韓国:共同闘争を予告する運輸労働者の叫び | |
[MenuOn] Home | ニュース | イベント | ビデオ | キャンペーン | 韓国 | コラム | About | Help [login ] | |
〈企画〉共同闘争を予告する運輸労働者の叫び(1)「死の待機票」を持って出勤する鉄道労働者 24時間二交替のつらい労働、人員不足が死に… 「人がいれば死なずにすむ」 鉄道労組が12月3日にストライキを予告するなど、 鉄道、タクシー、貨物運輸共闘本3組織のストライキをはじめとする 総力闘争が表面化している。毎日労働ニュースは30日付から3回にわたり、 現場で会った運輸労働者等の生き生きした声を通して 彼らの切迫した要求を垣間見る。〈編集者注〉 26日の午後5時30分、鉄道庁ソウル施設事務所九老線路班事務室。 一日の仕事を終えた後、シャワーの順序を待つ線路班員の表情には 疲れの色が歴然としていた。 鉄道庁施設職として入社するためには、長さ8m50cmの線路を持ちあげなければ 第一次実技試験を通過できない。 鉄道施設職のつらい労働を推察させる部分だ。 九老線路班の職員は、計6人。 入社8年目の沈某氏が入社した時は、計15人だったという。 半分以上減ったわけだ。人材が減っただけに作業の効果も減ったが、 労働強度は高まった。そのため、1年前からは、となりの始興線路班と 互いの担当区域を交互に行き来して合同作業をしている。 (C)毎日労働ニュースパクヨソン記者 死の前に立つ保線労働者 九老線路班員も、数日前に発生した水原施設管理事務所の クォンジヌォン氏の死亡消息を知っていた。 ひとりで1週間、徹夜勤務をしたクォン氏は、急なカーブになっている 防音壁のために近寄る列車を発見できずに事件に遭った。 列車がくることを報せてくれる監視組もない。 昨年は、九老-新道林曲線区間で外部の工事業者の作業員が列車を発見できずに 電車にひかれて死亡した。続いて遺体を収拾していた機関士が 他の列車にひかれて死亡した事件は、鉄道庁職員なら知らないる人はいない。 九老線路班員も「曲線区間ではとても生命の危険を感じる」と口を揃えた。 その上、彼らが働いている区間はソウル-水原、ソウル-仁川間電車と 湖南線、長項線、京釜線列車が通るため、我が国で一番列車の通行回数が多い。 そのため、急な曲線区間では列車監視組を少なくとも2人は立てなければならない。 「作業に出れば、首長(線路班長)が抜けてひとりになっても監視組を 立てなければならないので、多方に人材が不足している。 本来の業務である線路維持補修作業もきちんとできない。 もっと人を投入しなければならない。 最小限の監視組を立てて仕事をしようとすれば、絶対、もっと多くの人員が必要だ。」 入社13年目の宋某氏は何度も「人材を増やしてくれなければ」と話した。 監視組がいなくても走ってくる列車の音を聞いて避ければ良いのではないか。 線路班員は「実際に線路で仕事をしてみなさい」と言う。 仕事をしていると、列車が近寄る音を聞くのは容易でないということだ。 そのうえさらにとんでもないことに、一番速度が速いKTXが、 一番音が小さいという事実だ。 夕方6時を過ぎると、線路班員は時計をちらちらと見始める。 首長チェチュンボク氏は「普段よりちょっとでも遅く退勤しても、 事故がおきたのではないかと家族の心配が並大抵ではない」と言って 急いで事務室を出て行った。 (C)毎日労働ニュースパクヨソン記者 「三組二交替にしてどうするのか、指定休日も無く…」 夕方8時頃、九老車両事務所。 急な検修と整備車両が減った時間だからか、労働者たちは 労組事務室や休憩室に三々五々集まって待機していた。 九老車両支部事務室のソファでしばらく眠っていたファンユンソク氏は 「24時間二交替勤務なので友人もいない」と話した。 24時間勤務の後に来る24時間の休息時間は「睡眠」が大部分を占め、 個人的な趣味活動などは夢に見るのも難しい。 他の地下鉄公社労働者がみんな使う「指定休業」も鉄道労働者たちにはない。 取りあえず一日勤務、一日休息の日常だけが繰り返され、名節もない。 列車運行が増える名節に年休を使うことはさらに難しい。 