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●フランス発・グローバルニュースNO.11(2024.7.20)

ウクライナ和平案とマクロン「皇帝」の凋落

土田修(ル・モンド・ディプロマティーク日本語版理事・編集員、ジャーナリスト)

 国際月刊紙ル・モンド・ディプロマティーク6月号(日本語版は7月号)に驚愕すべき記事が載った。編集責任者ブノワ・ブレヴィル氏の「消えたウクライナの和平案」という論説記事だ。ウクライナ戦争の初期にイスランブールで行われていた和平交渉で、ロシアとウクライナ双方が合意に達していたというのだ。しかも和平に至る最終草案まで出来上がっており、あとは両国が署名するばかりになっていた。

 実はこの草案を最初に暴露したのはドイツの保守系日刊紙ディ・ヴェルトだ。2024年4月28日に東側から入手した機密文書を基に紙面に掲載した。仮にこの最終草案にロシアとウクライナ双方が署名していたら、その後、2年間以上にわたる戦闘は行われず、数十万人の戦死者を避けることができたかもしれない。この大ニュースを世界のメディアはどこもまともに報じることはなかった。ブレヴィル氏が指摘しているように「積極的に主戦論を展開している西側陣営」にとって都合が悪いからだろうか?


*2022年交渉の様子(報道より)

 2022年3月29日、ロシアとウクライナの代表団は新たなる和平交渉に臨んでいた。両陣営は重要な進展を確認し、「戦争終結」に向けた楽観的な見方に傾いていた。だが、その交渉は中断した。一般には4月上旬にブチャでの虐殺が明らかになり、状況が一変したからだと言われてきた。それは事実ではなかった。和平交渉はその後も続いており、4月15日までに17ぺージに及ぶ草案が出来上がっていた。そこには両国が何を優先課題に置き、紛争解決のためにいかなる妥協を受け入れるかが明確に示されていた。

 この文書から推し量られるのは、ロシアが求めていたのは領土的な欲望ではなく、自国の安全保障を確かなものにすることだった。草案の第1章に「ウクライナの永世中立」を記載しているのはそのことを表している。つまりロシアがウクライナに求めたのは、ウクライナが北大西洋条約機構(NATO)を含めたいかなる軍事同盟にも加盟せず、外国軍の駐留を禁止し、軍備を縮小することだった。欧州連合(EU)は軍事同盟ではないので、そこへの加盟の道は残されていた。重要なのは、草案第1章との引き換えに、ロシアは2022年2月24日以来、占拠している地域から軍隊を引き揚げるとともに、二度とウクライナを攻撃しないと誓約していたことだ。ウクライナが求めていた支援についてもロシアは同意していた。

 ブチャの虐殺については、ウクライナ側が国連の調査団を拒んだため、一部のリベラル派ジャーナリストが叫んでいるように、一方的にロシア側の犯罪と決めつけることは現状ではできない。事実、それ以降もイスタンブールでの和平交渉が続いていたのだ。しかも「和平=停戦」は手の届くところにあった。真相は明らかにされていないが、ブチャの虐殺事件の発覚にも関わらず、続けられていた交渉のテーブルからウクライナは突然、席を離れることになる。ブレヴィル氏によると、米国と英国が介在した可能性を示す証拠が上がっているという。当時、米英両国はロシアの敗北を過信していた。その結果、ロシアとウクライナの交渉人がまとめた草案を頑なに拒絶したというのだ。

 2023年11月24日、ウクライナ交渉団の責任者であるデビッド・アラカミア氏は現地メディア(Ukrainska Pravda)に「私たちがイスタンブールから戻った時、ボリス・ジョンソン首相(当時)が2022年4月9日にキエフに着きました。彼は『私たちは(ロシア人と)何も協定を結ばなかった。私たちの戦いを続けましょう』と言いました」と表明している。当時、米国に忠実なジョンソン氏は、ウクライナ戦争に関してバイデン政権の「使い」を務めたいた。ジョンソン氏はこれに反論しているというが、ウォール・ストリート・ジャーナル紙は綿密な調査報道によってジョンソン氏の行動を裏付けている(「ウクライナはロシアとの和平を取り結ぶ早期のチャンスを失ったのか?」2024年1月5日)。

 この最終草案によって明らかになったことは、ウクライナ戦争はロシアが「領土的野心」から侵攻したものではなく、NATOの拡大に驚異を感じ、自国の安全保障を確かなものにするため、ウクライナに「永世中立」を求めていたということだ。反対に戦争の継続を望んでいたのは米英両国だった。ウクライナ戦争によって、ロシアの経済は弱体化するであろうし、ロシアの天然ガスに頼ってきた欧州各国も痛手を蒙るブーメラン効果が期待できる。その上、米国の武器産業は活況を呈することは十分に予測できたはずだ。

