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LNJ Logo 太田昌国のコラム : 遠くアジアから、バルバドスと英国の関係を遠望する
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 ●第94回 2024年9月10日(毎月10日)

遠くアジアから、バルバドスと英国の関係を遠望する

 去る8月14日付け毎日新聞夕刊に『植民地支配「していない」は本当か』と題する大きな記事が載った。日本社会に浸透する「日本は韓国を植民地支配していない」とか「日本は良いことをした」という議論をどう考えるかについて、吉井理記記者の問いに一橋大学で朝鮮史の教鞭を取る加藤圭木氏が「特別授業」を行なうという趣向だ。主としてネット上での「日本良いことばかり」論の台頭を前に、とうとう、こんな記事までもが新聞紙面で取り上げられうるようになったのかという意味で、苦い印象が残った。群馬県高崎市の朝鮮人犠牲者追悼のための「記憶 反省 そして友好」碑が県によって撤去されたこと、1923年の関東大震災時になされた朝鮮人虐殺を忘れないための慰霊式典に東京都知事が追悼文を送ることを取り止めて8年が経つこと、同じく震災時の朝鮮人虐殺に関して、政府が「調査した限り、政府内において事実関係を把握できる記録が見当たらない」との答弁を続けていること――中央政府ならびに地方自治体首長の「歴史修正主義的な」方針が連なって出てくれば、事態はここまで劣化するのだろうと改めて実感させられる。(写真=バルバドス首相 ミア・モトリー)

 日本の状況を、この問題をめぐる最近の国際状況の中に据えて、客観化してみる。去る8月23日、国連人種差別撤廃委員会は、英国内で人種差別的な言論や排外主義的な言説が急増しているという報告書を発表し、政府に対応を促した(「しんぶん赤旗」2024年8月25日付け。Rights experts urge United Kingdom to curb hate speech– UN News など)。人種差別に関する英政府の取り組み状況を4年間にわたり調査・分析した報告書は、極右団体と白人至上主義者が移民、難民、少数民族に対する憎悪扇動と暴力行為を繰り返していること、ネット上には排外主義的な言動が急増していることなどを指摘している。報告書は、英国が過去に植民地主義や奴隷制に関与した過ちを認めていないことが「人種に基づく偏見を煽っている」と述べている。大英帝国下で行われた植民地主義と奴隷制の歴史を学校教育で明確に説明すること、それと現代における構造的な人種差別との関連について利害関係者と協議するよう勧告もしている。7月末に英国北西部サウスポートで刺殺事件が起こると、真偽不明の情報に基づいて、移民排斥を訴える抗議行動・放火・商店襲撃が英国各地に広がり、X(旧ツイッター)の所有者、イーロン・マスクも虚偽情報に基づいた悪扇動を行なった、つい最近の事態を思い起こすなら、事はまさにいまなお進行中であることが見えてくる。