そのため、黄氏は名節の連休には故郷の家に2度も帰るらしい。 休む日に家族を故郷に連れていき、上京してまた一日働いた後に、 また休日に帰って家族を連れてソウルに戻るということだ。 黄氏は「我が国で24時間二交替勤務をする人々は、 消防隊員と鉄道労働者しかいないだろう」と語った。 現在の鉄道労働者の勤務形態を見ると、 全体3万161人の中で半分近い1万3937人が24時間二交替勤務者等だ。 黄氏のそばにいたイスヨプ氏は1年ほど前、 鉄道庁でモデルケースとして実施されている三組二交替勤務に 1か月間参加した。 「地下鉄公社のように指定休日はもらえず、 勤務形態だけが本当の三組二交替だった。 しかし会社にいる時間が減り、退勤以後の時間活用という面を見ると、 何も言う必要がない程だった。」 (C)毎日労働ニュース パクヨソン記者 しかし李氏は「鉄道庁では来年1月から三組二交替に転換するというが、 充員計画はなくて労働強度が弱まると考えるのは難しい」と語った。 経歴が10年になる李氏が初めて入社した時には13名ずつ9組あった。 その反面、いまでは7名ずつ7組に減り、車両は着実に増えた。 この状態で鉄道庁の立場の通り、充員なしで三組二交替をすることになると、 チーム長級などの管理者だけが増えて1組当たりの現場投入人員は減らざるをえない。 業務の集中度も落ちる。結局、鉄道庁は 検修の周期を短縮するという対策しか出していない。 鉄道労組は2002年の2・25合意によって行われた労使共同経営の診断結果により、 三組二交替転換に必要な5215人増員を要求している。 その反面、鉄道庁は最近の本交渉で1300人の増員を政府に要請すると 明らかにしている。 一方、鉄道庁は去る96年以後の退職者発生後に 新規人材を採用しないという方式の自然減少で7700人あまりの人材を縮小した。 最長の労働時間、最高の死亡率 夕方9時36分にスサク車両基地を出発した木浦行のムクゲ列車機関車。 機関士のキムウンマン氏と副機関士のカン・チョル氏は、 翌日午前0時5分に西大田駅で他の機関士と交替する予定だ。 そして午前6時20分にはまた西大田駅でハンドルを握り、 9時45分にスサク車両基地に戻る。 運転前後の準備と整理時間を合わせると、平均14時間働くことになる。 金氏とカン氏の平均乗務時間だけを見ると、一度出勤するたびに 往復5時間30分から8時間だ。客車を運転するふたりの場合は良い方だ。 金氏は「トラックを載せる同僚は、12時間運転する場合もある」とし、 「われわれは月乗務時間が地下鉄機関士より30〜50時間多い」と話した。 機関士にもやはり指定休業はない。 午前なら午前、夕方なら夕方だけに出勤して、 非番が定期的にやってくるのならそれでも幸いだが、 出勤時間さえ午前だったり夕方になったりと変わる等、いつも不規則だ。 ソウル地下鉄公社と都市鉄道公社労働者の 月平均勤務時間(2003年鉄道労使経営診断最終報告書)が182.5時間の反面、 鉄道労働者は270時間に達する。 日本とフランスの鉄道労働者は各々152時間と122時間だ。 副機関士のカン氏に施設職同僚の相次ぐ死亡事故対策について尋ねた。 返事は九老線路班の宋氏と同じだった。 「走る列車が彼らを避けて行くことはできない。 彼らが避けざるをえないのに、列車がくるのを監視する人が足りないのだから どうすればいいのか。人を増やす以外に方法はない。」 機関士の金氏は7年前、霧の中で民間人が自分の列車にひかれて死亡した 事故を体験した後、しばらく悪夢と不眠症に苦しめられたと告白した。 鉄道労組によれば、1945年の解放以後、2003年までに勤務の途中に死亡した 鉄道庁労働者は2322人に達する。 死亡万人率(総職員数/死亡災害*10000)を見ると、 警察公務員が0.45人、消防公務員が0.9人であるのに、鉄道庁の場合は何と2.76人だ。 「私たちの夫は機関士ですが。 2か月もたたないうちに、2度も事故があったそうです。(中略) 全身がちぎれちぎれで顔がどこで足がどこだか見分けられない程、 ひどかったとか。やっとポケットを探して身分を確認してみると、 58年生の2人の子供の家長でした。