 2014年以来、ロシアによる侵攻を煽ってきたバイデン政権にとって、ウクライナ戦争は損な選択であるはずがない。「第三世界」を搾取してきた「帝国主義」の時代は終わり、旧植民地から移民を受け入れ、自国内の労働者をプレカリアート(不安定雇用)に追い込み、搾取し苦しめ続けている新自由主義的資本主義は、戦争とオリンピックのような巨大な国際イベントによって生き残りを図っているのではないだろうか。

 ウクライナ戦争は「米国による代理戦争」でしかない。日本のテレビに出演するT大教授や防衛研究所の自称専門家たちは「ロシアはウクライナの占領を目的に侵攻を開始した」「ウクライナの次はポーランドやバルト3国が狙われる」「ウクライナは欧州の民主主義を守るためロシアを追い出すまで戦わなければならない」と一方的な主戦論を展開してきた。その情報の多くは米国の戦争研究所から発したものだ。たった2、30万人のロシア軍がどうやってウクライナという国家を占領できるというのだろう。

 2014年に米国の中央情報局(CIA)が工作したといわれる「マイダン政変」によって親ロシア政権を倒して以降、ドンバス内戦からウクライナ戦争へと導いてきたのは米民主党バイデン政権だ。国務次官ビクトリア・ヌーランドが密接に関わる旧ネオコン一派の巣窟である戦争研究所の情報がメディアで一人歩きしている国は恐らく日本だけだろう。メディア・リテラシー(メディアを読み解く能力)を持たず、新聞テレビの報道を鵜呑みするだけの日本の読者・視聴者を騙すことなど赤子の手をひねるより簡単なことなのだ。

▪️「確トラ」と極右に揺れる欧州

 米国では、11月の大統領選挙で共和党トランプ氏の勝利が確実視されている。トランプ氏の暗殺未遂事件後、日本のテレビはこぞって「もしトラ」から「確トラ」へと表現をステージアップさせ、あたかも大統領に就任したかのようにトランプ氏の動向を追いかけている。トランプ氏は大統領就任前であっても、ウクライナ戦争を「即時停戦させる努力を惜しまない」と表明している。フランスでは、国民議会選挙で「ウクライナへの地上軍の派遣」を示唆していた主戦派のマクロン与党は大敗し、レームダック状態に陥っている。欧州議会選挙で大躍進した極右勢力は「自国ファースト」を掲げ、EUによるウクライナ支援をやめさせようと躍起になっている。フランスの極右「国民連合(RN)」は親ロシア派で知られる。

 そのフランスでは、7月7日の国民議会選挙の結果、577議席中、「不服従のフランス(LFI)」のジャン=リュック・メランション氏が提唱した左派連合「新人民戦線(NFP)」が182議席を獲得し第一党になった。マクロン与党の「アンサンブル」は168議席、RNは143議席にとどまり、この3つの勢力の間で組閣に向けた駆け引きが熾烈化している。マクロン大統領はガブリエル・アタル首相の続行を求めたが、アタル本人の意向が強く、7月18日に辞任を受理した。だが、パリ五輪を間近に控えており、アタル内閣は新内閣が発足するまで暫定内閣として職務を継続するという。

 フランスでは政権与党が国民議会選挙で大敗しても、大統領権限は別格だ。首相の任命権は大統領のものであり、議会で過半数を抑える勢力が現れたとしても大統領の権限を覆すことはできない。議会での審議をへずに議案を通過させることもできれば、議会での審議を中断したり、気に入らない法案を憲法院に諮って廃案に持ち込むこともできる。首相ら側近の進言に耳を貸すことなく、突然、国民議会を解散したのもマクロン氏だ。このようにマクロン氏が「皇帝」のように振る舞うことができるのは大統領に絶大な権力を与えた「第五共和国憲法」のお陰なのだ。

 1958年5月、アルジェリアにおけるクーデタに端を発した「政治危機」の状況下で、ドゴール将軍が考案した「第五共和国憲法」の制定は、大統領を国民議会の上位に位置付けるもので、一種の「クーデタ」とさえ言われた。この憲法を廃止し、フランスを普通の民主国家に戻すことがメランション氏のLFIが強く求めている政策の一つだ。そのLFIを除いた左派と右派の連合内閣の組閣が密かに検討されているとの報道もある。マクロン「皇帝」にとって目の上のタンコブなのは「極右」ではなく、「第五共和国憲法」」の廃止を訴えているLFIだからだ。今後、フランス政界がどこへ向かうのか、当分、暗中模索が続きそうだ。

*フランス発・グローバルニュースは毎月20日掲載。ル・モンド・ディプロマティーク日本語版のホームページはこちら。定期購読受付中です。


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