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毎木曜掲載・第365回(2024/10/17)

「アメリカ帝国主義」とは何か

エレン・メイクシンズ・ウッド『資本の帝国』(紀伊国屋書店、2004年)評者:加藤直樹

 アメリカ政府の傲慢や蛮行を目にしたとき、私たちはしばしば「米帝」とか、「アメリカ帝国主義」とか口走る。では、そもそも「アメリカ帝国主義」とは何か。それは経済的、政治的、歴史的にはどう説明されるのか。

 私は数年前、それを説明してくれる本を探したが、一般書の中にはほとんど見つけられなかった。そうしたときに唯一、それに応えてくれたのが本書だった。

 著者のエレン・メイクシンズ・ウッドはカナダの政治学者で、『ニューレフト・レビュー』や『マンスリー・レビュー』といったマルクス主義理論誌の編集委員を務めてきた政治学者である。

 本書が刊行されたのは2003年、日本語訳が出たのは翌年だ。つまりこの本の目的は、第一にイラク戦争の歴史的意味を説明するところにあった。この本の目的の第二は、当時のグローバリゼーション論で盛んに語られていた「グローバル化の時代には国家の役割は低下していく」といった議論を批判するところにある。

 ウッドはこうした問題意識に立って、「アメリカ帝国主義」を説明しようとする。そのためにローマ帝国から始まる「帝国」の系譜を、経済的な構造とそれを支えるイデオロギーに焦点を当ててたどっていく。「所有の帝国」「商業の帝国」、そして資本主義的な帝国の始まりとしての大英帝国などを指す「新しい帝国」。1945年以降に誕生した「資本の帝国」がアメリカだ。

 ウッドの説明は、世界システム論などの既成の理論を組み合わせて、そこに「帝国」というアレンジを加えただけで、ほとんど「常識的」と言ってもいい内容だ。しかし、そのことでむしろ手堅い見取り図になっている。

 「帝国」の系譜も興味深いのだが、紙数もあるので、ここでは取り上げない。「アメリカ帝国主義とは何か」という問いに答える部分だけを紹介しておこう。

 イギリスを筆頭とする、アメリカ以前の諸帝国主義は、資本主義化されていない地域を征服して植民地となし、資本の論理によって改造していくものであった。その過程はすべて直接的な暴力によって行われていた。

 ところが1945年以降、民族解放闘争の勝利により植民地は解放され、世界には数多くの独立国家が存立するようになる。だがそれは、資本の論理が世界を覆いつくした時代の始まりでもあった。百数十の独立国家がグローバルな資本の活動を保証するために不可欠な経済外的な強制という役割を担い、そうした諸国家を足場として資本が世界大に活動する世界が現れたのである。

 だが無数の国家に支えられるこの秩序は、やはり不安定である。そのため、グローバルな資本は、予見不可能性の芽を摘む「帝国」的権力を求める。それがアメリカである。アメリカは、グローバルな資本主義のための秩序を統制し、それを通じて自国の資本に有利な環境をつくっていった。

 国連をつくることで自国にとって不都合な国際機関の登場を防ぎ、IMFなどを通じた開発援助や構造調整によって従属的な国家において資本の論理のさらなる貫徹を進める。条約や連合を通じて、アメリカの覇権に国々を取り込む。

 そこでの軍事力の役割は、第一に破綻したり逸脱したりする国家がグローバルな経済秩序を脅かす可能性を封じることであり、第二にアメリカの「帝国」としての地位を脅かすライバル国の登場や強大化を防ぐことである。ただし、大国間の戦争はそれ自体がグローバルな資本展開にとって破滅的事態をもたらすことから、アメリカはライバル国を軍事的につぶす代わりに、敵にしてもリスクの少ない小国をターゲットとする間接的な手法を取ってきた。

 以上が、著者が描く「アメリカ帝国主義」の構造である。それは植民地を必要とせず、諸国家の存在を足場とする初めての「帝国」だ。

 その上で著者は、イラク戦争から始まる新しい段階を以下のように説明してみせる。

 世界秩序の主導権を掌握したアメリカであったが、経済的ライバル国の台頭と自らの衰退によって、経済的優位を徐々に失ってきた。アメリカは、より攻撃的な「軍事力の誇示」でそれを埋め合わせようとしている。その頂点がイラク戦争である――。

 20年前に書かれた本書は、そこで説明を終えている。著者は2016年1月に亡くなった。だが本書には、その後の歴史を暗示する一節もある。

「ブッシュ・ドクトリンは…多数の国民国家に依存したグローバルな帝国と、国民国家という枠組みに依拠したグローバルな経済が直面するリスクと不安定性の大きさを、あからさまにするものである」
「この劇を見守っているのは『ならず者国家』や『破綻』国家だけではない。むしろ同盟国を含めて、アメリカのライバル国、あるいはライバルとなる力を秘めている国こそが、この劇の主な観客なのだ」

 その後の20年、「帝国」の衰退にどう向き合うのかをめぐって、中国、ロシア、日本を含む「西側」主要国を筆頭とする勢力が、それぞれに動き始めた。グローバルな秩序の「リスクと不安定性」は確実に拡大している。

 私たちは、そうした諸国家がつくる現実に、どう向き合うべきなのだろうか。それに対して著者は、「人々がほんとうの意味での民主主義的な国家を求め、国内の階級関係を作り直そうとすること、そして国家を民主主義的なものに変革しようとする運動が国際的に連帯すること」という、やはり「常識的」でシンプルな方向を示している。


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