(中略)夫はまたこんなことが 起きなければならないのかと泣き叫びました。」 〈暮らしが見える窓〉8号に載った文 「今年だけすでに8人目だ。 一日一日と死の行列が長くなるほどに感覚も鈍り、何も考えずに謹弔リボンを探す。 …充員の約束は守られず、相変らず同僚は列車にひかれて死に、 過労で倒れて死に、死の待機票を持って今日も鉄道現場に出勤する。」 (水原施設管理事務所クォンジヌォン氏の死亡後に労組ホームページに載った文) キムハクテ記者tae@labortoday.co.kr 2004-11-30 午前9:08:50入力 (C)毎日労働ニュース 共同闘争を予告する運輸労働者等の叫び(2)タクシー労働者これ以上行く所がない 26日働いて月100万ウォン… 「下半期タクシー制度改善闘争で最後まで見届ける」 26日、国会前で非正規法案撤回を要求し 民主労総がゼネスト決議大会を開いていた時間、 汝矣島文化公園の片隅でタクシー労働者4人が酒杯を傾けていた。 雨が降って雪が降る鋭い冬の入口、 タクシー労働者たちがこれ以上、これからの生きる道が見えないと 溜息混じりの愚痴を吐いた。 26日勤務して月100万ウォン 最近の不況と客の減少でタクシー運転手の一日の売上げは 10万ウォンを下回ることと知らされた。 それでも夜間は長距離客などがいてまだ事情がよいが、 昼間は非常に難しいらしい。 ソウルの江西地域にある某タクシー会社で今年2年目の運転手として 働いている朴某氏は、この1か月に26日間の勤務をしても、 僅か70〜80万ウォン程しか手取りがなかった。 江北地域にある某タクシー会社に勤める金某氏もまた、 先月は100万ウォンを手にとったのが収益の全部だ。 金氏や朴氏とも、普通一日に10時間以上ハンドルを握り 10余万ウォンの運送収入金を上げ、ここから会社に社納金として 8万ウォンを入金すると、残りが自分の収入になる。 もちろん縁起が良い日は15万ウォン以上の収入を上げることもあるが、 そのようなことはほとんど指で数えられる程度だ。 金氏は「最近などは空のタクシーでゆっくり走り回ることが多い」とし、 「乗客をつかまえるのは至難のわざ」だと語った。 実際に明け方4時から午後4時まで、12時間をぶっ通しでタクシーの ハンドルを握ったこの日、彼の収益は10万5千ウォンに終わった。 それさえもタバコ銭は儲けたと言って苦笑した。 「タクシーが二交替二交替でしょう。以前は12時間すべて走らず、 10時間ハンドルを握るだけでも食べていける程だったが、 今では12時間をぶっ通しで走り回ると燃料費がかかるだけなので じっと静かに座ってお客さんを待つほうがいいことが多い」と訴える金氏。 彼らによると、ほとんどのタクシー運転手が信用不良者だそうだ。 97年のIMF以後、景気が最悪に駆け上がった当時、 社納金をカードではらうケースが何度もあったからだ。 それだけでなく、個人タクシーの資格を取るには、 10年間無事故で運転をしなければならない。もし警察に申告されて 事故処理が行われると、個人タクシーの夢はあっという間に飛んでいく。 結局、大きな事故でなければ自分の金で事故処理をせざるをえない。 一日稼いで一日の食費を用意する人々は、5月から一か月に一回 「タクシー労働者の生存権保障」を要求して道に出てきた。 26日を勤務することで出る皆勤手当てを考えると、 彼らが自分たちの車で道に出てくるのは容易ではないだろう。 (C)毎日労働ニュース 「建設・交通部は約束を守れ」 5月7日にはタクシー労働者のチョギョンシク氏が タクシー会社の付加価値税不良運営と税金脱税を放置していたとして 国税庁前で開かれた集会に参加して焚身した。 切迫したチョギョンシク氏の瀬戸際焚身選択の知らせに憤怒した タクシー労働者たちは「付加価値税支給及びタクシー労働者生存権保障」を要求して 6月16日に全面ストを行った。おりしも建設・交通部は ストライキを五日前にして6月11日、タクシー分野制度改善方案を提出、 付加価値税問題をはじめとするタクシー問題に対して 積極的解決に乗り出すと発表した。 