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東北新幹線「はやぶさ・こまち」分離事故について/安全問題研究会
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黒鉄好@安全問題研究会です。

東北新幹線で先日起きた「はやぶさ6号・こまち6号」の列車分離事故については、今後の調査や報告を待ちたいと思いますが、取り急ぎ、現時点でのコメントです。

「はやぶさ6号・こまち6号」の連結器が走行中に外れ、両列車が分離した事故に衝撃を受けています。この手の事故は、在来線では古くからあるものですが、高速走行中の新幹線では、報道されているように初の事態です。

鉄道車両のブレーキは、自動車でもバス・トラックなどの大型車に導入されているものと同じです。圧縮空気の力でブレーキパッドを車輪に押し当て、摩擦で止めます。圧縮空気は、機関車/先頭車からの操作によって、車両同士を結んでいるパイプを通じて後方の車両に順次、送られていきます。この圧縮空気の力で、ブレーキパッドを操作しています。

この状態で、連結器が走行中に外れると、圧縮空気のパイプも引きちぎられて外れます。パイプが外れると、圧縮空気が一気に抜け、ブレーキパッドが車輪の上に落ち、摩擦で急ブレーキがかかります。外れた連結器よりも後ろ側の車両はもちろん、それより前の車両も空気が抜け、すべて止まってしまいます。このようにすれば、全車両が駅間で停車してしまうため、外れた連結器より前の車両だけが先の駅・区間まで走り去ってしまう事態も避けることができます。

海外事情には詳しくありませんが、少なくとも日本の鉄道では、走行中の列車の連結器が外れた場合、このような形で自動的にブレーキがかかる仕組みになっています。今回もこの「フェイルセーフ」が安全側に作動したという意味では、長年の事故対策の取り組みが生きているといえますが、問題はフェイルセーフの作動を手放しで礼賛し、事故そのものを不問に付そうという動きが(特にネットを中心に)早くも出てきていることです。

安全問題研究会は、こうした「知ったかぶりの薄っぺらなフェイルセーフ礼賛論」とは当然ながら距離を置いています。フェイルセーフについて論じる場合は、それが確立された歴史的経緯にもっと目を向けるべきです。

鉄道の歴史を見ると、駅間には列車を検知する軌道回路がない時代が長く続きました。そのような区間では、定められた区間(閉塞区間)内のどこかに列車がいるものと推定する方式で列車のコントロールをしていました。この列車が次の閉塞区間に到達するまで、後続列車/反対方向の列車を発車させないという「最低ライン」さえ守れれば、少なくとも衝突は防げるので、それでいいという運行形態だったのです。

そんな時代に、ある列車の連結器が途中から外れ、機関士(機関車運転士)は「なんとなく列車が軽くなったような気がした」ものの、まさか連結器が外れたと思わず、そのまま走り去りました。外れた連結器より後ろの車両は、本線上に取り残されたままになっていますが、駅間に軌道回路がない区間では、取り残された車両を検知する手段がありません。そのため、別の列車が走ってきて、本線上に取り残されていた車両と衝突するという事故が、国鉄時代に実際に起きています。

全国のすべての駅間に車両検知装置を設置するには莫大な費用がかかり、当時の国鉄の予算では難しかったため、国鉄は「次善の策」として、連結器が外れると自動的にブレーキがかかるように車両を改造しました。

連結器が外れた場合に、自動的にブレーキがかかる仕組みは、このような経緯を経て確立されたものです。それを、さも初めから存在していたかのように「フェイルセーフ万歳」と礼賛することは、かえって事故原因の究明や再発防止策の決定を難しくしてしまうため、有害でしかありません。特にネット上では、企業批判と見るとすぐに絡んでくる人が多いのですが、こうした「贔屓の引き倒し」的行動が、かえって擁護しているはずの企業の寿命を縮めていることに、そろそろ気づくべきでしょう。

連結器が外れると、圧縮空気のパイプも外れ、空気が抜けてブレーキがかかる安全装置として出発した仕組みですが、当然ながら欠点もあります。それは、一度圧縮空気が抜けてしまうと、分離した車両を再び連結し、外れたパイプもつなぎ直した後、圧縮空気を充填するまでブレーキが解除できない点にあります。これにより復旧に時間がかかるため、最近では圧縮空気を抜く代わりに、電気信号でブレーキをかける方式に順次、取り替えられています。新幹線は初めからこの方式で出発している車両も多く、今回の「はやぶさ・こまち」もこの方式によっています。

