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韓国:セクハラと戦った先生
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「子供たちの目のためにも頑張りました」

タングム中学校の先生の8か月

メディア忠清 http://cmedia.or.kr / 2008年03月07日12時17分

忠清北道忠州市にあるタングム中学校では、いったい何が起きたのだろうか。 全国教職員労働組合タングム中分会は、2月27日の民主労総忠北本部代議員大会 で2007年の闘争を最も献身的に行った組織への模範組織賞を、3月6日忠北女性 大会では性平等踏み石賞を受けた。

学生たちの目を忘れられなかったし、教師になる前に同じ女性として学生たち にセクハラを知らせたかったというタングム中分会所属のキム・ヨンヒ(仮名) 先生の話を聞いた。

キム・ヨンヒ先生は、今も心理治療を受けているという。この8か月の学校生活 は悪夢であり、再びそんなことが起きてはいけないと力説した。単に昔の話を 話すというより、タングム中で起きた事を詳しく明らかにして、被害者のその 気持をもう一度推し量り、話をしたかったという。まだ胸が震えるという。 だが先生は今日、初めて昔の話をするといった。

忠北教育庁、加害者と被害者をひとつの空間に
「子供たちのために頑張れた」

「加害者とひとつの空間にいるという事実だけでも十分に恐ろしかったです。 何度も教育委員長に隔離措置を要求しましたが、受け入れられませんでした。 分かりますか? 加害者と被害者がひとつの学校でいくらでも会えるというその 恐さが?」

「セクハラの被害者に対する考えが変わるといいと思います。忠州の奨学官は 『これが性暴行か、校長先生が激励のつもりでしたことだ』、『校長先生は、 定年までいくらも残っていないのだから、気持良く送り出そう』。そんな話を 被害者にためらいなく話しました」。先生の静かだが断固たる声。先生は慎重 に8か月の時間を少しずつ話した。

「率直に言えば、私もセクハラのようなことは公開したくありませんでした。 しかし私達の子供が私を見る目がとても恐かったのです。私は昨年、女子クラ スを担任したのですが、子供たちが社会に出てセクハラにあっても黙黙と耐え るのかと思って。それで公開したのです。子供たちに見せたかったのです。 『ああ、校長先生が先生に悪いことすれば、結局は追い出されるんだ』。こう いうことを見せてやりたかったのです。たった一日だけでも。ところがそれが できませんでした。道教育庁の懲戒委員会で加害者である校長を停職1か月の懲 戒をした後、人事措置をしたのです。それも終業式の日に。だから何も見せら れなかったんです」。

校門を越えさえすれば人権を放棄しなければならなかったタングム中学校

「昨年3月に校長が赴任し、学生に暴言と暴力を振り回し、子供たちの気持ちは どうだったか。もっとはやく正さなければならなかったのに。校長は男女を問 わず、子供たちのカバンと頭髪を検査して体罰もしました。自習時間に歩き回 るなと、教室の扉ごとに開閉装置を三つもかけて、教職員トイレに入った女の 子は髪を捕まれて教務室に連れられてきました。先生たちですか? クラスの子 供たちが校長の手で捕えられてくれば、子供たちと同じようにやられました。 『お前』、『礼儀をわきまえない』、『常識ない君は家庭教育また受けてこい』 など、さらに車両曜日制を守らなかったと告訴告発行政措置をして、教師の 上履きが校長の気に入らなければ『家庭教育を受けて理由書を書き続けろ』 など、教務手帳検査も。本当に机の上の校長室直通電話が鳴ると教務室の先生 は皆硬直しました」。

タングム中学校は昨年6月14日、校長の独断的な学校運営に対して全教組所属教 師25人が声明書を出したことで始まった。当時、全教組忠北支部と忠北の市民 団体で形成されたタングム中事態の解決を要求する忠北共同対策委員会は、 「校長が正規の始業時刻30分前の8時30分までに登校しない学生は無断遅刻、学 校の施設の毀損は教師・学生弁償措置、教師・学生にいつも人格を冒とくする ような言語暴力をするなど、常識以下の方法で学校を運営している」とし「あ る女性教師をセクハラした疑惑もある。すぐに辞任しろ」と要求していた。当 時、先生を疲れさせたのは人々の視線だった。

「タングム中の問題は教権弾圧、人々はなぜセクハラ問題だけ浮上させる?」

「昨年、全教組はタングム中学内の人権弾圧に対して14、15日声明書を発表し ました。地域の多くの人々が賛同しました。そのようなことで力を得ました。 連帯してくれる人がいるから大丈夫だと、気持をしっかり持てました。それで 3回目の声明を発表する時、セクハラ問題を暴露したのです。ところがおかしかっ たんですよ。私は被害者で、加害者は校長なのに、なぜ私の話が公論化される のか。大きな枠で、タングム中問題は人権と教権の弾圧ですが、報道機関と人々 はセクハラだけを浮上させました。これで他の被害者が話をはばかるんです。 私が話す時、全教組と多くの人々は助けてくれましたが、まわりに手助けがな い人々はどうでしょうか? 私が彼らに『話して下さい』と言えるでしょうか? こんなに大変なのに。」

先生は長いため息を吐きながら苦々しく笑った。実際、マスコミでは2007年6月 14日から20日までは『タングム中学校教権弾圧の実状』を報道したが、6月末から は『タングム中内セクハラ事件』に焦点が合わされた。そうして先生はこの 8か月を戦ってきた。

忠北道最初に開かれたセクハラ苦情審議委員会、懲戒委員会
そして全国初の公務上療養承認

昨年7月9日には忠北教育庁セクハラ苦情審議委員会で「校長が女性教師の手を 握るなどの身体接触、女性教師がEメールで再発防止を要請したが聞き入れず、 激しい不快感を持つなど、四つの部分がセクハラに値する」と決定した。続い て懲戒委員会が招集され、前タングム中校長に停職1か月の処分を下した。

そして今年1月7日、加害者の前校長と忠北教育委員長を相手に治療費102万ウォ ン、慰謝料3千万ウォンなど各々約3100万ウォンの損害賠償請求訴訟を清州地方 裁判所忠州支院に出した。タングム中事態解決を要求する忠北共同対策委員会 は、「『セクハラ直接加害者の前タングム中学校長と管理監督の責任者である 教育委員長がセクハラ加害者と被害者を隔離措置せず、2次被害にあわせるな ど、被害を大きくした」と明らかにした。

「忠北地域で、セクハラにより苦情審議委員会が開かれたのも初めてで、懲戒 も初めてでした。明らかに多くの先生がこうしたことがあったはずなのに初め てとは、皆、話すこと大変だったのでしょう。今回の事件を公務員年金公団に 公務上の療養として申請したが、個人の心理による精神的ぜい弱性などを理由 に疾病不認定と判断されました。しかし行政自治部を通して再審を申請し、今 年の1月31日付で承認されました。これまで二、三件の申請はありましたが、承 認は私が全国初です。」

つらい話だったはずなのに、先生は「私のような共に被害にあう人がいなくな れば」として「私達の子供たちに少なくとも堂々とした先生として残りたい」 と語り話を終えた。(チョン・ユンミ記者)

原文(チャムセサン)

翻訳/文責:安田(ゆ)
著作物の利用は、原著作物の規定により情報共有ライセンスバージョン2:営利利用不可仮訳)に従います。


Created byStaff. Created on 2008-03-11 05:23:34 / Last modified on 2008-03-11 05:23:35 Copyright: Default

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