しかし当時、建設・交通部が履行した事項は地域別に 個人タクシーの数を制限する個人タクシー総量制だけだ。 民主タクシー連盟のキムソンハン政策局長は 「タクシーが多すぎて一定の規制をしなければならない必要があるという 建設・交通部の指摘については一定程度共感する」としながらも 「劣悪な労働与件の中で会社タクシーの労働者が10年以上、 続いてタクシーに乗る理由は、個人タクシーを取るためであって、 それを縛ってしまえば誰がタクシーを運転するか」と総量制政策の廃棄を要求した。 続いて彼は「建設・交通部の問題解決方式が間違っていた」とし、 「付加価値税、運送費用事業業者負担、タクシー労働者の給与現実化、 請負制・持ち込み制監視など、さらに徹底した制度的補完が必要だ」と主張した。 チョギョンシク氏の焚身で、付加価値税支給は上半期タクシー問題の 話題になり、去る6月29日にはヨルリンウリ党のホンジェヒョン議員が 一般タクシー付加価値税軽減税額全額支給及び制裁方案を 建設・交通部長官が定めるとする「租税特例制限法」改正案が国会に上程された。 だが5か月が過ぎるても何も変わっていない。 チョ氏の焚身以後、何か所かの事業場では タクシー運転手に付加価値税を直接支給したものの、 相変らず全ての事業場でこれを施行するためには、強力な処罰規定が必要だという。 (C)毎日労働ニュース 現在、国会には租税特例法の他にも △LPG特別消費税廃止(7月7日、ソンビョンニョル議員他11人) △油類費などの運送経費運転手負担禁止 (8月31日、ソンヨンギル・パクギェドン議員他67人) △旅客自動車運輸事業法改正案(11月15日、李浩雄議員他61人)等、 タクシー関連法案が上程されている。 チョギョンシク氏が焚身して7か月が過ぎたが、 相変らずタクシー労働者たちの生は絶望のどん底から脱出できずにいる。 民主タクシー連盟、全国タクシー労連などのタクシー労組は、 下半期のタクシー制度改善闘争で最後まで見届けると話す。 「タクシー問題を解決するためにはどれか一つの輪を解けばいいというものでは ありません。無分別なタクシー需給政策も、そして持ち込み制、請負制をはじめ 蔓延する不法な運行に対する積極的な取り締まりと処罰、 それよりもタクシー労働者たちがタクシー運転を通して買えるように、 最低賃金法及び制度改善が後押ししなければいけない。」 彼らの一様な声だ。彼らは「そのために現在国会に上程されている法案が 至急処理されることも非常に重要だ」と付け加える。 11月6日と7日、全国タクシー労連が汝矣島でテント籠城を行った。 民主タクシー連盟も11月14日に鉄道、貨物労組と共に 第二次運輸共闘決意大会を開き、 国会に上程されたタクシー制度改善通過を要求して3日に ゼネストを予告する等、 政府と国会にタクシー労働者たちの生存権保障を要求している。
マヨンソン記者 leftsun@labortoday.co.kr 2004-12-01午前9:43:34入力 (C)毎日労働ニュース 共同闘争を予告する運輸労働者等の叫び(3)「油を入れる金がなくて 車を停める」 ある失業者が貨物労働者になった話がある。 軽油リッター当り214ウォン、ソウルと釜山を往復すれば100余万ウォンを、 それも現金で触ることができた92年、 ある失業者は貨物労働者の友人と一緒に貨物労働者の道に上がった。 一時は本当に幸福な職業だった。 酒色におぼれなければ2〜3年で自分の家を持てる程に。 しかし今、ある失業者を貨物労働者の道に引き渡したその友人は、 交通事故で世を去ってもういない。 だがむしろその方がよかったのかもしれない。 2004年、軽油リッター当り852ウォン(上半期平均)、 ソウルと釜山を全く同じように往復してもらえるのは、40〜50万ウォン程の手形だ。 現金で支給されていた運送料は、いつからか手形に変わった。 またたかだか数百ウォンが惜しくて車の中で休まなければならない人々が、 今の貨物労働者たちだ。 ▲全国巡回闘争車両のウィングカーの片翼を繰広げると「物流を止めて世の中を変えよう」という懸垂幕が広がった。 貨物労働者、昨日そして今日 先月の29日、貨物労働者になったその失業者、 運送荷役労組貨物連帯ソウル京畿支部長オユンソク氏の宣伝カーに乗った。 