そのため「異常な電気信号が送られ、連結が解除されたのではないか」との見解を述べる鉄道ジャーナリストもいますが、私は、現時点ではこの見解に疑問を持っています。というのも、「はやぶさ」用車両(E5系)は2011年3月改正、「こまち」用車両(E6系)は2013年3月改正から登場しており、両系統の連結運転はすでに11年の歴史を持ちます。(この車両に固有のトラブルであれば別ですが)電気系統の異常なら、もっと早い段階で今回のような事態が発生していてもおかしくなく、「なぜ今、この時期なのか」という疑問が拭えないからです。

これに対し、鉄道アナリスト川島令三氏は「老朽化で連結器を固定したピンが摩耗し外れたのではないか」とする見解を述べています。連結運転開始から11年という時間経過を考えると、現時点ではこちらのほうに説得力があります。

ところで、東北新幹線が自然災害以外のトラブルで止まるのは、今年に入ってからだけですでに5回目と報道されています。今年は、東海道新幹線でも、保線車両の衝突事故で新幹線が丸1日不通になるという事態も起きました。明らかにトラブルが激増しています。自然災害まで含めると、特に8月は南海トラフ地震臨時情報(巨大地震注意)の発表により、東海道新幹線が1週間にわたって徐行運転となったほか、「ノロノロ台風」10号の影響もあり、8月はお盆の最繁忙期が含まれていたにもかかわらず、ダイヤ通りに動いた日は数えるほどしかなかったのではないでしょうか。

自然災害は仕方ありませんが、JR自身によるトラブルが激増しているのは気がかりです。新型コロナによって、旅行・出張が手控えられた結果、ガラガラ状態で出発する新幹線の映像は世界に衝撃を与えました。あの「緊急事態宣言」から4年――常時満席→コロナでガラガラ→再び常時満席という両極端な利用状況が繰り返された結果、JR各社の基礎体力が大きく削られ、それまでは当たり前にできていた多くのことができなくなっているのが、長年、公共交通専門家としてこの世界を見てきた私にはわかるのです。

ただ、JRをはじめとする鉄道会社の生命力に陰りが見えていることを、私はすでに「生命力尽きたJRグループ〜新幹線殺人事件から見えたJRの「最終章」」という記事(2018.6.14付け)で明らかにしています。6年も前の記事ですが、表向きは巨大な黒字を計上していても、JR各社が衰退していく未来は、この時点で私にははっきり見えていました。

「生命力尽きたJRグループ〜新幹線殺人事件から見えたJRの「最終章」」 http://www.labornetjp.org/news/2018/0613kuro

ここまで基礎体力を落とし、衰弱したJRの現在の6社体制をそのままにして、復活は難しいと私は思っています。労働安全の世界では、ハインリッヒの法則(1:29:300−−1つの大事故の裏に29のヒヤリ・ハットと300の小さなトラブルがある)がよく知られています。今年に入ってからだけで6回も発生したトラブルは、明らかなヒヤリ・ハットの世界です。

こうした状況が続いているのに、今回の列車分離事故について、運輸安全委員会が「重大インシデントに当たらない」として早々に幕引きを図っているのが不思議でなりません。というのも、今回と同じように走行中の列車の連結器が外れた2023年11月の大井川鐵道(静岡県)の事例では、運輸安全委員会は直ちに「重大事故」として現地調査に入っているからです。速度の遅いローカル私鉄での「連結器外れ」が重大事故なのに、時速315kmで約1000人近い乗客を乗せて走っていた新幹線でのトラブルが重大事故はおろか、重大インシデントにも当たらないという判断は不公平で怒りを感じます。これでは、運輸安全委員会は「強い者には優しく、弱い者にだけ厳しい組織」「JRに不当な忖度をする組織」だと思われても仕方ありません。

(参考:直前に連結し直す作業したのに…連結器”外れ”は「重大事故」 国交省が調査を開始 静岡・大井川鉄道(2023.11.29「テレビ静岡」ニュース) https://www.youtube.com/watch?v=js_K_q1hVZA&t=1s

いずれにせよ、「フェイルセーフが作動して良かったね」で済まさせるトラブルではありません。引き続き、推移を注意深く見守りたいと思いますが、この記事を読んでいるみなさんにだけこっそりとお教えします。

「トラブルが打ち続いているのに何ら有効な手を打てない」「トラブルの発生頻度が加速度的に増えている」という意味で、今のJRの状況からは、福知山線脱線事故が起きる直前のJR西日本と同じ薄気味悪さを感じます。誤解を恐れず言いましょう。このままでは、向こう数年以内に、新幹線で大事故が起きます。

(取材・文責:黒鉄好)


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