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〔週刊 本の発見〕『アメリカの罠―トランプ2.0の衝撃』
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毎木曜掲載・第370回(2024/12/12)

トランプ氏再選で世界はどうなる?

『アメリカの罠―トランプ2.0の衝撃』(文春新書、2024年) 評者:内藤洋子

 アメリカの大統領選挙は、トランプの圧勝に終わった。年明けには二度目のトランプ政権が始まる。

 この間、世界の話題の一角に絶えずあった「もしトラ」の不安が、「確トラ」で現実となった。11月5日の選挙直前には、民主党ハリス候補との大接戦が報じられていたが、ふたを開けてみると、早々に共和党の赤が大半の州を染め上げた。<どうしてこうなる?>と落胆は大きかったが、これが今のアメリカの偽らざる民意なのだと認めねばなるまい。一方で、ホッとした思いもあった。もしハリスが勝利したとして、それを承服しない民衆が暴徒化し、再び議事堂襲撃事件のような大混乱が生じるのではという心配があったからである。

 本書は、いま世界を代表する8人の識者が、トランプが再選されると世界はどうなるかを、それぞれインタビューにこたえて語ったものである。

 第1章で、国際政治学者イアン・ブレマーは、アメリカ国内の政治的分断がさらに深まり、アメリカ主導の世界が終わり、国際社会が不安定化するリスクを指摘する。トランプは日本など同盟国やNATOに対して防衛費のさらなる増額を要求し、そのための脅しとして関税の引き上げを使うなど、外交政策では徹底した取引主義で臨むだろうと語る。国内向けには、「アメリカを再び偉大な国に」と、「アメリカファースト」を繰り返しアピールして、物価高にあえぐ労働者の支持を我がものにしたが、実際は、自分ファーストではないかと疑わざるを得ない。トランプは人事権を行使し、政敵を排除する報復主義を繰り返し公言。自らの刑事裁判では、自らに有利に判事を任命するなど、法の支配を無効にし、憲法上の危機を招くとの懸念も示す。

 トランプの返り咲きで、気候変動問題への対応が真逆になると指摘するのは、ポール・クルーグマン(ノーベル経済学賞受賞)だ。バイデンの脱炭素政策をひっくり返す見返りに、石油業界から巨額の選挙資金を得た。これなども自分ファーストの典型例だ。また、国内製造業保護のためとして強引にドル安を引き起こそうとするが、かなりきわどい発想だ、と彼は警鐘を鳴らす。すべての輸入品に10%の関税を課し、特に中国からのものには60%の関税をなどと主張しているが、こうした貿易戦争には勝者はおらず、トランプの無知による大きな勘違いだと厳しく批判している。

 第5章に登場するジョン・ボルトンは、トランプ政権一期目で大統領補佐官を務め、共和党タカ派で知られる人物だが、「トランプは独裁者のいいカモになる」と、再選に極めて重大な危機意識をもつ。彼の主張は、「世界の安定を保つことで、アメリカは繁栄し続ける。同盟関係を重視することで自国の安全保障は保たれるが、トランプ再選でNATO離脱の可能性は高まる。アメリカの孤立主義は、世界を大混乱に陥れ、破滅的な選択である」と。

 次に登場するジャック・アタリ(仏の経済学者・思想家)も、アメリカがヨーロッパから撤退することを以前から予測し、日米同盟に依存する日本にも警鐘を鳴らす。アタリは、自国フランスがすでに核兵器を持ち、アメリカに依存しない状態であることを是とし、日本でも台湾有事の際には、トランプが復権すれば、日本を守ってくれる保証はないとして、いずれ日本の核武装の必要性にも言及しているが、この単純な結論には承服できない。

 第7章では、ジェフリー・サックス(米経済学者)が、「アメリカ主導の世界という考え方は、完全に時代遅れで非常に危険だ。米中対立を激化させ、世界を『民主主義国』対『独裁主義国』と分断する”アメリカの罠”に陥ってはならない。世界は外交を必要とおり、日本も中国と良好な関係を築くべきだ」と説く。

 最終章で、Y.N.ハラリ(イスラエルの歴史学・哲学者)は、人類を脅かす3つの脅威を挙げる。「生態系の破壊、AIのようなテクノロジーによる破壊、そして世界的規模の戦争」である。ロシア・ウクライナ戦争は第三次世界大戦につながりかねないこと、そしてAIの発達は、専制国家にとって都合が良いテクノロジーで、いずれ人類のコントロールを超えて、人類を奴隷にし、破滅させる可能性があるとも指摘している。

 いずれにしても、“トランプの言動はつねに予測不能”と嘆く専門家の声を多く聞く。彼の恣意的なふるまいが世界をかき回すことになれば、世界はさらに新たな対立や紛争の火種を生じさせかねない。日本もこれまでのように、アメリカに依存し、従属的な立場に安住することはできないだろう。混迷を深める世界は<どうなる?>と注視しつつ、では、私たちは<どうすべきか>を主体的に考え、行動することが求められていると思う。


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