オ支部長は、先月26日から始まった 「下半期闘争勝利のための指導部全国巡回闘争」のために 忠南唐津に行くところだった。 貨物連帯は、去る13日の代議員大会で、 補助金支給拡大及び実效性確保などの油類税値上げに対する政府の対策なく、 第二次エネルギー税制改編が断行される場合、 直ちにストライキに突入することにした。 そこで12月の事業及び闘争を組合員に説明して、 組織力を強化するために巡回闘争を始めたのである。 しかし先月28日、財政経済部によれば政府は軽油価格を ガソリン価格85%水準に引き上げる内容の 第二次エネルギー税制改編案の大きな枠組を確定した状態だ。 現在、軽油価格がガソリン価格の70%であることを勘案すると、 相当な引上げ幅だ。 今でも貨物労働者にとって軽油価格はあきらかに重荷である。 オ支部長は、「総売上に軽油価格が占める割合は57〜58%」だと話した。 軽油価格が引き上げられると、その割合はさらに大きくならざるをえない。 建設・交通部が第2次エネルギー税制改編時に、引上額全額を補助金で 支給するという解決策を提示したが、関係部署の規格予算処などとは まだ協議されていない。 高速道路、酷寒の夜 忠南唐津のハニョン鉄鋼前、 「貨物労働者総団結で生存権を勝ち取ろう」という大きな懸垂幕をかけた ウィングカー(貨物ボックス両側が翼のように開く車両)が姿を見せた。 ウィングカーが片翼を広げるとまた「物流を止めて世の中を変えよう」という 懸垂幕が表れた。そこで巡回闘争団は略式集会を開き、宣伝戦を行った。 びゅんびゅんと走るトラックも、ほとんどが止まって、 窓を下ろし、宣伝物を受け取った。 「苦労さまです」という言葉を残すことも忘れなかった。 ある人は「闘争!」とスローガンを叫んで走っていった。 昨年5月と8月、二度のストライキで貨物労働者のストライキ組織化は 難しいだろうという憂慮の声はまだ有効だ。しかしオ支部長は 「昨年5月のストライキで初めて勝利した時と較べると、 半分ほどは復旧した」と話した。 運転手食堂で簡単に昼食を済ませ、食べ物を消化する暇も無く、みんな車に乗った。 次の場所に移動するためだ。 今回はアンヨンチョル貨物連帯ソギョン支部組合員のウィングカーに乗った。 他の車と違ってかなり高い乗車感に驚いていると、それにたたみかけるように 安氏は「ここが寝室です」と一言を投げる。目を丸くしたまま車の中を見回すと、 座席と荷物室の間におとなが足を伸ばして横になるのが難しい程の狭い空間に 枕とふとんがおかれている。 「高速道路に出ると休憩所に車を停めて、みんな車の中で寝ます。 真冬には寒さで体が硬くて膝も伸ばせない程です。」 貨物労働者の週平均労働時間は何と80.7時間で、一日おきに(48.2%)車両で寝るが、 平均睡眠時間は一日5.1時間にすぎない。昨年、釜慶大のユンヨンサム教授が 貨物連帯組合員931人を対象に行ったアンケート調査の結果だ。 すこしでも時間を節約するために休憩所で寝たり、 道路交通費が50%割引になる夕方9時30分から午前6時30分の間に 高速道路を利用するために、車の中で仮眠しようとするからだ。 ▲貨物連帯全国巡回闘争に参加している放送車両とウィングカー等の行進 INIスチールの唐津工場に移動する間、車に貨物連帯のロゴをつけた 組合員が手をあげて挨拶をする。ときどきロゴを付けていない人々も 手をあげて挨拶をした。ご苦労さまという意思表示かと思ったが、 「昨年のストライキ以後、貨物連帯のロゴがついていると荷物をくれない所が 一つ二つと出てきました。だからやむを得ず、 ロゴを剥がさなければならなかったのです。荷物がもらえないから…」と説明する。 ある労組の組合員だということさえ、堂々と語れない現実に貨物労働者がいる。 一部の大工場では、貨物連帯のロゴがついた車は全く出入もできない境遇だという。 しかし去る19日、貨物連帯(議長キムジョンイン)と 全国貨物自動車運送事業連合会(会長ユンヨンホ)が 「貨物連帯の組合員であることを理由にステッカーなど車両の付着物撤去を要求、 不公正な配車など、一切の弾圧及び不利益な処遇をしない」と合意したことで、 こうした待遇は今後減るはずだ。 