている問題であるが、孫崎は「TPPの狙いは日本社会を米国流に改革し、米国企業に日本市場を席巻させることです」

「TPPは、米国が日本の国内にある富の扉をこじあけ、吸い上げるための仕組みです」とのべて、「本当に危険な状況です」としめくくっている。

 ここに自主派論客の面目がみられる。また、反米という点では共感できる面もある。では、なぜTPPは危険なのか――。

 わたしは本誌の11年2月号で「モンスター資本主義化の食文化」と題して2本のドキュメンタリー映画『ありあまるごちそう』と『フード・インク』を取り上げ、多国籍企業がもたらす「食」のあり方を問題にしたことがある。たとえば『フード・インク』をみるまでは、トウモロコシが家畜のエサばかりでなく薬品や乾電池の材料にまでなっているなんて想像もつかなかった。この科学技術によって農業を工業化するだけでなく、農作物から工業製品まで生み出して利潤追求をはかる多国籍企業の発想のすさまじさに驚かされた。しかしその根っこには、『ありあまるごちそう』のラストに出てくる飲料食品「ネスレ」のCEOの語っていた「思想」がある。CEOは「水」を自然のもの・公共のものだとするNGOの考えを「過激だ」として「水は食品」だと強調していた。わたしはそのCEOの考えにこそ、「地球上の飲食物から自然性を剥ぎとって、すべてを加工された食品=商品にしたてようとするグローバリゼーションの恐るべき思想が息づいている」と批判したことがある。

 いまや国境を越えてはびこる巨大企業は、科学技術の発達によって自然物を容赦なく人工的なものに加工し、そこから利益をしぼりとろうとしている。その危険性を追求した映画がいま公開されているので、TPP問題に関心のある方はぜひみてもらいたい。

 そこで『サンデー毎日』9月2日号に〈世界の食卓に一石投じる力作――巨大バイオ企業が牛耳る「食」〉と題してのせた短い紹介批評の引用からはじめたい。
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 マクドナルドのハンバーガーを食べ続けるとどうなるかを実験した『スーパーサイズ・ミー』以来、『ありあまるごちそう』『フード・インク』など「食」に関するドキュメンタリーが多く作られた。いずれの作品も多国籍企業によって生産された食べ物が世界中に広がっている実態に目を向けている。それは人々の食生活が様変わりするとともに、食自体の安全性が問われるようになったからだ。

 フランスの女性ジャーナリスト、マリー=モニク・ロバンが監督した『モンサントの不自然な食べ物』は、多国籍企業がもたらす食のあり方の根本を問う一本だ。

 彼女は米国を本拠地とする巨大バイオ企業「モンサント社」を相手取り、最大の武器としてインターネットを駆使する。企業の歴史や事件などを検索し、「これは」と思った問題にアクセスして確認のために現地に赴き、当事者の話を聞き、隠蔽された実態に迫るという手法をとっている。取材で回った国は十カ国に上る。

 同社の主力商品「遺伝子組み換え作物(GMO)」は、果たして安全な食べ物か。それにかかわった科学者や元政府高官にあたって検証していく。これによって、GM大豆がレーガン→ブッシュ政権下の規制緩和政策のなかで始まり、科学的根拠よりも「政治的判断」を優先させた経緯を明らかにする。

 同社はベトナム戦争で多くの奇形児を生んだ枯れ葉剤の製造で知られる化学薬品会社。それが、除草剤の「ラウンドアップ」に耐性のある遺伝子組み換え大豆を発明したことで食品会社に転じた。これは原爆を原発に変えた発想とよく似ている。会社は政府にGM大豆の特許法を作らせ、タネと除草剤をセットで売り、従わない農家を探偵を使って次々と摘発、全米の大豆の九〇%を占めるに至った。

 大豆農家の一人は言う――「彼らは世界中の食料を支配しようとしている」と。
 TPP(環太平洋パートナーシップ協定)を考える参考にもなる。

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 映画について、この短評で説明できなかったことを補足すると、GM作物ばかりでなくモンサントの問題となったPCBや牛成長ホルモン剤についても追及している。またGM作物には、大豆以外にもトウモロコシ、ジャガイモ、トマト、綿など多岐にわたっている。インドのBT綿(モンサントの殺虫剤を生成する遺伝子を組み込んだ綿花)栽培では、多くの自殺者が出ていることも追及していた。