 他方、別な動きもある。英国国教会を母体とするキリスト教団体「福音パートナー連合協会(USPG)」は、大西洋奴隷貿易でアフリカからカリブ海のバルバドスへ強制連行された奴隷の子孫への賠償金として700万ポンド(約13億円)を支払うプロジェクトを9月7日に開始した(「しんぶん赤旗」9月8日付け、Barbados – Anglican Church Launches Reparation Project – NY Carib Newsなど)。バルバドスの地理的環境から見てみる。カリブ海では、米国フロリダ半島のすぐ南に連なるキューバ、ハイチとドミニカ、プエルトリコ、ジャマイカなどをまとめて大アンティル諸島と総称する。そのプエルトリコ島に連なりつつ、弓形を描きながら南米大陸北端のベネズエラに達する島々を小アンティル諸島と呼ぶ。バルバドスは後者に属する、人口30万人有余の国である。私はここ数年この国に注目してきた。2020年、この国に初の女性首相ミア・モトリーが就任して以降、彼女の発言と施策が際立つものであるからだ。カリブ海域は、コロンブスの大航海が行われてからすぐ、スペインの侵入・征服・植民地化の苦難に見舞われた。だが、その直後の16世紀以降、スペインから同地における覇権を奪おうとするイギリスは海賊たちを尖兵として派遣した。続いて、フランス、オランダなどもこの争いに参入し、そこはさながら欧州列強による「略奪の海 カリブ」と化した(同名のタイトルで、この歴史過程を論じた増田義郎の著書がある。岩波新書、1989年)。そのような歴史的背景を共通に持つこの地域の14カ国+1地域は1973年にカリブ共同体(カリコム)を結成し、経済統合推進、外交政策調整、教育・保健分野での協力体制の確立などに力を入れている。総人口1600万人になる(2020年段階)。同時に、「奴隷制と搾取に関して、欧州諸国は謝罪と賠償を」との主張を早くから行なってきた。2020年7月のカリコム首脳会議でバルバドスのミア首相は次のように発言している。因みにバルバドスは1966年にイギリスから独立した。「賠償は、金だけでなく、正義の問題であり、公正な国際秩序への信頼の問題だ」「欧州諸国が欧州人権条約で禁止している『奴隷状態』は、欧州連合(EU)発足前でもどの国でも許されないものであり、人類に対する犯罪から不法な利益を得て、何の反省もなくそれを保有し続けることは許されない」。また、同年9月には「植民地の過去から脱却するために」エリザベス英女王を国家元首とすることを止めると発言した。続けて、同年11月に、首都ブリッジタウンの目抜き通りの広場にあった英国海軍提督ネルソンの銅像を、「ネルソンは奴隷貿易を擁護していた」との理由で撤去した。翌2021年9月、国連総会でのミア首相演説の一節を引いてみる。「パンデミックや気候危機問題の解決が不可能なわけではない。もし月面に人類を送ったり、男性の薄毛を解決したりする意志が我々にあるのなら、食料を真っ当な価格で人々に供給するぐらい単純な問題は簡単に解決できるはずだ」。同じ月、憲法改定案が議会を通過し、バルバドスは独立50周年を期して、共和国に移行した。英女王エリザベスを元首とする立憲君主制は廃止されたのである。ミア首相曰く――「君主制を廃止しなければ、自分たちが本当に独立国なのか、自国の運命に本当に責任を負っているのかとの疑問を常に持ち続けることになる」。

 英皇太子チャールズは、同年11月30日にバルバドスの共和制移行記念式典に出席したが、これらの一連の経緯を踏まえて、「この島の人々は、暗黒時代と、歴史の永遠の汚点である奴隷制度から、並外れた不屈の精神で前進していた」と語らざるを得なかったのである。

 英国の福音パートナー連合協会(USPG)による奴隷の子孫への賠償は、植民地の人々をキリスト教に改宗させるために設立された同会が、大規模サトウキビ農園で奴隷を酷使していた大地主から18世紀にその土地を譲り受けたことに根拠を持つ。土地は、現在、政府が設立した財団の管理下にあり、財団とUSPGが協力して事業を推進し、賠償金は地域住民の教育、起業、歴史研究支援などに使われる。英国国教会はすでに2006年に奴隷制との関わりを公式に謝罪しており、その後20年近くをかけて、謝罪から踏み出し、教会が関わった歴史的な不正・犯罪に向き合う具体的な措置に至ったのだと言える。川北稔が『砂糖の世界史』(岩波ジュニア新書、1996年)で夙に描き、シドニ・ミンツが『甘さと権力』(ちくま学芸文庫、2021年)で分析していた「過去の歴史」が、現在に引き継がれて「生きた歴史」として眼前で展開している。

 かつて、後進国、低開発国、南の世界、第3世界などと呼ばれてきた地域は、いま「グローバル・サウス」と総称されている。バルバドスは、紛れもなく、そのグローバル・サウスの中の、小さな、小さな国である。そのような小国が、20世紀半ばまでの近代世界に君臨したかつてのイギリス植民地帝国と向き合い、ここまでの実績を積み重ねてきた。

 この事実を、日本とアジア近隣諸地域との関係を考えるうえでの重要な参照事項にしたい。

●より詳しくは、以下などを参照。
How Barbados Became a Leader in the Push for Reparations | TIME
The tiny Caribbean nation leading the fight for slavery reparations - ABC News


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