安氏が貨物労働者になってから、いつのまにか17年たったという。 彼は「80年代後半や90年代初めが恋しいですよ。 その時は油をいっぱいに入れても15万ウォンもかからなかったのに、 いまは38万ウォンから40万ウォン台になります。 燃料代がこんなに上がったのに、運賃は全く同じです。理解できますか?」と語った。 一般人の常識でも、容易に納得できない話だ。 「それなのに政府は第2次エネルギー税制改編だ何だと言って 燃料価格は度々上げ、また貨物労働者には事業者登録を持っているからと言って また別に税金をかけるのです。 働けばそれだけ税金がたくさん払わなければなりません。 夜、高速道路で静かに横になっていると、溜息が出るだけです。」 貨物労働者は、持ち込み車主という理由で労働者性が認められず、 労災保険の適用も受けられずにいる。 しかし高速道路は頻繁に長距離深夜運転をしなければならない 貨物労働者たちにとって薄氷のようなものだ。 居眠り運転などの交通事故の危険から自由でないためだ。 「たった5分遅くなっても荷物をおろせないのです。 そして運送料もばっさり削られます。 だから約束時間に遅れないように、眠い目を見開いて運転しなければならないんです。 トラックは、ちょっとうとうとして事故でも起こせば、本当に死にます。 前を見なさい。何もないでしょう?」 安氏の話を聞くと、突然こわくなってきた。 移動中に、安氏のTRS(Trunked Radio System・周波数共用通信)から 始終通信が聞こえていた。安氏はイヤホンをさしてその声を聞き、また溜息だ。 「大騒ぎですよ。大騒ぎ。最近は荷物がなくて、荷物を探そうと。」 聞かせてもらうと、巡回闘争団が回ってきた各工場の駐車場にも 荷物の積み込みを待つ空トラックが並んでいた姿を思い出した。 貨物労働者、今日そして明日 貨物労働者にとって、ストライキの覚悟がそんなに難しいのは、 こうした経済の現実のためだ。 ストライキをすると、徹底して休業無賃金でしかない彼らにとって、 一日でも、ただ一時間でも仕事をしないことは容易なことでないためだ。 14日間の全国巡回闘争の日程の最初から最後まで参加する安氏は、 「私一人が犠牲になって貨物労働者が良くなるのなら、精一杯犠牲になる」と話す。 「荷台が錆びていているトラックがあります。どういうことか、わかりますか? 仕事がなくて仕事ができずにいるということですよ。 鉄は使わなければ錆びるでしょう。彼らが何故仕事が出来ないかって? せつない現実でしょう。」 だから彼は、ストライキに参加しない組合員を責められないという。 しかし既に燃料値上げによる経済難で車を転がすことも難しい状況が来れば、 ストライキを決議しなくても自然にストライキに行く現実に直面している。 全国巡回闘争団は、忠南瑞山休憩所から大川休憩所に立ち寄って 宣伝戦を行った後、次の巡回闘争地域である全羅北道全州に向かう。 オ支部長と記者は瑞山で車を下りた。ソウルに帰る道からはチラホラと 「トラック売買」という懸垂幕が目についた。 「油を入れる金がなくて車を停めて、割賦金・割付金を出せずに 車を奪われる人々がどんどん増えている」という安氏の話が頭の中に響いた。 単に燃料代が出せずに貨物労働者にとっての命綱のようなトラックを 売るしかないのが貨物労働者の今日だ。 そして彼らの明日が、笑うことができる世の中になることを期待したい。 安氏の話だ。 「他の人より先に(闘争の現場に)行き、最後までいるつもりです。 どっちみち笑うこともできない世の中、最後まで闘って生きなければなりません。」 イムジヒェ記者sagesse@labortoday.co.kr 2004-12-02午前9:23:26入力(C)毎日労働ニュース 翻訳/文責:安田(ゆ) Created byStaff. Created on 2004-12-02 22:13:13 / Last modified on 2006-05-20 05:16:58 Copyright: Default 世界のニュース | 韓国のニュース | 上の階層へ |