
ノーベル文学賞を受賞したハン・ガン氏は8日未明(日本時間)、ストックホルムで受賞講演を行った。
<「ずっと前に私は人間に対する根源的な信頼を失ったが、どうしたら世界を抱きしめることができるのか、その不可能な謎に向き合わなければ前に進めない」と気づき、取りかかったのが、光州事件をテーマとする「少年が来る」の執筆に向けた作業だった。
当初は、「現在が過去を助けることができるか」「生者が死者を救うことができるか」という問いが浮かんでいた。だが、次第にこうした問いは覆され、「過去が現在を助けている。死んだ者たちが生きている者を救っている」と感じるようになったという。>(8日付朝日新聞デジタル)
『少年が来る』(2016年)を翻訳した井出俊作氏は、ハン氏の講演を聴いて、ハン氏が「光州事件とは、時間と空間を超えて継続的に私たちに戻ってくる現在形」「過去が現在を助けている。死んだ者たちが生きている者を救っている」と述べたことに着目した(9日付朝日新聞デジタル)。
井出氏自身、今月3日、戒厳令に反対するソウル市民が国会に駆け付ける様子をニュースで見て、「死を迎えた無辜の人々の魂が現在の人々を助けようとしているような、なくなった『少年』が帰ってきているような感覚を持った」という(同)。
「過去が現在を助けている。死んだ者たちが生きている者を救っている」。どういうことだろうか?
ハン氏は受賞後、「私の小説を読んだことがない人は最新の『別れを告げない』から読んでほしい」と語っていたので、済州島(チェジュド)の「四・三事件」(1948年)をテーマにした『別れを告げない』から読んだ。
「訳者あとがき」で斎藤真理子氏はこう書いている。
「ハン・ガンが、このタイトル(「別れを告げない」)は「哀悼を終わらせない」という意味だとはっきり述べている」「哀悼は単に忘却に抗うためでなく、今を生きて未来を作るためにある。訳者(斎藤氏)は現代韓国の小説からそのような強い意志をたびたび感じてきたが、『別れを告げない』はその真骨頂ではないかと思う」
「過去が現在を助けている。死んだ者たちが生きている者を救っている」。そう思えるのは、「生きている者たち」が歴史的事件の犠牲になって「死んだ者たち」への「哀悼を終わらせていない」からではないか、「未来を作るために」。
戒厳令に反対して即座に行動し、今も連日国会前で抗議活動を行っているソウル市民の姿がそれを体現している。
歴史を忘れない、いや、ただ忘れないだけでなく、今を生き未来を作るために歴史に学ぶ。そうしてこそ、過去は現在を助けてくれ、死んだ者が生きている者を救ってくれるのだろう。