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『移民の記憶』
――マグレブ移民のルーツを辿って

ヤミナ・ベンギギ監督 インタビュー
聞き手/菊池恵介

プロフィール

ヤミナ・ベンギギ 1957年フランス・リール生まれ。在仏アルジェリア移民二世。撮影 助手、プロデューサーを経て、現在は映画監督としてフランスで活躍。代表作『移民の 記憶――マグレブの遺産』(97年)のほか、『イスラムの女性』(94年)、『インシャ ラー・ディマンシュ』(01年)などの作品がある。

菊池 まず『移民の記憶』を制作した動機をお聞かせください。

ベンギギ 『イスラム女性』(前作)の撮影中でした。ある日、マグレブ移民一世のお かみさんたちに「フランスに来たときのことは覚えているの」と尋ねてみると、返って きたのは重い沈黙と涙でした。申し訳ない気持ちになるとともに、自分の来歴について あらためて考えさせられました。「母はなぜフランスに来たのだろう」、「どのようし て地中海を渡ったのだろう」、「なぜ父は故郷を離れたのだろう」。じつは何も知らさ れていなかったのです。私たちは沈黙の共同体のなかで暮らしてきました。そして、過 去の記憶がないまま、未来に羽ばたくことを求められていたのです。 「なぜ両親は私たちがフランス社会に根づくのを妨げようとしたのだろう。なぜ帰ろう としなかったのだろう」。このままでは、移民一世の人々は、ただ苦しみだけを残して 消え去ってしまう。そこで、なんとしても彼らの姿を記録したいと思いました。これま で一世たちの姿が画面に映し出されることは、ほとんどなかったからです。たとえば、 郊外の団地で事件が起これば、通行人やたむろしている少年にマイクが向けられること があっても、インタビュアーが移民の家庭にあがり、両親の声を聞くことは絶対にあり ません。

菊池 テレビで映し出されるのは、いつも暴力の映像ですね。

ベンギギ そして、少年たちの映像です。しかし、彼らの両親は何者か。じつは子ども たちにとっても、三、四十年の空白があったのです。誰もが惨めな生活を送りながら、 だれもがかたく口を閉ざしていました。

菊池 それはなぜでしょうか。

ベンギギ マグレブ移民は、いわゆる白ロシア移民やスペイン移民とは根本的に違うか らです。彼らはいわば「栄光なき移民」です。ルンペン・プロレタリアートとしてフラ ンスに連れて来られ、搾り取られるだけ搾り取られて、使い捨てにされた人々。こうし て父たちは、故郷に錦を飾ることができず、人生に挫折し、かたく口を閉ざしてしまっ たのです。「私の父は、決してみずからを語りませんでした」と映画の登場人物の一人 が述べています。「ただ、ため息などから、父が何を考えているかを推察できるくらい だった。レコードを聴きながら、ときおり眼を潤ませている父の姿が、僕の脳裏に焼き ついて離れない」、と。私の家庭でもまったく同じで、父はいつも押し黙っていました 。

菊池 マグレブ移民のルーツをたどり直すことは、フランス社会ばかりでなく、移民二 世・三世にも必要だったということですね。

ベンギギ もちろんフランス社会も知るべきことですが、私たち自身のためにも必要で した。しかも、一世たちは誰も彼もアルジェリア独立戦争で闘ったと言います。ならば 、なぜいまも旧宗主国にとどまっているのか。子どもながら大きな謎でした。しかし一 世たちは帰りたくても帰れなかったのです。マグレブ移民は経済的必要に迫られて、フ ランスに出稼ぎ労働に来ました。だから、手ぶらで帰るわけにはいかなかったのです。 誰もが成功することを夢見て故郷を発ちましたが、皆はじめから挫折を運命づけられて いました。成功する可能性があるとすれば、子どもたちです。『移民の記憶』のタイト ルを「踏み台となった人々」(Les sacrifiés)にしてもよかったと思うのはそ のためです。
いま移民一世の世代は、何も言い残さないまま、静かに消え去ろうとしている。その証 言を記録するのは私たちの世代の仕事です。しかし、ここにはもう一つの困難がありま した。というのも、移民の子どもである私たち自身が、惨めな両親の存在を恥じてきた からです。たとえば、工場に働きに出ていた父は、家の外のフランス社会と接触があり 、一定の社交性を持っていました。しかし、ただ家に閉じこもっていた母は、話し方も 拙く、いつも周囲に対しておどおどしていました。ですから、そんな母の姿を他人に見 られたくありませんでした。一世たちはフランス社会からだけではなく、子どもの私た ちからも軽蔑されてきたのです。この作品は、その反省から生まれました。

(季刊『前夜』9号から一部抜粋)


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