 映画は監督がジャーナリストだけあってよく練られていて、GM作物を認可したFDA(食品医薬品局=日本でいえば旧厚生省のような政府機関)の担当したバイオ技術調整官にインタビューし、その見解に批判的な専門の学者の意見を聞いて一つ一つ検証する。そしてモンサントと政府の癒着ぶりをあばいていく。

 また、冷戦後、米国の歴代大統領が、大企業のために規制緩和をはかり、モンサントなどのバイオ産業を米国の基幹産業として押しだした歴史も明らかにしている。レーガンの時代、CIA長官だったブッシュ(父)が副大統領となり、モンサント社を訪れ、同社の幹部とGM作物の実験状況を話し合いながら何かあれば「私に電話してくれ」と応じる貴重なフィルムも挿入されていて興味深い。
 衝撃だったのは、英国政府がGM作物を輸入するにあたって、イングランドのローワット研究所で科学的に調査させたシーン。研究にあたった遺伝子組み換え専門の研究者ブースタイ(バスタイとも)博士は、その結果をBBCにテレビインタビューで話している。そこでGMジャガイモを使ってネズミの実験をしたが、がんを誘発する可能性があり、「国民をモルモットにするのか」と批判した。

 この発言によって博士は翌日、研究所を解雇され、30人のスタッフも解散させられた。第三機関によるGM作物の研究調査は後にも先にもこの時だけという。博士の解雇の前に、ブレア首相から同研究所の所長に2度電話があったとされる。

 なお、この映画を裏づける著書が日本でも刊行されている。ウィリアム・イングドールの『ロックフェラーの完全支配』(徳間書店)がそれだ。そこに英国でのいきさつがくわしく書かれている。イングドールによると、GMジャガイモを与えたネズミは、肝臓や心臓が小さく、免疫システムも弱くなっているばかりでなく「際立って脳も小さくなっていた」という――しかし、この脳の萎縮?についてはテレビではパニックになるから話さなかった、とも。ブレアが「ブースタインを黙らせろ!」と指令したのは、クリントン大統領からの電話によるものとされる。

 こうしてGM作物の危険性はヤミからヤミへと葬られていった。この映画と同じく、『フード・インク』でも、モンサントと政府との癒着ぶりを取り上げている。GMOを認可した政府高官が同時にモンサントの幹部であったり、一人で二役を演じる「回転ドア」のしくみを明らかにしている。それも名前と肩書と写真入りで「政府が管理すべき企業から逆に管理されている」と告発している。

 このモンサントのケースをみても、歴代の政治家は巨大な多国籍企業のセールスマンに成り下がっていることがわかろう。この点では共和党も民主党もない。日本がTPPに参加すれば、かならずやモンサントのような企業(デュポン、ダウ、シンジェンタ)が、GMOの特許権をとるために政治家を突き動かし、コメもGM米にとって代わる日がやってくるだろう。

 わたしは本誌の5月号で「なぜ米軍基地はふえつづけるのか」と題して『誰も知らない基地のこと』というドキュメンタリーを中心に米軍基地問題について追究したことがある。それは冷戦後に「新しい敵」がふえたからでなく、冷戦中につくられた軍産複合体としての経済システムがとめどもなく膨張したからである。米軍に参入した民間の軍事産業が巨大となり、そこでの雇用と税収増のために、政府はこの体制を維持し拡大していかなければならなくなった――その経済構造に由来している。莫大な費用がかかるオスプレイの配備はその好例である。

 いまや米国は、兵器産業から食品産業に至るまで巨大企業によって世界を支配しようとしている。

 たとえば、あのデタラメな口実ではじめたイラク戦争では、イラクに米軍基地をおき、そこを拠点にイラク全土にGM作物を広めている。イラクを支配・統括した連合国暫定当局のブレマーは矢つぎ早に法律を施行し、200の国営企業を民営化し、それを外国籍の企業に買い取らせた。モンサントは米国とイラク政府の庇護をうけて、特許法にもとづいてイラクの農民をGM作物の奴隷として縛りつけることに成功した。この点について、映画はふれていないが、先のイングドールの本にはくわしくのべている。まさにナオミ・クラインのいう「惨事便乗型の資本主義」といえる。


Created by staff01. Last modified on 2013-03-14 13:29:17 Copyright: Default

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